拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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 それを見て――絶句したのを覚えている。なんと先日学食で撮影された写真を中心に、勝手に出会い系サイトに登録されてしまっていたのだ。しかも、地域限定で、同性限定の掲示板に。幸い、連絡先やプロフィールはでたらめだったが、顔ははっきり映りこんでいた。教えてくれた同期の知人にユーザーがいて、たまたま朝哉のことを知らないかと尋ねられたことで発覚したという。その狭い界隈で朝哉の何かが琴線に触れたらしく、話題になっていたとのことだ。一旦は知らないフリをしたけれど、連絡先が偽物だと聞いて嫌な予感がしたため、思い切って尋ねてくれたのだった。

 犯人は予想通りあの四年年のグループで、こまごまと問題を引き起こすことで学部内でも悪名高いことを知ったのは、彼らが留学した後のことだった。それから校内で会うこともないまま、彼らはいつの間にか卒業していた。けれど、朝哉の方はその後も妙な男に付きまとわれたり、心配する家族から逃れるように独り暮らしを強行したりと散々な目に遭い続けているのである。

「そっか。ごめんごめん、無理強いするつもりはないんだ。……じゃあ毛先とか整えようか」
「あ……」

 仙崎が少し寂しそうに微笑したのを見て、朝哉は申し訳なさで喉がつかえたような息苦しさを覚える。

 ――仙崎さんは、純粋な厚意で提案してくれてるのにな。

 その厚意を素直に受け入れることのできないもどかしさ――いや、自分の弱さに対する口惜しさは、ほとんど怒りに近いものだった。

 ことの始まりから一年が経過し、最近、やっと人目を気にせず生活できるようになってきた。サイトには削除依頼を出してすぐ書き込みは消去されたけれど、まだ画像を所持している人がいるかもしれない。

 だから顔は出来るだけ晒したくない。でも、そろそろ殻に閉じこもるのをやめて前進しなくてはならないことも分かってはいた。朝哉自身は何も悪いことをしていないのだから、堂々としていれば良かったのにそれをしなかった。他者を信じるよりも、疑って壁を作り続けることのほうが、気が楽だったからだ。他人に関わらなければ傷つくこともなくなる。自分にも、周囲にも甘えて過ごしてきた。思えば、変わるきっかけを、いつもどこかで探していたのかもしれない。

「あの、仙崎さん!」
「ん?」

 スプレイヤー片手にワゴンを確認していた仙崎が振り返ると、朝哉は意を決して口を開く。

「……やっぱり、前髪、切ってもらえますか」
「え? いいの? 無理しなくていいんだよ?」
「いえ! 思い切ってみるのも、大事かな、って……」

 仙崎との出会いも、提案も、今が潮時なのだと何かに訴えかけられているようだ。これが赤の他人だったなら取り付く島もなく拒否していただろうけれど、相手はたくさんの偶然を重ねて知り合うこととなった仙崎だ。彼が自分の髪を切る。髪と一緒に、社会への不安ごと断ち切ってくれるるのではないか――そんな期待が首をもたげて、勇気づけられていく。

「なるほど、前向きでいいね」

 仙崎は朗らかに笑って、朝哉の肩を本当に勇気づけるようにぽん、と叩いた。

「どういう風にする? 雰囲気とか。カタログを――」
「あ、ええと、仙崎さんにお任せしてもいいですか? 俺、あんまりファッションとか分かんなくて」

 ダサい注文だったかな、と少し後悔したけれど、仙崎は鏡越しに力強く頷き「任せて」と笑ってくれた。ほっと朝哉の肩から力が抜けた。良くわからないのも事実だったけれど、彼がどのように仕事をするのか、どんな髪型が似合うと思っているのか、この目でよく見てみたかったので嬉しい。

「うーん、じゃあとりあえずシャンプーしようか。癖の出方とか確認したいから」

 クロスを巻かれたあとシャンプー台が運ばれてきて、椅子が倒れる。爽やかな柑橘系の香りの白い布が顔に乗せられると、心地いい温度のお湯が頭部を濡らしていった。わしゃわしゃとシャンプーが泡立てられ、頭皮を揉みこむ心地よさにうっかり眠ってしまいそうになったころ、「お疲れ様です~」とタオルドライされた。何とかだらしなく微睡む顔を見られずに済んで胸を撫で下ろす。それからものすごい風量で髪を乾かされ、櫛で梳かれてカットが始まった。
 ピンで二層に分けられた前髪にハサミが入る。小気味いい刃物の音がジャズに重なる。恐怖を抱いたのは一瞬だけ、視界が明るくなるのはあっという間だった。

「……うん、これぐらいでどうかな」
「は、い、大丈夫です」

 去年の春と同じ、眉を覆うぐらいで切り揃えられた髪。その下に並ぶ緊張で普段よりもまばたきの増えた二つの瞳。間抜けな顔だった。じっと鏡を見つめていると、ふっと肩の荷が下りたようだった。もう後戻りはできない。あとは、なるようになる。顔を隠すために伸ばされた前髪。たったそれだけのものが自分の中でこんなにも重荷になっていただなんて。
 終わりの見えない受験戦争から解放された時のように清々しく晴れやかな気分だ。
 仙崎とぽつぽつ会話しながら流れる時間は、店舗にいることを忘れるぐらいゆったりとしていた。実家とまではいかないけれど、仙崎の部屋で二人っきりで過ごした時と同じように、緊張が少しずつ解されていく。

「よし……ワックスとかはたまに使う程度だったよね? この辺を何か所かつまんで、あと馴染ませて……こんな感じかな」

 仙崎の掲げた大判の鏡が、鏡台と合わせ鏡になって後頭部を映し出す。朝哉は顔の角度を変えながらじっくりと観察して、柔らかく表情を綻ばせた。全体的にさっぱりと切り揃えただけで清潔感が滲み、陰鬱な雰囲気は霧散していた。地毛のままなので派手さはない。以前の朝哉に小奇麗さと華やかさをプラスしたような自然な仕上がりに、ついぼけっと見入ってしまう。

「どう、気に入った?」
「はい……あの、すごいんですね、仙崎さん」

 そう口にしてすぐ朝哉は慌てた。ちょっと顔と髪を見てその人に適したスタイリングが出来るなんてすごい、と手放しに褒めたつもりだったが、まるで仙崎の腕を侮っていたような言い回しになってしまったかもしれない。

 けれど盗み見た仙崎の表情は満足げなままで、「そりゃあもう、全力で頑張らせていただきましたので」なんて上機嫌におどけてみせるほどだった。きっと予想していたよりも上手く行ったのだろう。美容師なんて決してやり直しの利かない職業は、小心者の朝哉にはけして務められないだろうなと、仙崎への尊敬が溢れる。

 纏っていたクロスを剥がされ、受付の方へ案内される。いつの間に取りに戻ったのか、仙崎の手には朝哉の荷物が抱えられていた。

「時間とらせてごめんね。俺、たぶん要件伝えるの忘れてたよね?」
「いえ、……びっくりしましたけど、でも、とてもいい機会になりました、ありがとうございます」

 そんなやり取りをしているうちに、カウンターへ到着してしまった。バックパックを受け取り、中をあさる。出費は痛手だけれど、そういえばもうじき夏休みが始まることを思い出した。いっそ授業料の一部を切り崩して生活し、休暇中にリゾートバイトでもすれば衣食住の心配もなく、生活を立て直す資金も得られて一石二鳥ではないだろうか。まだ二年生だから学生としての活動にも支障はない。

「あ、朝哉くん、支払いはいらないよ? 俺が好きでやったことだから」
「……え? まさか、そういうわけにはいかないですよ。昨日だって……俺だけ、よくしてもらってばかりで」

 そこだけは譲れない、と朝哉が首を横に振ると、仙崎は「言うと思った」と苦笑した。

「代わりに、というわけじゃなくて相談なんだけど」
「? はい」
「次からカットモデルになってくれないかな」

 朝哉はきょとん、と目を丸くした。美容師の練習台になる代わりに料金がタダになるのだと、友人から聞いた話を思い出す。そのぶん、髪型は美容師任せになってしまうし、ほとんどが新人だから仕上がりに納得がいかないこともあるのだと言っていた。けれど、仙崎はベテランと言って差し支えない側の人間のはずだ。

「……カットモデル、ですか?」
「うん。サロンのホームページとか、うちが登録してる予約サイトにモデルとして掲載させてほしいんだ」
「……写真を、掲載するってことですか?」
「そういうことになるね」

 甘いお菓子を食べたみたいに穏やかに笑う仙崎を前に、嫌な汗が背中を伝った。
 去年の悲劇が脳裏を駆け巡った。もしあの画像を見た人が、うっかりモデルとして活動する朝哉を見つけて気づいてしまったら――朝哉の身元が割れてしまうかもしれないし、この美容室にも迷惑をかけるかもしれない。最も最悪なのは、仙崎にあらぬ誤解をさせてしまうことだ。
それに、自分の知らないところで自分の画像が出回っているというあの恐怖をもう二度と味わいたくない。あれから出来る限り写真に入らないようにしていたし、SNSの更新だって美味しいお菓子や綺麗な風景写真といった他愛もない内容に留めていた。

 ――それは、仙崎さんの頼みでも無理だ。

「あ、の、ごめんなさい。それは、ちょっと……」
「……そっか、残念。もし気が変わったらいつでも連絡して。謝礼は大したことないけど、美味しいご飯とか御馳走するし」

 朝哉は「すみません」と小さく頭を下げた。仙崎は頑固な朝哉の懐事情を案じて提案してくれただけなのに、露骨に不快感を出してしまった。今もまだ表情の強張りが解けない。

「すみません、やっぱりお代――」
「本当にいいんだって、やりたくてやったのは俺なんだから。ちょうど今日は予約も少なかったんだ」

 鷹揚に微笑んだまま首を横に振られると、朝哉はもう何も言えなくなってしまう。何となく、ここで無理に支払っても、仙崎は何かと理由をつけて後から帳尻を合わせようとしてくれる気がしたのだ。そうなると朝哉もまた義理を通さなくてはと返礼を考えてしまうし、そのやり取りが延々と続くことになる。仙崎は面倒見がいいし優しいから、おそらくずっと朝哉に付き合ってくれる。多忙な彼の時間を自分なんかに使わせてしまうのはひどく申し訳ない。それぐらいなら、自分が折れた方が後悔と負い目を抱えずにすむ。
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