拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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「か、返してください! 返せ! ドロボー!」

 咄嗟に叫び、躊躇なく男の背中を追いかけた。
 表通りとは異なり、裏手は薄暗くて路面も荒れていた。軒先に並んだゴミ袋にビールケース、地面に転がるペットボトルや空き缶のゴミ。表の華やかさが嘘のような別世界が広がっている。
 そんな中、路肩に置かれたカラーコーンを蹴飛ばした男が、錆びの浮いた外付けの鉄骨階段を上り始めたのをとらえる。

「! 待て! 返せよっ!」

 狭くてじめっとした道は、走り抜けるのには向いていない。表通りに出ればおしまいだからだ。かといって身を隠せるような物陰も見当たらないため、ビルの中を突っ切って逃げ延びるか、朝哉が取り逃がす方に賭けようというのだろう。

 しかし、どうして朝哉を狙ったのか。通りには帰宅途中の会社員風の女性や、きちんとした身なりの老人もいた。彼らが無事でよかったけれど、ただの学生かフリーターが大金を持ち歩いているわけがないことぐらいわかるだろうに。

 息を切らしながらも二段飛ばしで階段を駆け上がると、トートバッグを抱えた男がちらりとこちらを見下ろし、目の前の非常用扉から屋内へ入り込んだのが見えた。朝哉も最後の力を振り絞って階段を上りきり、勢いよくドアノブを引いた。

「いい加減にっ――⁉」

 薄暗い室内には、資材と先の入居者が放置したコンテナや、事務用デスクが散乱するばかりで、一目で使用されていないことが分かった。人気もない。やられた、と口惜しさに歯噛みする。ちょうど右斜め前方で、内部の階段へと通じるのであろう扉が開かれたまま、ぽっかりと暗闇が口を開けている。服装さえごまかしてしまえば、素知らぬ顔で見咎められないまま逃げおおせることができてしまう。

「こほっ、けほっ……! くそ……」

 埃っぽさに噎せながらその扉へと足を向けた途端――。

「っ、ぐ、あぅっ⁉」

 コンテナの陰から突進してきた人物に足払いされ、咄嗟に反応できないまま床に身体を打ち付けた。天地がひっくり返り、勢いよく頭をぶつけたせいで視界がぐわんとぶれる。何が起きたのか一瞬理解が追い付かないでいた朝哉の上に、先ほどの引ったくり犯がのしかかって動きを封じられていた。両腕は手際よく頭の上で括られ、なすすべもないまま苦痛に顔をしかめる。

「いった……何す……」
「お、お前が悪いんじゃないか! 朝哉くんがっ、俺のこと裏切るから……!」

 唐突に教えていないはずの名を呼ばれ、動揺で痛みを忘れる。

 なぜ、と口にするより早く、驚愕に目を瞠る朝哉に見せつけるように、男がキャップとマスクを取り捨てて固い笑みを見せた。

「っ、え、あなたは……」
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