妹はわたくしのものなんでも欲しがります

村上かおり

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26.今日1日だけで色々な事が起こりすぎたような気がする

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 俺は目の前にある塊を信じられない思いで見つめていた。

 レオノーラ嬢が、なぜか所持していたミルで削ったものを舐めたクレメンスが、塩だと言ったが、それでも俄かには信じられない。

 塩はとても大切なものだ。人も家畜も塩がなければ生きていく事は難しいと言われている。

 もちろん砂糖だって必要なものではあるのだが、砂糖であれば作物を育てればいい。たとえ育てるのが難しい場所であっても、蜂が集めている蜜を取って来ればなんとかなる。中には樹木を傷つけると甘い蜜を出す木もあるらしい。

 果物だってそうだ。砂糖には劣るとしても、どうにかして手に入れる事が出来る。

 けれど塩は、海沿いの地域でしか作る事が出来ないものだと思っていた。いや、もちろん海塩以外で岩塩と言うものがあるのは知っていたけれど。

 ただ、岩塩がどういった形状のものであるのか俺は知らなかったんだ。

 だからレオノーラ嬢がローテーブルに置いた塊を見ても、それが岩塩だとは気づかず、アラステアがハンマーを取り出してガツンと叩いても、何をしているのか分からなかった。

 だというのに、ベルグヴァインには岩塩が存在するのか。

 あまりの事に驚きすぎて声が出ない。あのクレメンスが嘘を言うはずもないし、エイムズ伯爵家の面々が俺を騙す必要もないはずだ。

 と言うよりも、岩塩を見つけていたというのなら、どうしてそれを国に報告しない。なぜそれを今、俺に教えるのだ。

「これは、つい最近、当主と護衛たちが見つけたのです」

 そんな俺の困惑を知ってか知らずか、アラステアが言う。

 そうか、最近見つけたものなのか、と思考停止した頭でアラステアの言葉をなぞった。

「せっかく見つけたものですし、岩塩は国にとっても貴重なものです。現在、あの地は王国の直轄領となっておりますが、代官もおらず領主もいない。ですから当主は正確な位置を把握し、できれば埋蔵量も調べてから報告するつもりだったようですが、残念な事に我が家には土の属性を持つ者がおらず、下手に魔法師を呼んで、そこから情報が漏れても困ると、この地図と岩塩を送りつけてきまして」
「何故だ」
「妹がちょうど学園に入学が決まり、同学年にクストディオ王子殿下がいらっしゃったからです」
「そうなんですの?」

 まるで初めて聞いた、とでも言うようにレオノーラ嬢が声をあげる。

「実はそうなんだよ。とは言え王子殿下にどうやって接触させたものかと考えていたのだけれど、まさか今日の今日、しかもあんな騒ぎまで起こして……」

 そこまで喋ったアラステアは、一気に表情が暗くなった。先ほどの妹の所業を思い出したのだろう。一応、俺も王族だからな。俺の機嫌を損ねれば、お家断絶なんて未来も無きにしも非ずだ。

 もちろん俺は、そこまでするつもりはなかったが。

「そうだったんですのね。単に岩塩を見つけたから、おすそ分けで送ってきてくださったのかと思ったわ」

 確かにレオノーラ嬢の今日の行動を見ていれば、特に王族である俺に取り入ろうとしている様子はなかった。どうにかして接触をしようとしている風もなく、どちらかと言えば俺とエルネストから声をかけたようなもの。

 だからレオノーラ嬢がその事の詳細を知らなかったのは確かだろう。

「そんな訳がないだろう、お裾分けならキッチンにでも持っていく。わざわざ妹のマジックポーチにしまわせたりなんかするものか」
「あら、それもそうですわね」

 呑気な会話に、俺は思わず笑ってしまった。そんな俺たちを見ていたエルネストも。

「明日になれば、ここに居るわたくしたちの属性も分かりますわ。もしこの4名のうち誰かひとりでも土属性がいれば、調査は進む、という事でしょう?」

 今まで口を挟まずに静かにしていたアリソン嬢が、ローテーブルに近づいてきて、塊の一つを摘まみ上げた。

「岩塩というものは初めて見ましたけれど、結構、綺麗なお色をしているのですね」
「そうですわね、アリソン様。わたくしもこれらが届いてから岩塩について調べましたのよ? そうしましたら岩塩には様々ない色があるのですって。ピンク、赤、黄色、オレンジ、緑、青、ここにあるのはピンクとオレンジが混ざっている感じでしょうか」

 こちらもまたアリソン嬢が話し出したからだろう、アポロニア嬢が相手をする。

「まあ、緑や青色の塩があるという事でしょうか」
「そういう事になるのでしょうね。どう言った原理でそうなるのかは分かっていないようですけれど」
「色々な色の岩塩があるなんて知りませんでしたわアポロニア様、色が違うと味も違うでしょうか」
「さあ、それは何とも。でも確か青はかなり希少なんですって」

 そこにレオノーラ嬢も混ざった。

 女性陣が話を始めた途端、場の空気が柔らかくなっていく気がする。

 いや違うな、俺の気が張っていたんだろう。

 ふうっと息を吐き出して、いつの間にか前のめりになっていた身体をソファへと沈めた。そんな俺を見たエルネストが、肘置きの部分に軽く腰を掛け、ニヤリと笑う。

「未来のベルグヴァイン公、早速重要な仕事が出来たな」
「言うな。この事については、いくらカレスティアの王太子と言えども他言無用だ。詳しいことが分かるまで、この事は陛下にも奏上しない」
「殿下、それでよろしいので?」

 こちらには何故かクレメンスまで近寄って来た。どうせならレオノーラ嬢が側に寄ってきてくれた方が嬉しいんだが。

 と、そこまで考えて俺は何を考えているのかと軽く頭を振る。まあ、でもこの場にいる女性陣の1人はレオノーラ嬢の兄の婚約者で、もう一人はエルネストの婚約者だ。自然とレオノーラ嬢の事を考えてしまっても仕方がないと、なんとなく自分に言い訳をする。

「よろしいも何も、たぶん国は、というより陛下はその事は知っていると思う」
「ほう、君のところの王太子は知らないと?」
「ああ、長兄が知っていたらベルグヴァインの地を俺に渡すような事はしないだろうよ」

 俺がそう言うと、エルネストは薄っすらと笑った。

「確かにな。ではなぜ君のところの王様は知っていると?」
「あるのは知っていた、けれど場所は分からないって所だと思う」
「なるほどね」
「でなければ、あんな旨味の少ない土地を王家直轄のままにしておくわけがない」

 俺だって嫌がらせだと思ったくらいだからな、とはさすがに口にはしなかった。けれど、そういう事なんだと思う。どうせなら少しくらい情報をくれてもいいと思うんだが、でも、まあ、今の俺はまだ子供で、ベルグヴァイン公爵になるのも仮決定でしかない。

 ある意味、重要な意味を持つベルグヴァインの事を、そう簡単には口にしないか。

 なんだか今日1日で、色々ありすぎではないだろうかと思った俺は、ようやくエイムズ伯爵家のタウンハウスを辞する事にした。
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