拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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「いったい、何があったの」
「……っ……」

 朝哉は開きかけた口を引き結んだ。どこから話せばいいのだろう。殴り書きと写真程度では、知人の悪質ないたずらで片づけることができてしまう。朝哉にとってこれがどれだけ恐ろしいものなのかを説明するには、去年の事件まで遡って話さなくてはならない。気は進まないけれど、躊躇の余地はなかった。手紙の主は『ずっと見ている』のだ。いずれこの家を突き止め、仙崎にまで被害が及ぶ可能性がある。
 長くなるかもしれないです、と言い添えると、仙崎は心得た様に頷く。神妙な空気のままリビングへ移った。
 ソファに腰を下ろして人心地ついた朝哉は、左から仙崎の視線を感じながら重い口を開いた。

「実は、こんなものが鞄に入ってて……」
 よれてしまったA4の殴り書きを開いた仙崎が、怪訝に眉をひそめた。続きを促す視線の強さに慄きながら、朝哉はこれまでのことを話した。真剣に不快感も露だった仙崎の表情が、徐々に気の毒そうなものに変化していく。

「……じゃあ、相手に心当たりはないんだ」
「はい。むしろ多すぎて想像もつかないというか……すみません、面倒に巻き込んじゃって」

 項垂れると、仙崎が「君は何も悪くない」と憤慨した様子で吐き捨てた。

「ともかく対策しておこう。通報は……してみてもいいのかもしれない。ただ不気味だけどまだ実害らしい実害はないから、これだけじゃ警察は動いてくれないと思う」

 それには朝哉も同感だった。写真が流出した際に、藁にもすがる思いで相談した警官に適当にあしらわれたのだ。

「大学では出来るだけ友達と行動した方がいい。身を護るためだけじゃなくて、敵か味方か判断する材料になる」

 朝哉はそうですね、と頷いた。事情を知る友人の何人かには相談しておくことにした。元彼女の方にも連絡を入れなくては。少しずつ冷静さを取り戻してきた気がする。

「相手は大学まで入り込んでるわけだから……やろうと思えば、君の後をつけていつでも襲い掛かれるわけだ」
「……そうですね、うちは結構出入りが自由なので、相手が学生か近所の住民かどうかも分からないです」
「そうか……分かった、この辺は人気のない路が多いから、これからは途中の駅で合流して、一緒に帰ることにしようか」

 朝哉は驚いて顔を上げた。

「でも……ですから、もしかすると仙崎さんに迷惑が……。コーヒーももう無くなるし、ここに居ていい理由なんて」

 固辞しようとする朝哉に、仙崎は何を今更、と口の端を持ち上げて笑う。

「あの夜だって放っておけなくて連れて来たんだ。それなのに出ていってすぐ事件に巻き込まれたりしたらやりきれないよ。朝哉くんのことだから、友達にも迷惑かけられない、ってネカフェとかセキュリティもガバガバなとこで寝泊まりするつもりでしょ?」

 図星を突かれて言葉に詰まった。自宅に帰るなんてもってのほかで、それ以外の方法は思いつかなかった。夏休みまで辛抱すれば遠地へ逃げ延びることができるから、後のことは帰って来てから考えればいいだろう、と。

 仙崎の申し出は嬉しいし、素直にありがたい。けれどこんなにも甘えっぱなしでいいのだろうかと戸惑いを捨てきれずにいる。

「純粋に、君が心配なんだ」

 そんな朝哉の心情を見透かしたように、仙崎はレンズ越しの目を和ませた。

「あんまり気に病まなくていい。これから先、もし俺がストーカーに付け狙われることがあったら、その時は朝哉くんが俺を匿ってよ」
「……はい」

 軽い口調から仙崎の並々ならぬ気遣いを感じて、朝哉もやっと笑みをこぼすことができた。仙崎が満足そうに笑みを深めて、夕食の支度に席を立つ。手伝おうと後を着いて行った朝哉に、仙崎がリクエストはあるかと問いかけた。

「何でもいただきます。仙崎さんの料理、どれも美味しくて大好きなので」
「……朝哉くん……! 分かった、鋭気を養うためにも、ちょっと豪勢にしようか」
「ありがとうございます……!」

 仙崎の料理が好きなのは噓ではない。けれど、彼とともに食べる食事なら、きっとインスタントでも駄菓子ひとつでも美味しくて満たされてしまうに違いなかった。
でもそれを口に出してしまうわけにはいかない。いったい、どうしてこんなにも甘やかしてくれるのだろうという疑問ごと、喉の奥に押し込んだ。
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