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王都にて

リカルド 1

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 西の魔の森討伐遠征で怪我を負った俺は、西の辺境伯ーーエルデガルド辺境伯の領地でひと月半ほど療養し、王都に戻って来たのだが、すぐさま王太子殿下に呼び出され、バーバラに会いに行く事は叶わなかった。

「リカルド・アルトワイス、取り合えず無事、帰還したな」
「はっ」

 王太子殿下の執務室に通された俺は、左胸に手を当てて直立不動の姿勢を取る。
 そんな俺に、殿下はソファを指し示して楽にしろと言ってはくれたが、椅子に座ったままの殿下の表情は険しかった。

「今、王都では緩やかにではあるが貴族のご令嬢やご夫人方を中心に、薬物が出回っている」

 前置きもなく話し始めた殿下に、俺はただ話を頷くだけだ。だが、その内容に驚きは隠せない。

「最初はいかがわしい仮面舞踏会マスカレイドパーティが中心だったようだ。そういう場所では薬物が乱用されるのは、とても遺憾ではあるがまかり通っている部分もある。しかも貴族の令嬢や夫人がそのような夜会に参加したと知られれば外聞が悪い。発覚するとご令嬢の場合、最悪縁談にも影響が出る」

 苛立ちが隠せないのだろうか。
 コツコツと執務机をたたく音が聞こえる。

「それもあって発覚が遅れたのは否めない。だが、怪しげな夜会はすでに何度か摘発し、主催者などは捕まえたが、薬物の出所がはっきりとしない。すぐに手詰まりとなった。すると今度は大きなガーデンパーティにも薬の売人は現れるようになったようだ」
「そんな事はあり得るんでしょうか」
「普通ならあり得んな。いくら規模の大きいパーティだったとしても、その屋敷の執事や使用人が抱き込まれたか、主催者が手引きをしているかでもしない限り、招待状がなければ入ることは出来ないはずだ。」

 殿下ほど貴族のパーティに詳しい訳でもない。
 俺が知っている夜会は、王宮での夜会くらいなものだ。しかも会場内外の警備として。
 だが王宮ほど厳しくはなくとも、どの貴族の家でも招待状の確認を行っている事は知っている。

 それはもちろん招待していない人間を弾くためだ。
 特に高位貴族になれば、伝手を作りたい下位貴族や商人など、なんとかして紛れこもうとする者もいる。

 社交シーズン中に貴族街を警邏していると、そういう揉め事が多々あった。

「どうにもやっかいな輩どもでな。最近はどうも隠れ蓑を使っているようだ」
「隠れ蓑?」
「ああ、そうだ。鮮やかオレンジ色の髪と緑色の目をした、アルトワイス騎士爵夫人と名乗る隠れ蓑だ」
「な!」

 そういえばあの時、殿下に問われたことを思い出した。「アルトワイス騎士爵夫人とは誰を指している」と。
 しかも今、鮮やかなオレンジ色の髪と緑の目と殿下ははっきりと口にした。
 その色はバーバラではない。
 バーバラは瞳の色までははっきりと覚えてはいないが、亜麻色の髪をしていた。決して鮮やかなオレンジ色なんてしていない。その髪色で思い出すのは。

「コリンナ……」
「……ではないかと私は考えている」
「そんな、そんな馬鹿な事があるはずありません。あいつは、純朴で、悪事に手を染めるなど」
「だが、その女は確かにそう名乗ったそうだ。とは言っても、薬で朦朧としたご令嬢の言葉なのでな、若干信憑性には欠けるが。しかしお前の夫人の名を騙って誰が得をする? そのご令嬢ではないな。では誰だ?」
「分かり、ません」

 俺はしがない普通の騎士だ。
 確かに実家は伯爵家で、アルトワインやアルト豚などで財政は潤っていたからやっかまれているかもしれないが、それで俺を貶めても何にもならない。

「それに、そのコリンナ嬢を探してもみたのだが、勤めていた店にはいなかった」
「なんですって?」
「お前が長期の遠征に出て3か月くらいか、その頃に引き抜きにあったらしく突然、店を辞めてしまったそうだ」
「引き抜き?」

 いったい何が起こっているのか。言っては悪いが大通りにも面していない店の給仕係だった女性を、一体誰がなんの目的で引き抜くというのだろう。

「まあ、当然そこは引っかかるだろうな。だが、買い物に行かせて、数刻もしないうちに一人の男が買い物かごとコリンナからのメッセージを持ってやってきたそうだ、これがそうだ」

 ごそごそと執務机の引き出しを漁った殿下が、机の上に一つの封筒をのせた。
 俺はソファから立ち上がり机へと近づいて手紙を手に取る。

 大きくおかみさんへ、と書かれた文字はそれほど綺麗な文字ではない。
 元は農村出身だと言っていたコリンナは、王都に来ておかみさんから文字を教えて貰ったらしかった。

 中の紙を取り出してみれば、封筒に書かれた文字と同じ文字で書かれていて、内容は至ってシンプルだった。

 突然辞める事になってすみません、引き抜きにあったのでそちらにお世話になります、今までお世話になりました、コリンナ、と書いてある。

 意味が分からなかった。
 
「しかも、どう見ても買い物の途中というような中身だったそうだよ、籠の中身は。だが男にコリンナをどうしたと聞いても何も答えず、店主に詰め寄られても何も言わず。店を丁度閉めている時間だったのも狙っていたのかもしれないな、警邏を呼びに行く間もなく去って行ったようだ。店主にもおかみさんもその男に見覚えはなく、ただ着ている服は上等だったらしい。しかしどこかの屋敷に勤めている使用人にも貴族にも見えなかったそうだ」

 あそこの店主は元騎士団員だ。その人がそう言うのであれば、たぶん間違いはないのだろう。

 でも、そうすると余計に分からなくなる。
 いったい誰が、コリンナを連れて行ってしまったのか。


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