妹はわたくしのものなんでも欲しがります

村上かおり

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16.俺の境遇も大概だが、レオノーラ嬢の境遇にも驚かされる

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 呆然とレオノーラ嬢を見つめれば、彼女は小首を傾げて俺を不思議そうに見る。別段、何かを隠している風でもない。本当に帰る時間が分からないから馬車を呼ばなかっただけのようだ。

 しかし先ほど聞いたエイムズ伯爵家の事情を考えると、祖母の嫌がらせ疑惑が俺の中で沸き上がる。

 いや、考えすぎだ。そう思わなくもないが、実際エイムズ伯爵家の馬車はこの場にいない。

 今日が入学式で早めに終わるのは家の方でも把握しているはずだ。確かに俺たちがサロンに誘ったせいで、もし馬車を呼んでいたら、かなりの時間を待たせることになるだろう。けれど入学式の後で彼女を誘ったのだから、馬車を呼んでいないというのであれば、最初から呼んでいない事になる。

「クストディオ、何かあったか」

 一度は馬車に乗り込んだはずのエルネストがわざわざ馬車を降りてきたようだ。

「いや、レオノーラ嬢が乗合馬車で帰ると言い出して」
「家の馬車はどうしたんだい」
「今日は何時頃帰るか分からなかったので、朝のうちに迎えはいらないと言いましたの」

 どうしてそんな事を聞かれているのか分からないようで、レオノーラ嬢はそれでも答えた。

「……今日は入学式だったんだから、早めに帰るだろう? どうして帰る時間が分からないなんて」
「……そ、れは、その……あまり家に早く帰ると、妹が煩いので」
「は? どういう事だ」
「本当は先週末に妹を女学校に連れて行く予定だったのですが、入寮の関係で今週末でないと受け入れられないと先方から話がありまして」

 聞いてみれば、エイムズ伯爵夫人は、今日の入学式の前までに妹を女学校に入れるつもりだったようだ。しかし学校側の問題でそれが延びた。

 そして何でも欲しがるという妹は、案の定、レオノーラ嬢の制服を欲しがり、バッジを欲しがり、朝から大騒ぎだったのだと。

 今日、入学式がある姉の制服をなんで欲しがる? バッジだってそうだ。この学園に入学する訳でもないのに欲しがってどうする。もし入学する予定だったとしても、2歳違いだという妹にバッジが必要になるのは2年後だ。もちろんバッジの色だってレオノーラ嬢とは違う。

 だからレオノーラ嬢としては家に早く帰りたいとは思わず、俺たちとのお茶会がなければ、それこそ学園内を探索するか、図書室にでも行って時間を潰そうと考えていたと聞いて、俺もエルネストも驚きで固まった。

 しかも、もう少し時間を潰したいから、殿下方を見送ったら学園の図書室にでも行こうと思っているとまで聞かされて、俺はどうしたらいいか分からなくなる。

 隣を見ればエルネストも眉間に皺を寄せていた。

「うん、取り合えず、一緒に馬車に乗ろうか」

 こんな馬車乗り場で王太子と王子と一緒に突っ立っているのも宜しくないだろうと、エルネストが言った。そうだ。こんな場所にいつまで立たせているのか。

「いえ、わたくしは大丈夫ですから」

 そう言って遠慮しようとするレオノーラ嬢のカバンを見た。

 何冊もの教本が詰まったカバンはそれなりに重い、とそこまで考えて、レオノーラ嬢にお付きのメイドもいない事に気づく。

「そう言えばメイドは?」
「……我が家はそれほど裕福ではありませんので、メイドは連れてきておりません」

 またもや俺は衝撃を受けた。

 仮にも伯爵家の令嬢が、メイドの一人も連れてこないなどあり得るのか? 確かに1日時間を拘束することになるから、授業中にただ居るだけのメイドなら屋敷で働いて貰っていた方が、伯爵家としてはいいのかもしれないが。

 いや、でも、エイムズ伯爵家はそれほど裕福ではないとも言っていた。だとすると、それがレオノーラ嬢の普通なんだろう。

「でも、せめて今日くらい」
「あ、それは大丈夫ですわ。実はわたくし、マジックポーチを持っていますの。ですから教本などは全てマジックポーチにしまっていますから、このカバンは重くありませんわ」

 レオノーラ嬢はそう言ってカバンの口を開け、中にぽつんと入っている小さなマジックポーチを見せてきた。

 マジックポーチ。

 確かにそれを持っているなら、重さは感じないだろう。見た目は大人しそうな令嬢だというのに、彼女はかなりしっかりしているようだ。

 だが、このまま1人で帰らせるのも、どうかと思う。



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