妹はわたくしのものなんでも欲しがります

村上かおり

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25.ベルグヴァインの地にあるもの

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「えーと、わたくしの方は、これですわね」

 ドレスの隠しポケットから取り出したマジックポーチの中から、わたくしはひと塊のそれを取り出します。

 お兄様はもちろん地図を広げましたわ。

 クストディオ殿下とエルネスト王太子殿下の視線が、ローテーブルに置かれた地図にくぎ付けです。

「これは?」
「未完成ではありますが、ベルグヴァインの地図になります」
「どういう事だ」

 お兄様の言葉に、クストディオ殿下が唸るように声をあげました。

 けれど、声音は恐ろしくも淡々とした問いかけに、わたくしの身体が震えます。

「クストディオ殿下、そんな恐ろしいお顔はお止めになった方がよろしくてよ、お隣にいるレオノーラ様まで顔色が悪くなっておりますわ」

 ですが、アポロニア様は、クストディオ殿下に苦言を呈してくださいました。

 それだけで、部屋を支配していた恐ろしい空気が霧散し、わたくしは、息を吐き出します。

「すまん、だが、事の次第によっては」

 クストディオ殿下のお言葉に、お兄様もわたくしも頷きました。ええ、分かっておりますとも、けれどわたくしたちは決して王家に叛意があるわけではないのです。

「私どもに叛意はございません。ただ、今後のためにもこの地図は作成しておかなければならないだろうと、当主がそう判断したために作成したものになります」

 威圧とも怒気とも取れるそれが解かれたからでしょう。お兄様の顔色も少し戻り、この地図の意図を説明し始めます。

「この地図は、かなり大雑把ではありますが、とある場所を中心として作成しております。ですから村の情報などは、場所を特定するための目安で記載されているだけです」
「……となると、随分と山の方という事になるな」
「はい、当主が我が領の森を散策して迷い込んだのが最初だそうですが」
「散策……?」

 お兄様の説明に、クストディオ殿下の困惑した声が聞こえました。

 そうですわよね。森を散策というには、範囲が随分と広い、というか奥まで行きすぎなのではと言った方がいいような感じですもの。

「父、いえ当主は、食用可能な果実やきのこ、またボアやベアなどを狩るのが趣味でして」
「……それは趣味、なのか?」
「ええ、趣味です。本来はエイムズ伯爵領の領主ですからね、ハンターではありませんから」

 お兄様の声に少しだけ憤りが混じっておりますわ。

 でも仕方がありませんわね。お兄様が学園に入学する前まで、何年か領地経営のお勉強という事で、領地で暮らしておりましたから、その時に何かあったんだと思います。わたくしには詳しくお話ししてくださいませんでしたけれど。

「それで、たまたま偶然、これを見つけた、と」

 ここでようやく、わたくしの出したものに皆の視線が集まりましたわ。

 少しくすんだ色味のピンクとオレンジ色が混ざったそれは、一見、鉱石のように見えなくもありません。

「……鉱石、ではないな」
「ええ、違います。これは、こう」

 お兄様は言葉で説明するよりも早いと思ったのでしょう。マジックバックから少し小さめなハンマーを取り出すと、ガツンとそれに打ち付けました。

 クストディオ殿下とエルネスト王太子殿下を見遣れば、何でそんなものを、という顔をされていますわ。わたくしも同感です。どうしてマジックバックにハンマーを入れているんですの、お兄様。

 でも今は深くは突っ込みませんわ。それよりも大事なお話があるんですから。

 そして、わたくしが提供した塊は、お兄様のハンマーで簡単に割れてしまいました。

 もう、お兄様ったら大雑把すぎますわよ。わたくしに言ってくだされば削るものくらい出しますのに。

 そう思いながら、わたくしは急いで自分のマジックポーチからミルを取り出しました。

 これは南の国でしか取れないと言われている胡椒を砕く道具ですの。うちでは胡椒は滅多に買いませんけれど、胡椒よりもこれが必要なんですわ。

「?」

 クストディオ殿下の目が、わたくしが手にしたミルを不思議そうに見つめています。

 お兄様が砕いたもので小さくなり過ぎた塊をいくつかを手に取り、ミルにいれてガリガリと削ります。もちろん小皿も用意しておりますわ。マジックポーチには、生き物以外は何でも入りますから便利ですよね。

「こちらをちょっと舐めてみてくださいます?」

 一応、まずはクストディオ殿下の侍従であるクレメンス様に小皿を差し出しました。いきなりクストディオ殿下に味見はさせられませんもの。

 そしてクレメンス様も分かっていらっしゃいますから、躊躇いつつも小皿の上のものを指先につけて舐めてくださいました。

「こ、れは」
「どうしたクレメンス」
「これは、塩です」
「「塩?!」」

 クレメンスを見つめていたクストディオ殿下とエルネスト王太子殿下の声が揃いましたわ。そしてローテーブルの上にある砕けた塊に視線を向けました。

「岩塩、か?」
「さようでございます。当主が散策の際、ベルグヴァインのどこかに迷い込んだらしく、野生の動物たちが岩場で何かを舐めていたのを見て、試しに自分もそれを削って舐めてみたんだそうです」
「そ、そうか」
「ええ、当主としてどうかとは思いますが、まあ結果は御覧の通り岩塩を見つけました」

 この発見は、はっきり言ってしまえば快挙とも言えるものでしょう。

 なぜなら塩は人が暮らしていく上でなくてはならないものであり、砂糖のように作物を育てればできるというものでもないからです。

 現在、このバラーダ国では、海沿いの領地で海塩を作ってはおりますが、海水を煮詰める方法だけでは大した量が作れません。しかもゴミなども紛れているため、一度煮詰めてから水に溶かし、布で濾してからまた煮詰めるという手間をかけなくてはなりません。

 だから国内で塩が作り出せても砂糖よりも値段が高いのです。そして、もちろんそれだけではバラーダ国全域を賄えるはずもなく、後は他国からの輸入に頼っているのが現状ですわ。

 だからこそベルグヴァインに岩塩があるというのなら、それは僥倖以外の何物でもありません。



ーーーーーーーーーー


 何故か塩に拘っている方、村上です!
 って、今日は少々お待ちかねのイベントが配信されているので、テンションMAXになっております。

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