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第一章
12 side:Dinozzo
しおりを挟む街は学園からそう遠くないために、イライアス殿下とパメラ嬢は歩いて行く事を選択した。
それ自体は特に問題はなかったけれど、街中に入った途端、イライアス殿下はどうにも周りの視線が気にかかるようだった。
まあ、それもそうだろう。
いくら庶民のような恰好をしても、イライアス殿下もパメラ嬢も、人目を引く容姿をしている。その上、着ている服も、身に着けている小物も、かなり上質なものだ。
そして、そんな二人の後ろを、これまた平服を着たディノッゾとミーシャが付いていく。しかしどうあがいてもディノッゾとミーシャは恋人同士には見えないだろうし、ディノッゾたちが気にしているのはイライアス殿下とパメラ嬢の二人なのだ。
オズワルド学園がすぐそばにあるこの街の住民なら、ああ、きっと貴族の子弟とお付きの方なんだろうなぁ、と思っていてもおかしくはない。
ディノッゾはもちろんその事に気づいてはいるが、あえてそれをイライアス殿下に伝えたりはしなかった。
なんだかんだ言ってもミーシャは護衛兼務のメイドであるし、ディノッゾ自身も侍従ではあるが、王子殿下付きだ。それなりに戦闘訓練を受けている。この二人が付いているからこそ、街歩きの護衛がこれだけ済んでいるとも言えるのだーーまあ、暇を持て余している暗部数名が、どのみちどこからかイライアス殿下を見守っているとは思うけれどーーだからイライアス殿下に余計なことを言って、下手に動かれるよりは気づいていない方が断然いい。
それに周囲の住民も、ここに居るのがラティーロ王国の第一王子だとは、さすがに気づいていないはずだ。
このオズワルドでの不安要素と言えば、あの傍迷惑なリーリア・グリシード伯爵令嬢だけのはず。けれどもかのご令嬢は、今は帝城で拘束されているはずだ。
出来ることならこのまま何事もなく過ぎてほしいものである。
なぜなら、イライアス殿下の初恋とも呼べる相手との初デート、というおいしいシチュエーションを、ディノッゾとしては目いっぱい楽しみたいのだ。
だからわざわざ魔術まで使って、イライアス殿下に、「もっと近づいても問題ありませんからね」だとか、「手を繋いだりはしないんですか」などとアドバイスのような事を囁いてみたりしている。
イライアス殿下は、そのせいでどうやら落ち着かないようだが、こればっかりは仕方がない。王子殿下を弄るのは、ディノッゾの細やかな楽しみであるのだから。
それに今日の事は、一部始終、残らず、余さず、観察する必要があるのだ。それはもう事細かに。
なぜならば、ディノッゾの雇い主であるトバイアス王や王妃様が、絶対に今回のデートの詳細を知りたがるだろうし、ディノッゾとしても是非とも詳細な報告書を作り上げたい。
◇◇◇◇◇
そうこうしているうちに、街の中心部に着いたようだった。
どこの街もそうだが、この街も例外に漏れず、中央の広場は大きく取られ、その中心部には噴水が造られている。
季節は夏に入ったところだ。
噴水の水は、きらきらと太陽の光を弾き、辺りに涼を与えてくれる。
もちろん週末である本日は、多くの大道芸人が広場のあちこちで己の芸を見せており、家族連れなどが楽しそうにそれを眺めていた。
そして広場の周囲には、人の通りには邪魔にならないよう、食べ物の屋台が多く立ち並んでいる。中には甘味も売っている屋台があるようだ。
ちょっとしたお祭りのような雰囲気だが、パメラ嬢に聞いてみればこれが普段の週末だと言う。
「それは、凄いな。街が豊かな証拠だろう」
そんなパメラ嬢の説明を聞いて、イライアス殿下はことのほか感心したように呟いた。
けれど楽しそうに街の事を説明しているパメラ嬢を見て、イライアス殿下がにやけそうになる顔を必死にごまかしているのが、ディノッゾには分かってしまう。
さっきから表情がくるくる変わってますものねぇ。
惚れた弱みと言えばいいのか、それとも女性慣れしていないせいなのか、イライアス殿下はことのほかパメラ嬢のくるくると変わる表情に弱いようだ。
すでに二十八歳になってしまっているディノッゾからしてみれば、パメラ嬢もイライアス殿下もまだまだ若い。街の活気に当てられて、楽しそうなのは結構なことだ。
「イライアス様、何か興味の」
「外だからライって呼んでくれないかな?」
「え! そんな、愛称で呼ぶなんて畏れ多いですわ」
ディノッゾがそんな事を考えていると、イライアス殿下がパメラ嬢に、いつの間にか愛称で呼ぶことをお願いしている。
「でも名前を連呼されると、俺が居るのがバレてしまうし、そうだ。ライっていう愛称は家族も呼ぶから、アスって呼んでくれればいい、パメラ嬢だけが呼ぶ名前だから、愛称じゃないだろう?」
などと、いったいどこで覚えてきた手管でしょうか。まあ、ライと呼ぼうがアスと呼ぼうが、愛称は愛称だと思うのですけれど、さすがトバイアス様のご子息であらせられる。
二人の背後でこっそり聞き耳を立て、一人頷いているディノッゾに、イライアス殿下は気が付いていないようだった。たぶん、きっと、目の前にいるパメラ嬢に夢中で、ディノッゾの事もミーシャの事も、意識の外になっているのだろう。
やっぱり、まだまだ若いですね、などとディノッゾは思うのだが、そんなイライアス殿下の微笑み付きの愛称呼び攻撃は、パメラ嬢にはクリティカルヒットだったようだ。
パメラ嬢は羞恥のあまり、手にしていたハンドバッグで顔を隠してしまう。
ああ、こんな人の多い通りで。
ミーシャがある程度、人混みを監視してはいるから危険はないはずだが、案の定、二人の前に子供が飛び出してきた。
「ほら、危ない、前をちゃんと見てなくちゃ」
急に飛び出てきた子供の姿に、イライアス殿下が慌ててパメラ嬢の腰に手を回して自分の方へと引き寄せる。
イライアス殿下のその動きに、ミーシャはもちろん対応していた。万が一にも二人にぶつからないようにと、さりげなく二人を庇うように前に立ち、子供を抱きとめ小さく注意している。
ディノッゾがイライアス殿下に目を向ければ、殿下に抱きしめられるように腕の中に治まっているパメラ嬢の耳は真っ赤になっていた。ついでに言うと格好よくパメラ嬢を抱きとめた形になったイライアス殿下もまた、ほんのりと頬が赤くなっている。
あ、これはお二人ともどこかにお座りいただいた方がいいですね。
ディノッゾがそう判断し、辺りを見回そうとすれば、ミーシャがすすっと空いているベンチを指さしていた。
こんな広場で人混みも多いと言うのに、なぜ、人の座っていないベンチがあるんでしょうかねぇ。
まあ、そんな疑問は愚問である。どうせ暇を持て余している暗部が動いていたのだろう。
ディノッゾは深く考えることをやめて、軽く息を吐き出すと、イライアス殿下とパメラ嬢の二人をベンチへと誘導したのだった。
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デート回が始まりましたが、まだ広場に着いただけなんですけど(笑)
今回、侍従ディノッゾ視点でお送りしました。たぶんデート回はディノッゾ視点で進むかと。
応援ありがとうございます!
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