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「どうして……どうして、あなたが、こんなとこに」
二十代後半ぐらいの、口元の黒子が印象的な穏やかそうな青年。その男の顔に、確かに見覚えがあった――なんてものじゃない。忘れるはずも、見間違えるはずもない。
仙崎と鉢合わせ続けたあのコンビニに勤務し、幾度となくレジ台越しにやり取りを繰り返した、顔見知りの店員だったのだから。
「どうしてって、朝哉くんがまた裏切るんじゃないかと思うと気が気でなかったんだ! 心配で心配で心配でついてきてみたら案の定あの男のところに行こうとしたでしょ⁉ あいつの邪魔が入んないところで話をするためにおびき出したんだ、俺は悪くないからねっ? そうだよねっ?」
悲痛な声色で情に訴えかけるかのように畳みかけてくるが、朝哉が覚えたのは同情や哀憫ではなく、純粋すぎる恐怖だけだ。
「え? え? 裏切る……? そんな、俺たち、店で会話したぐらいしか」
「ああぁあぁあああぁ信じられない……俺のことあんなに気にかけてくれてたのに、全部演技だったんだ? 俺のこと騙してたんだ⁉」
「ちが、ですから僕たちは他人で、たぶん、僕が見てたのはあなたじゃなくて仙崎さ」
「だからそれがおかしいだろ⁉ そんなこと言う子じゃなかったじゃん! 絶対俺のことだけ見てた……あの男に手籠めにされてから変わっちゃったよ朝哉くん……そうだろ、あいつのせいなんだよな⁉」
興奮した男が大声でがなり立て、朝哉はぎゅっと目を閉じて身をすくませた。男はぜえぜえと肩を上下させ、血走らせた目で朝哉をじっと凝視している。
「じゃ、じゃあ……あの手紙とか、あなたが」
そう、朝哉は今日もコンビニで彼と顔を合わせていた。そこであの悪趣味な手紙を忍ばせたのだろう。
男が何をどう解釈して思い違いをしたのかは分からない。しかし、朝哉を付け回し、脅かしていた犯人がこの男だということだけは確かなのだろう。料金の払込票や伝票を通して名前と住所を把握することができるし、以前、コピー機に学生証を置き忘れたこともある。彼ならば、朝哉の個人情報を収集するのもそう難しくはなかったわけだ。
「そうだよ! いつも俺に会いに来てくれてて。可愛いなと思ってて、何度か大学にも行って……そろそろ気持ちに答えてあげなきゃなって思ってたのに、あのチャラチャラしたクソ野郎、急にしゃしゃり出てかっさらっていきやがった……!」
恐怖でろくに言葉が出てこなかった。
一度も彼に会うために店に足を運んだことはないし、色目を使った覚えもない。完全に我を失っているらしい。言葉は通じるのに会話が成立しないことがこんなにも恐ろしいだなんて、想像したこともなかった。考え方が合わない人間はこれまでにもたくさん居たけれど、彼らなりの主張は賛同できずとも一応理解できていたのに。
「と、とりあえず、そこをどいてくれませんか。話がしたいというのは分かりました、だから―――――むぐっ⁉」
必死に宥めようと語りかけたが、男に乱暴に口をふさがれて声が出せなくなる。狼狽える朝哉を眺めた男は、にたりと気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、あろうことかシャツの裾をめくりあげ、腹部から胸部へ手を這わせ始めた。
冷ややかな指先が震えながら直接肌をなぞりあげる不快感に、ぞわりと全身の皮膚が粟立つ。
――いやだ、こんなの、本当に気持ち悪い……!
恐怖が嫌悪感に塗り替えられていく。今の今まで現実味がなかったが、この男に並々ならぬ好意を、いや愛憎を向けられているという事実をまざまざと突き付けられている。
「はは、いいよ、俺が戻してあげるよ、あの男に騙される前の朝哉くんに……!」
「んぐ、むぅっ、ちがっ、だから、何も、んんん!」
「いいだろ、減るもんじゃないしさ! 何回ヤった? どれぐらい? どういうとこ触られるのが好き? へへ、どうせ開発済みなんだろ? そのまま突っ込んでもいいよなあ?」
胸元まで忍び込んだ指先が、柔らかいままの突起をぎゅっときつくつまみあげる。想定外の痛みに呻くと、何を勘違いしたのか男の表情が好色に歪んだ。
「ここも弄ってもらったわけか? ああ、そう! とんでもない淫売だったんだなお前! ほら、ほら、いいのかこれが!」
あまりの痛みに顔をしかめる。こんな触られ方をしたら誰だって痛いに決まっているのに、そんなことも分からないのだろうか。
勝手に何かを誤解しているようだが、冗談じゃない、仙崎が必要以上にこの身体に触れたことなんてただの一度もない。抱き寄せてくれたのも、手を引いてくれたのも、全部朝哉を思っての行為だった。けして自分の好意を押し付けようとしたわけではなかったし、振り向かない相手を屈服させて憂さ晴らしをしようとしたのでもない。
お前とは違うのだと、必死に上半身をよじって抵抗するが男の体はびくともしない。睨みつけてみたものの、むしろ男の加虐心を煽ったようで下卑た笑いが口から漏れる。
「んーーっ、ぐ、んん、むうっ!」
男のジーンズの前が不格好に膨れ上がっていた。口にハンドタオルを詰め込まれ呻く朝哉の視界で、男が自身のベルトに手をかけ、前をくつろげる。これから一体何をしようというのか、想像をめぐらせた朝哉の顔からさあっと血の気が引いた。
こんな時だというのに、脳裏をかすめるのは朝哉が最も敬愛し、傍にいたいと願った人――仙崎の姿だった。
朝哉を恐怖させた事件の犯人は、やはり仙崎ではなかった。どうしてあんなにやさしい人を一瞬でも疑ったりしたのだろう。これはその報いなのかもしれない。
でも、こんな頭のおかしい男に自分の体を好き勝手させるだなんて絶対に嫌だった。
――ごめんなさい仙崎さん、俺が弱くて不甲斐ないせいであなたを信じ続けられなくて。
来るはずもない想い人の顔を思い浮かべながら、自分の迂闊さを呪い、必死に全身をばたつかせる。もう、以前のように容易く希望を捨てたり、投げやりになったりしないと決めたのだから。
男の手がいやらしい手つきで朝哉のパンツへと伸ばされる。
最悪の事態を覚悟したそのとき、内階段を駆け上がってくる荒々しい足音が響き渡った。
――まさか仲間がいる? どうすれば……!
「朝哉! 朝哉くん、どこだ! 無事か⁉」
辺りに反響したのは、夢にまで描いた男の、仙崎の声。
「朝……っ、あんた、そこで何してる?」
じわりと、胸に安堵が広がり目頭が熱をはらむ。
「はあ? なん、なんでここが……」
二十代後半ぐらいの、口元の黒子が印象的な穏やかそうな青年。その男の顔に、確かに見覚えがあった――なんてものじゃない。忘れるはずも、見間違えるはずもない。
仙崎と鉢合わせ続けたあのコンビニに勤務し、幾度となくレジ台越しにやり取りを繰り返した、顔見知りの店員だったのだから。
「どうしてって、朝哉くんがまた裏切るんじゃないかと思うと気が気でなかったんだ! 心配で心配で心配でついてきてみたら案の定あの男のところに行こうとしたでしょ⁉ あいつの邪魔が入んないところで話をするためにおびき出したんだ、俺は悪くないからねっ? そうだよねっ?」
悲痛な声色で情に訴えかけるかのように畳みかけてくるが、朝哉が覚えたのは同情や哀憫ではなく、純粋すぎる恐怖だけだ。
「え? え? 裏切る……? そんな、俺たち、店で会話したぐらいしか」
「ああぁあぁあああぁ信じられない……俺のことあんなに気にかけてくれてたのに、全部演技だったんだ? 俺のこと騙してたんだ⁉」
「ちが、ですから僕たちは他人で、たぶん、僕が見てたのはあなたじゃなくて仙崎さ」
「だからそれがおかしいだろ⁉ そんなこと言う子じゃなかったじゃん! 絶対俺のことだけ見てた……あの男に手籠めにされてから変わっちゃったよ朝哉くん……そうだろ、あいつのせいなんだよな⁉」
興奮した男が大声でがなり立て、朝哉はぎゅっと目を閉じて身をすくませた。男はぜえぜえと肩を上下させ、血走らせた目で朝哉をじっと凝視している。
「じゃ、じゃあ……あの手紙とか、あなたが」
そう、朝哉は今日もコンビニで彼と顔を合わせていた。そこであの悪趣味な手紙を忍ばせたのだろう。
男が何をどう解釈して思い違いをしたのかは分からない。しかし、朝哉を付け回し、脅かしていた犯人がこの男だということだけは確かなのだろう。料金の払込票や伝票を通して名前と住所を把握することができるし、以前、コピー機に学生証を置き忘れたこともある。彼ならば、朝哉の個人情報を収集するのもそう難しくはなかったわけだ。
「そうだよ! いつも俺に会いに来てくれてて。可愛いなと思ってて、何度か大学にも行って……そろそろ気持ちに答えてあげなきゃなって思ってたのに、あのチャラチャラしたクソ野郎、急にしゃしゃり出てかっさらっていきやがった……!」
恐怖でろくに言葉が出てこなかった。
一度も彼に会うために店に足を運んだことはないし、色目を使った覚えもない。完全に我を失っているらしい。言葉は通じるのに会話が成立しないことがこんなにも恐ろしいだなんて、想像したこともなかった。考え方が合わない人間はこれまでにもたくさん居たけれど、彼らなりの主張は賛同できずとも一応理解できていたのに。
「と、とりあえず、そこをどいてくれませんか。話がしたいというのは分かりました、だから―――――むぐっ⁉」
必死に宥めようと語りかけたが、男に乱暴に口をふさがれて声が出せなくなる。狼狽える朝哉を眺めた男は、にたりと気味の悪い笑みを浮かべたかと思うと、あろうことかシャツの裾をめくりあげ、腹部から胸部へ手を這わせ始めた。
冷ややかな指先が震えながら直接肌をなぞりあげる不快感に、ぞわりと全身の皮膚が粟立つ。
――いやだ、こんなの、本当に気持ち悪い……!
恐怖が嫌悪感に塗り替えられていく。今の今まで現実味がなかったが、この男に並々ならぬ好意を、いや愛憎を向けられているという事実をまざまざと突き付けられている。
「はは、いいよ、俺が戻してあげるよ、あの男に騙される前の朝哉くんに……!」
「んぐ、むぅっ、ちがっ、だから、何も、んんん!」
「いいだろ、減るもんじゃないしさ! 何回ヤった? どれぐらい? どういうとこ触られるのが好き? へへ、どうせ開発済みなんだろ? そのまま突っ込んでもいいよなあ?」
胸元まで忍び込んだ指先が、柔らかいままの突起をぎゅっときつくつまみあげる。想定外の痛みに呻くと、何を勘違いしたのか男の表情が好色に歪んだ。
「ここも弄ってもらったわけか? ああ、そう! とんでもない淫売だったんだなお前! ほら、ほら、いいのかこれが!」
あまりの痛みに顔をしかめる。こんな触られ方をしたら誰だって痛いに決まっているのに、そんなことも分からないのだろうか。
勝手に何かを誤解しているようだが、冗談じゃない、仙崎が必要以上にこの身体に触れたことなんてただの一度もない。抱き寄せてくれたのも、手を引いてくれたのも、全部朝哉を思っての行為だった。けして自分の好意を押し付けようとしたわけではなかったし、振り向かない相手を屈服させて憂さ晴らしをしようとしたのでもない。
お前とは違うのだと、必死に上半身をよじって抵抗するが男の体はびくともしない。睨みつけてみたものの、むしろ男の加虐心を煽ったようで下卑た笑いが口から漏れる。
「んーーっ、ぐ、んん、むうっ!」
男のジーンズの前が不格好に膨れ上がっていた。口にハンドタオルを詰め込まれ呻く朝哉の視界で、男が自身のベルトに手をかけ、前をくつろげる。これから一体何をしようというのか、想像をめぐらせた朝哉の顔からさあっと血の気が引いた。
こんな時だというのに、脳裏をかすめるのは朝哉が最も敬愛し、傍にいたいと願った人――仙崎の姿だった。
朝哉を恐怖させた事件の犯人は、やはり仙崎ではなかった。どうしてあんなにやさしい人を一瞬でも疑ったりしたのだろう。これはその報いなのかもしれない。
でも、こんな頭のおかしい男に自分の体を好き勝手させるだなんて絶対に嫌だった。
――ごめんなさい仙崎さん、俺が弱くて不甲斐ないせいであなたを信じ続けられなくて。
来るはずもない想い人の顔を思い浮かべながら、自分の迂闊さを呪い、必死に全身をばたつかせる。もう、以前のように容易く希望を捨てたり、投げやりになったりしないと決めたのだから。
男の手がいやらしい手つきで朝哉のパンツへと伸ばされる。
最悪の事態を覚悟したそのとき、内階段を駆け上がってくる荒々しい足音が響き渡った。
――まさか仲間がいる? どうすれば……!
「朝哉! 朝哉くん、どこだ! 無事か⁉」
辺りに反響したのは、夢にまで描いた男の、仙崎の声。
「朝……っ、あんた、そこで何してる?」
じわりと、胸に安堵が広がり目頭が熱をはらむ。
「はあ? なん、なんでここが……」
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