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3.ちょっと過去に思いをはせてみる

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 いけませんわね。そんな事で興奮してはいけませんわ。
 でもちょっとお待ちになって。今のこの状況、まさにそのような状況ではありませんこと?

 でも、ここで一つ問題があるのですよね。
 わたくしの精神年齢がかなり高いということもあるのでしょうけれど、王太子殿下には誠に申し訳ないのですが、わたくし全く殿下のことを好きではないのです。

 一応、王太子殿下とわたくしの婚約は王命でございまして、一介の伯爵令嬢如きがお断りできるようなものではございませんでしたの。わたくしのお父様も、陛下から婚約の申し入れの書簡が届いた時、眉間にしわを寄せて唸っておりましたわ。

 本当に、お父様には申し訳ないのですけれど、わたくし前世の記憶がございますでしょう? そしてこの世界、魔法があるのでかなり便利な生活ができているのですけれど、日本で暮らしていたわたくしから致しますと、どうしても不便な部分があるものなのです。

 そのせいでわたくし計らずも領地改革のような事をしてしまったのです。とは言ってもわたくしは意見を出しただけなんですけれど。当時のわたくしは確か9歳だったと思います。



 だって、ねぇ、井戸に縄を付けた桶を投げ入れて水を汲むなんて事を、メイドとはいえ未だうら若い女性が手を真っ赤にしてやっていたら、どうにかしないと、と思いますでしょう? だからつい手押しポンプみたいなものがあったらいいのに、と呟いてしまいましたの。

 お父様はいったいどこで聞いていらっしゃったのかしら。いえ、お父様が直接聞いていなくても、執事のバスティス辺りが聞いていたのですね、きっと。

 それからは大変でしたわ。手押しポンプとはなんだ、どうやって使うものだ、何に使うものだと、お父様からの質問攻め。ただ、手押しポンプは井戸の中の水のある位置までパイプを入れないといけません。
 この世界では中が空洞になっている円柱状のものを、そんな長さで作る事が出来ますでしょうか。短いものを継ぎ足すことも考えましたが、きっちり空気が漏れないようにしないと水は上がってこないはずなのです。

 ですから一応、わたくしの覚えていることはお話ししましたが、お父様もお父様に呼ばれた鍛冶職人の親方さんも、首を捻っておりましたの。この世界の技術はまだまだですから仕方がありません。
 でも親方さんが今は作れないかもしれないが、生涯かけて作ってみたいと仰ってくださいました。いつか井戸に手押しポンプが取り付けられる日が来るかもしれません。楽しみにしております。

 それはさておき、手押しポンプは現段階では無理そうなので、仕方なくわたくしは別の方法を提案いたしました。そう滑車です。これもまた鉄の加工としては真円を作るのは難しいと言われてしまいましたが、多少、歪でもなんとかなるかもしれませんし、強度の問題はありますが木材でも作れると思います。それに、これであれば既に使用している桶とロープもそのまま使用できるので無駄がありませんわ。後はロープを巻き取るハンドルがあれば水汲みは各段に楽になりますでしょう。

 わたくし絵もかいて一生懸命、説明しましたわ。

 最初は半信半疑のお父様たちも話を聞いているうちに納得されたようでした。親方は早速試作品を作ってみると工房に戻って行きまして、ひと月ぐらいたった頃、親方にお父様ともども呼び出されたのです。

 普通の貴族の方でしたら、貴族を呼びつけるなんて、と怒ってしまうかもしれませんが、そういうことをお父様は気になさいません。


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 現在から過去に。
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