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猛暑日とはいえ、まだ十四時を過ぎたばかりの駅前は人でごった返していた。講義を終えて、仙崎と合流したのが一時過ぎ。カフェで軽く昼食を摂り、今日もこれといった異変に見舞われることなく、帰路に着こうとしている。
うだるような暑さに辟易しながら限定フレーバーのフラペチーノを啜る。砕けた氷とキャラメルの甘みがとろりと喉を滑り落ちると、全身に滞る澱みが洗い流されていくような気がした。
「……朝哉くん、また何かあった?」
「え? いえ、とくには何も……」
「本当に? なんか、最近また浮かない顔が増えた気がして」
朝哉は隣を歩く仙崎を見上げ、慌てて首を左右に振った。その拍子に、正面から風を切って直進してきた中年の男性と衝突しかけたのを、仙崎が軽く腕を引いてくれたおかげで回避できた。
とたん、ふわ、と仙崎の汗と香水の混じった香りが押し寄せてきてどきりとした。そのまま心臓がばくばくと跳ねまわり、顔が内側から熱くなる。
「すみませ……」
「違うでしょ?」
「あ! ……はい、ありがとうございます」
仙崎が満足げに微笑んだ。以前までは開口一番に「すみません」が出ていたのに、逐一訂正されるおかげでその頻度も減り、代わりに「ありがとう」と言えるようになってきた。今回は失敗したものの経過は良好で、この仙崎の、得意げな顔を見るのが楽しい。上手く教育されているな、と思う。
「……浮かない顔してるって話ですけど、普通に暑さにやられちゃってるからかなー、と」
「それはそうだね、夏らしさも本格化してきたし……」
仙崎もくたびれたように嘆息すると、納得したのか話題を今晩の夕飯のメニューへと切り替えた。けれど事実、仙崎に疑念を抱いて以来、朝哉の心はどこか上の空だった。
――何が本当なんだろう。
店のシフトがない日の仙崎は、こうして朝哉の帰宅に付き合ってくれる。まるで当然のように朝哉のぶんの飲み物まで購入して、気さくに談笑しながら歩調を朝哉に合わせ、朝哉の状態の変化も見逃さない。手作りランチの習慣も続いたままで、家事のほとんどは任せきり、気づけば手伝わせてもらえることもあるが、大抵は仙崎が先にやり終えてしまっている。おまけに、朝哉の後ろ向きがちな言葉の癖や、ネガティブ思考までそれとなく正してくれる。
こんないい人を疑うだなんてどうかしているとも思うけれど、何の見返りも求められない善意には裏がある、というのも世の道理だ。
――きっと俺の思い込みだ、この人はそんな人じゃない。
でも、もしすべて嘘だったら、もう立ち直れないんじゃないかと思う。それぐらい、仙崎に依存している自覚はある。
――いや、依存、というか、これは……。
「朝哉くん」
「はい?」
「あまり一人で思い詰めないでね? 本当につらいなら、なんでも話して。君に頼ってもらえないのは、なんていうか……すごく寂しくなるから」
「……仙崎さん……」
真剣な面持ちで真っ向からそんなことを言われると、まるで口説かれているようだった。何かを拾い上げかけていた思考がぱあっと飛び散ってしまう。
この言葉が本当なら、彼はきちんと朝哉が抱える問題に向き合おうとしてくれていることになる。そんな彼に疑心を抱いたまま接し続けるだなんて、自分の心を欺き続けるだけではなく、とてつもなく失礼ではないか。
仙崎はいつも先手で朝哉に手を差し伸べて、歩み寄ってくれる。次は朝哉自身が自ら一歩踏み出す番だ。
朝哉は深呼吸を繰り返して、仙崎の前に先回りし、立ち塞がるかたちで立ち止まった。
「……あの、仙崎さん!」
「ん?」
想像以上に大きな声が出て、自分でも慌ててしまう。周囲を見回すが、街の雑踏が掻き消してくれたのか不審がられる様子はない。そう、誰も自分のことなんて気にしていないのだ。そう考えると幾分か気分が落ち着いたし、背中を押されているようで勇気がわいてきた。
少し高い位置にある、仙崎の顔を真っ向から見つめる。相手の目を見て話さなくてはいけない――そう思うのに、綺麗な顔にそっとはにかまれると、この場から逃げ出してしまいたくなって、無意識のうちに視線を彷徨わせていた。
「ちょっと、その、大事な、話があって……」
「大事な話?」
「は、い。その、今後のこと、といいますか、聞きたいこととかが……」
――ああもう、自分でも何言ってるのか滅茶苦茶だ……これじゃ伝わるわけない……!
「あ、ああ! なるほどね、ええと、そういうこと?」
「え」
「いや。……俺もね、実は話したいことがあったから。まさか先を越されるとは思わなくてね……良かったら、俺から言わせてくれない?」
「へ?」
「準備したいこともあるから、ちょっと時間も欲しいな。予定は追って連絡するから、それまでこの件はおあずけ」
準備――まさかすべてドッキリだったと、手作りのパーティー会場に看板を用意するわけでもないだろう。
けれど、それ以外の『準備』とは何だろう。もっと手ひどく、おぞましい真似をするのだろうか、この優しそうな人が。
――いや、こうして疑うのが何よりも失礼なわけで、でも不安で……。
不躾なことを尋ねて顰蹙を買うのも、そうだよ騙していたんだよと肯定されて傷つくのもこわい。
やはり自分はどうしようもない意気地なしなのだ。そう諦観し、朝哉は視線を伏せた。
「……分かり、ました」
うだるような暑さに辟易しながら限定フレーバーのフラペチーノを啜る。砕けた氷とキャラメルの甘みがとろりと喉を滑り落ちると、全身に滞る澱みが洗い流されていくような気がした。
「……朝哉くん、また何かあった?」
「え? いえ、とくには何も……」
「本当に? なんか、最近また浮かない顔が増えた気がして」
朝哉は隣を歩く仙崎を見上げ、慌てて首を左右に振った。その拍子に、正面から風を切って直進してきた中年の男性と衝突しかけたのを、仙崎が軽く腕を引いてくれたおかげで回避できた。
とたん、ふわ、と仙崎の汗と香水の混じった香りが押し寄せてきてどきりとした。そのまま心臓がばくばくと跳ねまわり、顔が内側から熱くなる。
「すみませ……」
「違うでしょ?」
「あ! ……はい、ありがとうございます」
仙崎が満足げに微笑んだ。以前までは開口一番に「すみません」が出ていたのに、逐一訂正されるおかげでその頻度も減り、代わりに「ありがとう」と言えるようになってきた。今回は失敗したものの経過は良好で、この仙崎の、得意げな顔を見るのが楽しい。上手く教育されているな、と思う。
「……浮かない顔してるって話ですけど、普通に暑さにやられちゃってるからかなー、と」
「それはそうだね、夏らしさも本格化してきたし……」
仙崎もくたびれたように嘆息すると、納得したのか話題を今晩の夕飯のメニューへと切り替えた。けれど事実、仙崎に疑念を抱いて以来、朝哉の心はどこか上の空だった。
――何が本当なんだろう。
店のシフトがない日の仙崎は、こうして朝哉の帰宅に付き合ってくれる。まるで当然のように朝哉のぶんの飲み物まで購入して、気さくに談笑しながら歩調を朝哉に合わせ、朝哉の状態の変化も見逃さない。手作りランチの習慣も続いたままで、家事のほとんどは任せきり、気づけば手伝わせてもらえることもあるが、大抵は仙崎が先にやり終えてしまっている。おまけに、朝哉の後ろ向きがちな言葉の癖や、ネガティブ思考までそれとなく正してくれる。
こんないい人を疑うだなんてどうかしているとも思うけれど、何の見返りも求められない善意には裏がある、というのも世の道理だ。
――きっと俺の思い込みだ、この人はそんな人じゃない。
でも、もしすべて嘘だったら、もう立ち直れないんじゃないかと思う。それぐらい、仙崎に依存している自覚はある。
――いや、依存、というか、これは……。
「朝哉くん」
「はい?」
「あまり一人で思い詰めないでね? 本当につらいなら、なんでも話して。君に頼ってもらえないのは、なんていうか……すごく寂しくなるから」
「……仙崎さん……」
真剣な面持ちで真っ向からそんなことを言われると、まるで口説かれているようだった。何かを拾い上げかけていた思考がぱあっと飛び散ってしまう。
この言葉が本当なら、彼はきちんと朝哉が抱える問題に向き合おうとしてくれていることになる。そんな彼に疑心を抱いたまま接し続けるだなんて、自分の心を欺き続けるだけではなく、とてつもなく失礼ではないか。
仙崎はいつも先手で朝哉に手を差し伸べて、歩み寄ってくれる。次は朝哉自身が自ら一歩踏み出す番だ。
朝哉は深呼吸を繰り返して、仙崎の前に先回りし、立ち塞がるかたちで立ち止まった。
「……あの、仙崎さん!」
「ん?」
想像以上に大きな声が出て、自分でも慌ててしまう。周囲を見回すが、街の雑踏が掻き消してくれたのか不審がられる様子はない。そう、誰も自分のことなんて気にしていないのだ。そう考えると幾分か気分が落ち着いたし、背中を押されているようで勇気がわいてきた。
少し高い位置にある、仙崎の顔を真っ向から見つめる。相手の目を見て話さなくてはいけない――そう思うのに、綺麗な顔にそっとはにかまれると、この場から逃げ出してしまいたくなって、無意識のうちに視線を彷徨わせていた。
「ちょっと、その、大事な、話があって……」
「大事な話?」
「は、い。その、今後のこと、といいますか、聞きたいこととかが……」
――ああもう、自分でも何言ってるのか滅茶苦茶だ……これじゃ伝わるわけない……!
「あ、ああ! なるほどね、ええと、そういうこと?」
「え」
「いや。……俺もね、実は話したいことがあったから。まさか先を越されるとは思わなくてね……良かったら、俺から言わせてくれない?」
「へ?」
「準備したいこともあるから、ちょっと時間も欲しいな。予定は追って連絡するから、それまでこの件はおあずけ」
準備――まさかすべてドッキリだったと、手作りのパーティー会場に看板を用意するわけでもないだろう。
けれど、それ以外の『準備』とは何だろう。もっと手ひどく、おぞましい真似をするのだろうか、この優しそうな人が。
――いや、こうして疑うのが何よりも失礼なわけで、でも不安で……。
不躾なことを尋ねて顰蹙を買うのも、そうだよ騙していたんだよと肯定されて傷つくのもこわい。
やはり自分はどうしようもない意気地なしなのだ。そう諦観し、朝哉は視線を伏せた。
「……分かり、ました」
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