拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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 無事に仕事終わりの仙崎と合流し、もう二度と足を踏み入れることはないだろうと名残惜しささえ覚えた部屋へ舞い戻った。部屋は朝と何ら変わりない。出会ったばかりだというのに、まるでかねてからの友人の家を訪ねるかのような感覚で、新鮮でどこか不思議だった。

「明日なんだけど、買い物頼んでいい? ほら、歩いて五分ぐらいのスーパーなんだけど」
「あ、はい大丈夫です。必要なもの教えてもらえれば」

 グラス入りのアイスコーヒーを受け取って、朝哉は頷いた。同じグラスにウイスキーを注いだ仙崎が少し間隔を空けてソファにもたれる。夜はこうしてサブスクで映画やドラマを見るのが趣味らしい。朝哉も酒をすすめられたけれど、アルコールにとてつもなく弱いのと、これからレポートを片付けてしまいたくてコーヒーにしてもらった。カフェインには強い方なのだというと、「俺と逆だね」と仙崎が意外そうに笑った。

 先ほど彼女から連絡がきた。『今どこ?』とか『元気?』と朝哉の身を案じてくれたが、しばらく会うつもりはないという。とりあえず身の回りの品を取りに行く許可は得られたのでよしとする。

 会話もしたくないほど嫌われたのかと思いきやそうではないらしく、返信からもまったく怒気を感じない。どうして追い出されたのかますます分からなくて、朝哉は困惑しきりだった。

 そんな朝哉を気遣う色を見せながら、仙崎は取り留めもない話をしてくれる。それだけでなく、寝る場所はあるからと自然とコーヒーが無くなるまで居候する流れになった。今は何も恩返しが出来なくて申し訳なさが募るものの、妙に浮足立つ自分を抑えきれないでいる。

「……仙崎さんって不思議な人ですね」
「どうして?」
「だって、俺みたいなのによくしてくれるし……」
「話が美味すぎて不審だって?」

 軽口を叩いて笑う仙崎に「そういうつもりじゃ」と狼狽えて返す。

「そういえば朝哉くんのことは色々聞いたけど、俺の話はしてなかったかもね」
「あ……すみません、自分の話ばかりで」
「いや、聞いたのは俺だから」

 仙崎はテレビのリモコン操作をやめ、「自己紹介しようか」と身を起こして眼鏡を押し上げた。

「名前は仙崎直嗣。年は二八歳で、誕生日は四月。美容室を経営してる。趣味は料理と、家で映画を見ること。好きな食べ物は特にないけどグミとかゼリーとかぐにゃぐにゃしたものが苦手。恋人はいなくて、結婚歴もなし、小鳥か熱帯魚を飼ってみたいと思ってる――それぐらい?」

 指折り数えて並べられたプロフィールに、朝哉はぽかんとした。

「あの美容室、仙崎さんが?」
「うん、雇われだけどね。オーナーは別にいるんだけど、結構好きにやらせてもらってる」

 独立も考えるけれど金策は向いてないようだ、と仙崎が肩を竦めた。

 ――恋人、いないんだ。

 なんとなく、ほっとした。勝手に見ず知らずの男が居候を始めていたら、相手もいい気はしないだろう。仙崎に迷惑をかけてしまうのではとずっと気がかりだったのだ。その懸念が払拭されたからだと、そうに違いないと、朝哉はなぜか自分に言い聞かせていた。

「あとはまあそのうち――……あ、いつの間にか新作が入ってるねえ」
「あ、懐かしい。俺、うっかり続編から見ちゃって、最初の方よく知らないんです」
「そうなの? じゃあそれにしよう、絶対見といたほうが後の展開のアツさ感じられるだろうし」
「いいんですか? 仙崎さんはもう見たんじゃ……」
「同じ作品を繰り返し見るタイプだから平気。よく考えたら俺も最初の方忘れちゃってる気がする」

 なんだ、と苦笑した仙崎と顔を見合わせて笑う。

 思わずくすくすと喉を鳴らしながら、不思議だな、と思った。押し隠すことに慣れてしまって、普段は自然な感情を表に出すのにとても苦労している。それなのに、仙崎といるとすぐ思ったことが顔に出てしまっているようだ。
 そうこうしているうちに、画面の向こうで感動的なファンタジー巨編が幕を開ける。このキャラが続編でいい味を出すとか、ここが伏線だったはずだとかぽつぽつと会話しながら眺めていると、あっという間に百二十分が過ぎた。どうせなら続編も見てしまおうと、休憩を挟んで上映が再開される。
 クッションを抱いて心地よい空気に身を委ねていると、何だか頭がぼうっとしてきた。

 ――眠い……でも、続き見ないと悪いし、レポートも終わらせておきたくて……。

 最初は抵抗していた理性も、眠ってしまったところで仙崎は怒らないだろうし、レポートは〆切まで数日あるし、と着実に睡魔に溶かされていく。
 架空の猛獣と熾烈な戦いを繰り広げる少年の姿がぼやけ、重くなった瞼が抗うすべもなく閉ざされてしまう。

「――――……」

 映画の音響に、仙崎の声が重なる。何を言っているのかまではもう判別できない。
 完全に眠りに落ちる寸前、押し殺したような笑みのあと、何かやわらかいものが唇に触れる気配がした。

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