カーネリアンの瞳

村上かおり

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第一章

13 side:Dinozzo 2

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 取り合えずベンチに落ち着いた二人はミーシャに見ていてもらう事にして、ディノッゾは足早に近くの飲み物を販売している屋台へと向かった。

 そこでは旬の果物をその場で絞ってくれるらしい。しかも氷を出すことは出来ないけれど、果物自体を冷やしているから、ここいらの飲み物を売っている屋台の中では冷たくて美味しいと評判の屋台のようだ。

 パメラ嬢にそう教えられて向かった飲み物の屋台へと辿り着けば、確かに人気があるらしい。結構な人が並んでいた。これでは飲み物を買うだけで結構な時間がかかってしまう。

 ディノッゾは列に並ぶだけは並んで、どうしようかと考えた。

 果物を絞るだけならディノッゾでも出来ないことはない。近くには果物を売っている店もあるようだし、この屋台で売っている果物を買えば、誤魔化す事は可能だろう。けれど問題は、それだとこの屋台の売りでもある冷やしてある果物を絞った飲み物にはならないという事だ。

 そこそこ魔術は使えるディノッゾだが、実を言うと氷の魔術はあまり得意ではない。火の魔術や水の魔術であれば、どんな繊細な作業でも行えるのだが、氷の魔術だけは大雑把にしか扱えないのだ。

 それこそ、飲み物に入れる氷をほんの少しだけ出そうと思っても、水桶サイズの氷しか出せなかったりする。

 大きい塊なら砕いて使う事が出来るので夜会などでは重宝されるが、こういった場所では役立つかは微妙だ。それともいっその事、店主に氷の塊を出すからと交渉したら飲み物を優先的に作ってはくれないだろうか。

 しかし、そんな事をすればイライアス殿下は嫌がるだろう。身分を笠に着るやり方は、イライアス殿下の最も嫌いなやり方なのだ。そしてディノッゾも、イライアス殿下が嫌がる方法を取りたくはない。

 そんな事を考えていたら、ふと横に人が並んだ。ディノッゾが見遣れば認識阻害の魔術が軽くかけられている。こんな事をしてくるものには心当たりがあった。

 ディノッゾは、またも溜息を吐き出すと、するりと並んでいた列から抜け出る。すでに認識阻害の術がかかっているから、周囲は何の反応も示さなかった。

「なんです?」
「こちらをどうぞ。あの店で出す果物は1種類のみですから、先に並んで買っておきました!」

 満面な笑顔で飲み物が入った箱を差し出してきた男は、ミーシャと共にこの街の宿に泊っているはずの男だ。この男は暗部所属なので、色々と先回りしたりするのが得意で、実を言えば朝イライアス殿下に渡した飲食店マップのようなものを作り上げたのもこの男だったりする。

「ちょっと待っている間に温くなっちゃったので、ついでに冷やしてもおきましたから」

 その上、ディノッゾが不得意な氷の魔術も得意だった。ディノッゾは思わず目を眇めてしまう。

「取り合えず、ありがとうございます」

 色々と言いたいことはあるが、飲み物が手に入ったのだ。それで良しとしよう。思わず出てしまった平坦な声でお礼を言いつつ、ディノッゾは飲み物が4つ納まった箱を男から受け取った。

「あ、その箱とコップは屋台に返してくださいね~、あとお礼はディノッゾさんのごはんでお願いしま~す」

 そんな能天気な男の言葉に、ディノッゾは思わず男を睨みつけ、わざと返事はせずに無言でイライアス殿下の元へと急ぐ。


◇◇◇◇◇


 ディノッゾがベンチに戻ると、そこには微妙な距離を空けてベンチに座る二人がいた。

 ベンチ自体は素朴なものだ。木を切り出して丸太にしたものを更に半分にして、それを座面にした両端に足がついているだけの、背もたれもないベンチ。

 長さもそれほど長くはなくて、大人が3人腰掛けられるかどうかという長さ。

 そんな長さだと言うのに、イライアス殿下とパメラ嬢は微妙な距離を空けて座っているのだ。そして、そんな二人の背後に立つミーシャ。

 ディノッゾは、少しだけ頭痛を覚えた。

 普段ならメイド服を着ているから、その立ち位置でも違和感はないのだが、平服でそれは少しおかしいだろう、と思う。実際、このベンチのそばを通り過ぎる人たちの視線は、人目を引く容姿の二人に目を止め、その二人の距離の初々しさに微笑みを浮かべ、そして背後に立つミーシャを見て首を傾げていた。

「イライア……えーと、ライ様、お待たせしました」
「……ディノッゾに、ライと呼ばれる日が来るとは」

 まるで信じられないものでも見たような顔で、イライアス殿下はディノッゾを見る。しかしディノッゾは、それを無視して手にしていた飲み物を各人に渡した。

「まあ、いつもよりも随分と冷たいですわ」

 手渡された飲み物の冷たさに驚いたのだろう。パメラ嬢がはしゃぐように声をあげれば、ああ、まあ、そうでしょうね、と心の中でそう思ってしまうディノッゾだ。

「通りすがりの親切な方が、一杯半銅貨1枚で冷やしてくれたんですよ」

 そんなウソをぺろりと口にして、飲み物のコップとこの箱は店に返すんで、飲んだら箱に入れてくださいね、と口にしながら、わざとイライアス殿下の隣りにーーもちろんパメラ嬢との距離を詰めさせるためだーー箱を置けば、イライアス殿下は意図を察したのか分からないものの、そっとパメラ嬢の方へと移動した。

 パメラ嬢は飲み物に夢中で、その事に気づいていない。

 うーん、パメラ嬢は結構、天然さんで無防備、なんでしょうかねぇ。

 斜め後ろにいるミーシャと、飲み物の冷たさでキャッキャしている姿は年相応だと思う。学園で見るパメラ嬢は、やはり貴族として、シンディーラ皇子の婚約者の親しい友人として、それなりに気を張っているのかもしれなかった。

 キラキラとした笑顔がディノッゾの目には眩しすぎる。などとパメラ嬢の若さに目を眇めていると、彼女に見蕩れ、だらしない表情をしたイライアス殿下が目に入った。

 だからディノッゾは魔術を使う。

「イライアス殿下、顔、脂下がってますよ」

 もちろんディノッゾの声が聞こえるのは、イライアス殿下だけだ。

 イライアス殿下はその声に若干慌てはしたのだが、そこはやはり一国の王子なだけある。

 あっという間に表情を切り替えてしまった。

 どうせなら、その情けない脂下がった顔をパメラ嬢に見せればいいのに。

 なんて、ちょっとだけそんな事をディノッゾは思ってしまった。



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 本当にディノッゾ回になってしまいました。次はもう少しデートの様子を書きます。
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