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@1日目
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いつものように、いつもと同じ場所、同じくらいの時間帯。
初夏の日差しが程よく落ち着いてきた頃合いの公園のベンチで、少年はいつも通りの日課をこなしていた。
最近流行りのオンラインゲームーーそんな小さな世界の中で、少年は自由に動き回る。
ある日は草原を、ある日は廃墟の中を、決まったコミュニティには入らずに、自由に駆け回る。
今は専ら、イベントで最強の装備を作成するため、ドラゴンの住処に張り込み続けている。
低確率でドロップするアイテムを集める只の単純作業だが、これが中々面白い。
尤も、何が面白いのかと言われれば、面白いとしか説明の仕様がない。
「やった! あと一個……」
あともう一つドロップすれば、念願の最強装備が手に入る。
少年の肩にも、自然と力が入る。
もう一度、ドラゴンに戦いを挑む。
今までで習得したスキルと、培ってきたタイミング……視覚と聴覚の全てを、その画面に集中させる。
だから気づけなかった。
「そりゃあ、面白いのかい?」
隣に迫ってくる人の気配に。
「……えっ……?」
突然降り掛かる嗄れた声に、不覚にも画面から目が離れる。
その隙に、少年の分身は呆気なくドラゴンに倒されていた。
「……」
少年が声のした方を向くと、しわくちゃで腰の曲がった老婆が杖をついて立っている。
これ位の年の頃にもなると、年齢の目見当も付けにくい。
「おや、鳩に豆鉄砲喰らったような間抜け面だねえ。」
見た目に反して、存外元気そうな老婆はそう言うと、クツクツ嗤う。
少年にとってはいけ好かない態度、しかしながら言い返すこともせず、少年はずっと老婆を見詰める。
「何だい? 何か文句でもあるのかい?」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう聞いてくる老婆に、不快感を感じながらも、やはり少年は何も言わない。
「いいえ……別に、何もないです。」
少年は事務的に、礼儀正しくそう言うと、またスマホの画面に視線を戻す。
「ふうん……」
老婆も、それ以上は何も聞かない。
老婆への関心を無くした少年はまた、先ほどのドラゴンに勝負を挑む。
今日の少年の目標はただ一つ、早急にイベント装備を完成させることなのだ。
そうすれば、明日からはこのドラゴンに挑む必要はない。
ここ最近、装備を手に入れるため、同じダンジョンでドラゴンを倒し続けてきた少年の元には、『飽き』という最も恐ろしい刺客が襲いかかってきているのだ。
早く、この周回地獄から解放されたいーーその一心で、少年は身体中の全神経をスマホの画面に集中させる。
額に汗粒を浮かべながらドラゴンに強襲を仕掛けると、相手の体力もほぼほぼ削れてきた。
現在、少年の分身とドラゴンの体力の残量に、殆ど差は無い。
互いに虫の息、そんな状態だ。
「よし、これで……」
あと一撃で勝負がつく、そんなタイミング……
後もう少しで、この周回から解放されるーーそう思ったとき……
「どっこらせっ……」
「っなっ……」
少年の集中力は、一気に声のする方に持っていかれる。
その瞬間、少年の分身は、またもドラゴンに倒された。
元凶の方向を見た少年の目には、先ほど話し掛けてきた老婆が汗を拭いながらベンチに座っている姿が映る。
老婆の興味が少年に向いているのか、それともただそこにベンチがあったから座っただけなのかは、老婆のみぞ知る心情だ。
しかし、そこにベンチが有ったからと言う理由だけでそこに座ったと言うには、少年との距離があまりにも近すぎる。
「なんだい?」
少年が訝しげな表情で老婆の方を見ていると、老婆は不思議そうに首を傾げる。
「あたしゃ年寄りなんだよ。最近の若いモンは、こんな婆さんがベンチに腰掛けるのにも文句言うのかい?」
明らかな顰めっ面をしながら言い寄ってくる老婆に、少年は反駁などしない。
「いえ、特には……」
特に不快な表情を作るわけでもなく、不満を露わにするわけでもなく、少年はそう言うと、手元にあるスマホの画面を確認する。
時刻は18時55分。
中学生が出歩いて良い時間はとうに過ぎている。
少年は席を立つ。
「おや、どうしたんだい?」
老婆は少年の動作を目で追うと、眉間に皺を寄せ、肩を竦めながら少年に疑問を投げかける。
私が座ったから立ったのかーーとでも言いたげだ。
「時間が時間なのでそろそろ帰らないと。」
夏は日が長いとはいえ、辺りは薄闇に呑まれている。
少年は振り向いて老婆の問いかけに答えると、そのままベンチを後にする。
「そうかい。」
老婆もそれ以上の言葉を噤む。
「どっこらせっ」
座る時と同じような掛け声を発しながらベンチを立つと、老婆は、少年の帰宅方向とは真逆の方向に杖をつきながら足を進める。
どうやら、少年が帰る方向と老婆が帰る方向は全くの逆方向らしい。
別れの挨拶もなく、互いに背を向けて公園を後にする。
どっぷりと闇に浸かる前の公園には、これから明かりが点り始める。
初夏の日差しが程よく落ち着いてきた頃合いの公園のベンチで、少年はいつも通りの日課をこなしていた。
最近流行りのオンラインゲームーーそんな小さな世界の中で、少年は自由に動き回る。
ある日は草原を、ある日は廃墟の中を、決まったコミュニティには入らずに、自由に駆け回る。
今は専ら、イベントで最強の装備を作成するため、ドラゴンの住処に張り込み続けている。
低確率でドロップするアイテムを集める只の単純作業だが、これが中々面白い。
尤も、何が面白いのかと言われれば、面白いとしか説明の仕様がない。
「やった! あと一個……」
あともう一つドロップすれば、念願の最強装備が手に入る。
少年の肩にも、自然と力が入る。
もう一度、ドラゴンに戦いを挑む。
今までで習得したスキルと、培ってきたタイミング……視覚と聴覚の全てを、その画面に集中させる。
だから気づけなかった。
「そりゃあ、面白いのかい?」
隣に迫ってくる人の気配に。
「……えっ……?」
突然降り掛かる嗄れた声に、不覚にも画面から目が離れる。
その隙に、少年の分身は呆気なくドラゴンに倒されていた。
「……」
少年が声のした方を向くと、しわくちゃで腰の曲がった老婆が杖をついて立っている。
これ位の年の頃にもなると、年齢の目見当も付けにくい。
「おや、鳩に豆鉄砲喰らったような間抜け面だねえ。」
見た目に反して、存外元気そうな老婆はそう言うと、クツクツ嗤う。
少年にとってはいけ好かない態度、しかしながら言い返すこともせず、少年はずっと老婆を見詰める。
「何だい? 何か文句でもあるのかい?」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう聞いてくる老婆に、不快感を感じながらも、やはり少年は何も言わない。
「いいえ……別に、何もないです。」
少年は事務的に、礼儀正しくそう言うと、またスマホの画面に視線を戻す。
「ふうん……」
老婆も、それ以上は何も聞かない。
老婆への関心を無くした少年はまた、先ほどのドラゴンに勝負を挑む。
今日の少年の目標はただ一つ、早急にイベント装備を完成させることなのだ。
そうすれば、明日からはこのドラゴンに挑む必要はない。
ここ最近、装備を手に入れるため、同じダンジョンでドラゴンを倒し続けてきた少年の元には、『飽き』という最も恐ろしい刺客が襲いかかってきているのだ。
早く、この周回地獄から解放されたいーーその一心で、少年は身体中の全神経をスマホの画面に集中させる。
額に汗粒を浮かべながらドラゴンに強襲を仕掛けると、相手の体力もほぼほぼ削れてきた。
現在、少年の分身とドラゴンの体力の残量に、殆ど差は無い。
互いに虫の息、そんな状態だ。
「よし、これで……」
あと一撃で勝負がつく、そんなタイミング……
後もう少しで、この周回から解放されるーーそう思ったとき……
「どっこらせっ……」
「っなっ……」
少年の集中力は、一気に声のする方に持っていかれる。
その瞬間、少年の分身は、またもドラゴンに倒された。
元凶の方向を見た少年の目には、先ほど話し掛けてきた老婆が汗を拭いながらベンチに座っている姿が映る。
老婆の興味が少年に向いているのか、それともただそこにベンチがあったから座っただけなのかは、老婆のみぞ知る心情だ。
しかし、そこにベンチが有ったからと言う理由だけでそこに座ったと言うには、少年との距離があまりにも近すぎる。
「なんだい?」
少年が訝しげな表情で老婆の方を見ていると、老婆は不思議そうに首を傾げる。
「あたしゃ年寄りなんだよ。最近の若いモンは、こんな婆さんがベンチに腰掛けるのにも文句言うのかい?」
明らかな顰めっ面をしながら言い寄ってくる老婆に、少年は反駁などしない。
「いえ、特には……」
特に不快な表情を作るわけでもなく、不満を露わにするわけでもなく、少年はそう言うと、手元にあるスマホの画面を確認する。
時刻は18時55分。
中学生が出歩いて良い時間はとうに過ぎている。
少年は席を立つ。
「おや、どうしたんだい?」
老婆は少年の動作を目で追うと、眉間に皺を寄せ、肩を竦めながら少年に疑問を投げかける。
私が座ったから立ったのかーーとでも言いたげだ。
「時間が時間なのでそろそろ帰らないと。」
夏は日が長いとはいえ、辺りは薄闇に呑まれている。
少年は振り向いて老婆の問いかけに答えると、そのままベンチを後にする。
「そうかい。」
老婆もそれ以上の言葉を噤む。
「どっこらせっ」
座る時と同じような掛け声を発しながらベンチを立つと、老婆は、少年の帰宅方向とは真逆の方向に杖をつきながら足を進める。
どうやら、少年が帰る方向と老婆が帰る方向は全くの逆方向らしい。
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