拾ってくれたスパダリ(?)が優しすぎて怖い

澪尽

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  微睡みの中、淹れたての香ばしいコーヒーの香りと、パンの焼ける匂いが鼻をくすぐった。包丁を使う小気味いい音に混じって、天気予報を告げるアナウンサーの声がごく小さく聞こえている。

 ふいに、呆れたように笑う茉穂の顔が脳裏を過った。

 ――あ、まずい、朝食作らなきゃ!

 朝哉はものすごい跳ね起きると、飛び込んできた見慣れない部屋の景色に唖然とした。
 少しずつ頭が覚醒して、現状を思い出してくる。そうだ、昨日は仙崎の家に泊めてもらったのだった。

「おはよう、よく眠れたみたいだね」
「あ……おはようございます、すみません、熟睡して……」
「良いことじゃないか。つついても起きないのは流石にし――――いや、なんでもない」
「?」

 キッチンから現れた仙崎の手で、テーブルに朝食が並べられていく。香りのいいコーヒーに、トマトとツナのサンドイッチ、目玉焼きが一つずつ。他人の手料理は久しぶりで、小さく腹が鳴ったような気がした。

 仙崎に促されるまま洗面所で顔を洗い、朝のニュースを見ながらぽつぽつと話しながら朝食をとった。穏やかに流れる時間が心地よくて、夢の中をふわふわ漂っているような感覚のまま時間は過ぎていった。
駅前へ向かうバスの到着が迫っていた。この便に乗らなければ、二限目の講義に間に合わない。昨日の緊張はどこへ行ったのか、不思議な名残惜しささえ覚えながら、朝哉は玄関の三和土で仙崎に頭を下げた。

「本当にありがとうございました、朝食までごちそうになっちゃって」

 仙崎はゆっくりと首を横に振って、別れを惜しむように眉を八の字にしている。

「一人分も二人分も変わんないから気にしないで。それと、良かったらこれ」
「え?」

 小さなトートバッグを手渡され、朝哉は首を傾げた。「今日のお昼にでも食べてね」とこともなげに言われて中を覗けば、それがシンプルなランチボックスであると気づくのはそう難しくなかった。

「えっ、そんな、ここまでしてもらうわけには……」
「それもついでだから。ほら、バスが来るよ、近頃二分ぐらい早く着いてたりするから急いで」
「! うわあ、もう何から何まで……ありがとうございます。大事にいただきますので!」
「…………かわいいな」
「へ?」
「っ……いや、あー、行ってらっしゃい」

 途端に仙崎は視線をさまよわせ、慌てたようにドアを開け放った。

 ――今、何かとんでもないこと言われなかった?

 不自然に口角が持ち上がりそうになるのをこらえて、小声で「行ってきます」と返す。
 小走りにエレベーターを目指しながら、何度か仙崎の姿を振り返ってしまった。
 温かな美味しい食事に、ゆったりと時間の流れる朝。
 たまには甘やかされるのも、甘えるのも、こんな日も悪くない。トートバッグを胸に抱えた朝哉の一日の始まりは、いつになく晴れやかだった。
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