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Chain_10
痕跡探訪 ― Whisper After
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Scene1:「断罪 - Walking Alone」
12月28日(日) 午後11時08分。
南秋大学・女子寮 302号室(伊藤歩夢の個室)。
その夜、伊藤歩夢は眠れなかった。
毛布にくるまり、天井を見上げて何時間が経っただろう。
心臓の鼓動は早く、
浅くなっている呼吸がそのまま不安のリズムを刻んでいた。
(……また……誰かが、殺されたら)
真夜中の部屋は静かで、外の街灯すら届かない。
だがその暗闇の中に、死者たちの面影がふいに浮かぶ。
堀川菜月。
佐原真央。
芦原茉莉。
彼女たちの笑顔が、叫びが、歪んだ死体が、
断片的に脳裏に投げ込まれては、伊藤の心を軋ませた。
部屋には香りの弱いハーブアロマを焚いていたはずなのに、
鼻腔に残るのは血のような金属臭。
読みかけの小説は数ページで意味を失い、耳に差し込んだイヤフォンは、
音楽すら雑音に変えていた。
(私は、次かもしれない)
そんな思いが、まるでトゲのように胸の奥に引っかかる。
ぐるぐると巻いた毛布の中で膝を抱えていたが、
ある瞬間、尿意に意識を戻された。
(……行かなきゃ……)
ため息とともに体を起こす。
スリッパに足を入れ、冷たい床の感触に思わず身をすくめた。
部屋の中には、簡易キッチン、洗面、トイレ、
浴室までが一体化したユニットスペースがある。
歩夢はその奥の洗面へと向かった。
便座に座ると、空間全体に自分の呼吸音だけが響いた。
水を流し、洗面の蛇口をひねると、夜の冷水が掌に染み込んでくる。
そのとき——背後に何かの気配を感じた。
「……っ」
びくりとして振り返る。
だが、誰もいない。バスルームの扉は閉まっている。
(……ビビりすぎ、だよ。自分の部屋なのに……)
そう自嘲して、再び鏡の前に立った。
その鏡に、映っていた。
自分ではない“誰か”の輪郭。その悪意の影は笑っていた。
「ああああああああ!! あなたは——!」
叫ぶ前に、それは歩夢の背後に回っていた。
ギリギリギリギリ……ギチギチギチ……!
首に巻きついた紅い紐が、皮膚と肉を締め上げていく。
「うぐぅ、ぐぐ……げっ……!」
喉を押しつぶされ、言葉にならない呻きが漏れる。
視界の端が赤黒く染まり、瞼が痙攣する。
脳が酸素を求めて悲鳴を上げる。
——意識が、暗転する。
目が覚めたとき、歩夢は洗面台の前の床に倒れていた。
両手首は洗面台の配管に、紅い紐で後ろ手に固定され、
口はこじ開けられ、詰め込まれたタオルが喉を塞いでいた。
脚をバタつかせるが全く外れる気配はなかった。
「むぅ・・・ググググ」
声にならない音声が漏れた。
狂気の笑みを浮かべたそれは、
ホースを洗面台の蛇口に繋ぎ、
もう片方をタオルの隙間から、口から喉奥へ押し込んでいく。
喉から食道、そして胃に達したと思われた時に押し込む動きは止まった。
視界の端に、それはいた。
カチリ——蛇口が開かれた。
ぴちょん、ぴちょん……やがて、水音が途切れなく流れ始める。
ぐぐぐぐ……
胃が、膨張する。腸が押し上げられる。
喉を伝って、冷たい液体が体の奥に入り込んでくる。
(苦し…い。助けて、助けて、助けて。嫌だ、嫌だ、嫌だ)
その悲痛の叫びとは反比例するように、
膨らんだ腹が、悲鳴のように軋む。
「んぐうっ……っ! ぐ、うぅ……!」
皮膚に紅い亀裂が走る、破裂の前兆。
腹部がみるみる妊婦のように膨らみ、肋骨の隙間が引き裂かれていく。
目が見開かれ、涙と涎がこぼれた。
亀裂が断裂へと変わる瞬間——
バグシュ!!!!
肉を引き裂く鈍い音共に
腹部が破裂した。
水と大量の臓物、夥しい血液が洗面台の床に激しく噴き出す。
四肢がけいれんし、白目が裏返る。
歩夢の身体は、肉の塊へと変わった。
その死体の前で、その“何か”がレンズのようなものを掲げていた。
——スマートフォン。
画面には、こう表示されていた。
【映像保存中】
《観測支点:Itou Ayumu》
黒い悪意の“それ”は、画面に向かってにやりと笑った。
Scene2:「記録 - Observer」
12月29日(月) 午後04時12分。
南秋大学・理学部別館・地下実験室。
野瀬簾は、一人実験室のPCデスクに向かっていた。
モニターの光が、彼の顔を青白く照らしている。
瞬きすら忘れたような凝視。
その眼前には、複数のウィンドウが開かれ、
再生・停止・巻き戻しを繰り返す“異形の映像”が映っていた。
映像内。
伊藤歩夢の部屋。
洗面台の前で、少女が苦悶に身を捩る。
紅い紐。
タオルの詰め物。
そして口腔内から差し込まれるホース。
(……また、だ)
蓮は黙って映像を一時停止した。
そのまま、別のウィンドウに切り替える。
【REVERB記録ファイル:encrypted_itouayumu.mov】
複数の観測ログ、照合リスト、タグ分類。
蓮は慣れた手つきでファイルを並び替えながら、ぽつりと呟いた。
「……また“あの存在”か。姿は見えないが、痕跡は残る……」
壁際のホワイトボードには、南秋大学のキャンパス図、女子寮の見取り図、死亡した学生の顔写真が貼られている。
中央には《Message:REVERB》のロゴと、
赤いペンで囲まれた“記録者不明”の円。
【REVERB通知構造:照合中継ノード一覧】
ノードX13-B:芦原茉莉
ノードR52-C:佐原真央
ノードT19-F:堀川菜月
ノードS88-L:鷹野柊真
ノードK04-Z:中原あおい
ノードQ00-A:伊藤歩夢
「……全員、記録済み。順番に……確実に、“観測”されている」
机の引き出しから、古びたUSBデバイスを取り出し、端末に差し込む。
その中に保存されたのは、これまで蓮が“収集してきた死”の断片。
なぜそれを入手できたのか。
どのような経路で傍受しているのか。
——それを知る者は、いない。
だがその眼差しは、どこかで誰かを“観測している存在”のものだった。
「さて、次は……誰だ?」
蓮はゆっくりと映像の再生ボタンを押す。
【Message_REVERB】
《観測支点:???》
《映像生成中……》
映像は、なおも再生を待っている。
その背後で、誰かが気配を殺して“それ”を観ていた。
12月28日(日) 午後11時08分。
南秋大学・女子寮 302号室(伊藤歩夢の個室)。
その夜、伊藤歩夢は眠れなかった。
毛布にくるまり、天井を見上げて何時間が経っただろう。
心臓の鼓動は早く、
浅くなっている呼吸がそのまま不安のリズムを刻んでいた。
(……また……誰かが、殺されたら)
真夜中の部屋は静かで、外の街灯すら届かない。
だがその暗闇の中に、死者たちの面影がふいに浮かぶ。
堀川菜月。
佐原真央。
芦原茉莉。
彼女たちの笑顔が、叫びが、歪んだ死体が、
断片的に脳裏に投げ込まれては、伊藤の心を軋ませた。
部屋には香りの弱いハーブアロマを焚いていたはずなのに、
鼻腔に残るのは血のような金属臭。
読みかけの小説は数ページで意味を失い、耳に差し込んだイヤフォンは、
音楽すら雑音に変えていた。
(私は、次かもしれない)
そんな思いが、まるでトゲのように胸の奥に引っかかる。
ぐるぐると巻いた毛布の中で膝を抱えていたが、
ある瞬間、尿意に意識を戻された。
(……行かなきゃ……)
ため息とともに体を起こす。
スリッパに足を入れ、冷たい床の感触に思わず身をすくめた。
部屋の中には、簡易キッチン、洗面、トイレ、
浴室までが一体化したユニットスペースがある。
歩夢はその奥の洗面へと向かった。
便座に座ると、空間全体に自分の呼吸音だけが響いた。
水を流し、洗面の蛇口をひねると、夜の冷水が掌に染み込んでくる。
そのとき——背後に何かの気配を感じた。
「……っ」
びくりとして振り返る。
だが、誰もいない。バスルームの扉は閉まっている。
(……ビビりすぎ、だよ。自分の部屋なのに……)
そう自嘲して、再び鏡の前に立った。
その鏡に、映っていた。
自分ではない“誰か”の輪郭。その悪意の影は笑っていた。
「ああああああああ!! あなたは——!」
叫ぶ前に、それは歩夢の背後に回っていた。
ギリギリギリギリ……ギチギチギチ……!
首に巻きついた紅い紐が、皮膚と肉を締め上げていく。
「うぐぅ、ぐぐ……げっ……!」
喉を押しつぶされ、言葉にならない呻きが漏れる。
視界の端が赤黒く染まり、瞼が痙攣する。
脳が酸素を求めて悲鳴を上げる。
——意識が、暗転する。
目が覚めたとき、歩夢は洗面台の前の床に倒れていた。
両手首は洗面台の配管に、紅い紐で後ろ手に固定され、
口はこじ開けられ、詰め込まれたタオルが喉を塞いでいた。
脚をバタつかせるが全く外れる気配はなかった。
「むぅ・・・ググググ」
声にならない音声が漏れた。
狂気の笑みを浮かべたそれは、
ホースを洗面台の蛇口に繋ぎ、
もう片方をタオルの隙間から、口から喉奥へ押し込んでいく。
喉から食道、そして胃に達したと思われた時に押し込む動きは止まった。
視界の端に、それはいた。
カチリ——蛇口が開かれた。
ぴちょん、ぴちょん……やがて、水音が途切れなく流れ始める。
ぐぐぐぐ……
胃が、膨張する。腸が押し上げられる。
喉を伝って、冷たい液体が体の奥に入り込んでくる。
(苦し…い。助けて、助けて、助けて。嫌だ、嫌だ、嫌だ)
その悲痛の叫びとは反比例するように、
膨らんだ腹が、悲鳴のように軋む。
「んぐうっ……っ! ぐ、うぅ……!」
皮膚に紅い亀裂が走る、破裂の前兆。
腹部がみるみる妊婦のように膨らみ、肋骨の隙間が引き裂かれていく。
目が見開かれ、涙と涎がこぼれた。
亀裂が断裂へと変わる瞬間——
バグシュ!!!!
肉を引き裂く鈍い音共に
腹部が破裂した。
水と大量の臓物、夥しい血液が洗面台の床に激しく噴き出す。
四肢がけいれんし、白目が裏返る。
歩夢の身体は、肉の塊へと変わった。
その死体の前で、その“何か”がレンズのようなものを掲げていた。
——スマートフォン。
画面には、こう表示されていた。
【映像保存中】
《観測支点:Itou Ayumu》
黒い悪意の“それ”は、画面に向かってにやりと笑った。
Scene2:「記録 - Observer」
12月29日(月) 午後04時12分。
南秋大学・理学部別館・地下実験室。
野瀬簾は、一人実験室のPCデスクに向かっていた。
モニターの光が、彼の顔を青白く照らしている。
瞬きすら忘れたような凝視。
その眼前には、複数のウィンドウが開かれ、
再生・停止・巻き戻しを繰り返す“異形の映像”が映っていた。
映像内。
伊藤歩夢の部屋。
洗面台の前で、少女が苦悶に身を捩る。
紅い紐。
タオルの詰め物。
そして口腔内から差し込まれるホース。
(……また、だ)
蓮は黙って映像を一時停止した。
そのまま、別のウィンドウに切り替える。
【REVERB記録ファイル:encrypted_itouayumu.mov】
複数の観測ログ、照合リスト、タグ分類。
蓮は慣れた手つきでファイルを並び替えながら、ぽつりと呟いた。
「……また“あの存在”か。姿は見えないが、痕跡は残る……」
壁際のホワイトボードには、南秋大学のキャンパス図、女子寮の見取り図、死亡した学生の顔写真が貼られている。
中央には《Message:REVERB》のロゴと、
赤いペンで囲まれた“記録者不明”の円。
【REVERB通知構造:照合中継ノード一覧】
ノードX13-B:芦原茉莉
ノードR52-C:佐原真央
ノードT19-F:堀川菜月
ノードS88-L:鷹野柊真
ノードK04-Z:中原あおい
ノードQ00-A:伊藤歩夢
「……全員、記録済み。順番に……確実に、“観測”されている」
机の引き出しから、古びたUSBデバイスを取り出し、端末に差し込む。
その中に保存されたのは、これまで蓮が“収集してきた死”の断片。
なぜそれを入手できたのか。
どのような経路で傍受しているのか。
——それを知る者は、いない。
だがその眼差しは、どこかで誰かを“観測している存在”のものだった。
「さて、次は……誰だ?」
蓮はゆっくりと映像の再生ボタンを押す。
【Message_REVERB】
《観測支点:???》
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映像は、なおも再生を待っている。
その背後で、誰かが気配を殺して“それ”を観ていた。
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