6 / 25
第1章 遭遇
4
しおりを挟む
生温く湿った風が、酔いを醒ませと言わんばかりに吹き付ける。月はすっかり厚い雲の向こう側。電灯も満足にない闇夜を、酒の入った三人は歩いてゆく。
「お前なあ、酒飲みすぎよ!」
「いやあ、悪い悪い。」
少しずつ酔いが醒めているのか、でたらめだった広中と佐藤の会話に、ようやく脈絡が生まれ始める。
「いやあ、横溝、悪かったな。」
広中は、振り向いて顔の前で両手を合わせる。
「どうせ同じ方向だ。気にするな。」
事務的に返す秀人に前を歩く二人組は頭を掻く。
ふいに、歩みを進めていた佐藤の足が、ぴたりと止まる。
「そういえばさあ、お前……」
「何だよ……」
心なしか鼻の下が伸びている。秀人は眉を寄せる。
「理学部の岡琉依ちゃんとよく一緒にいるよな?」
佐藤の語気に、下心が混ざる。
「オカルト研究会だっけ? 部活、入ったんだよなあ……ふへへっ部活」
やはり酔いの醒めていない広中は、やはりどこかおかしい。
「あのコ、可愛いよなあ……」
「……」
思いもしない佐藤の投げ掛けに、秀人は固まる。全く考えたこともなかったのだ。佐藤の顔はだらしなく緩む。
「……ひっ……オカルトといえばさあ……」
呂律が回るか回らないか……そんな具合で、広中はふと、考える。
「この辺にある廃墟の話、知らねえ? ふへへ」
「ああ、知ってる知ってる!」
いまいち締まらない広中の様子に、佐藤は楽しそうに相槌を打つ。青ざめた秀人の顔に、酔いの醒めない二人は気付かない。
「確かあれだろ……? 一家心中とか……」
佐藤は締まりのない顔で記憶を辿っているようだ。
「その後さあ、立入検査しようとか、取り壊そうとか、色々あったらしいのよ……」
広中が、無駄に大きい声で続ける。秀人は、粟立つ肌を抱くことしかできない。
「行方不明とか、死んじゃったりとか……」
大袈裟に低い声を出す広中に、
「……なんか面白そうじゃねえ?」
興味を持ってしまった佐藤。
「……それは……」
酒のせいではない、回らない頭で、懸命に言葉を探す。二人を止めるためのーー
「だよな! へへっ……行ってみようぜ!」
「絶対にダメだ。」
調子づく広中を、秀人は牽制する。しかし、
「ははっ大丈夫大丈夫、三人いれば怖くないってね!」
「ダメ……」
酔っぱらいの勢いに、どうしても圧されてしまう。
「お前……何か知ってんの?」
顔色の優れない秀人を、佐藤は訝しげに覗き込む。
「それは……」
言い淀む秀人の脳裏に、昔の記憶が蘇る。
『今まで構ってあげられなくてごめんね……』
思い出すのは、母の泣き顔ーー
「……いや……」
口を噤む秀人の表情は、闇に紛れてしまい窺い知ることができない。
「おっしゃ決まり! 男は度胸ってな!」
広中は大口を開けて笑う。
「おう!」
それに、意気揚々と佐藤も続く。二人とも、やはり酒臭い。
「……」
逃げ出したい気持ちを押さえ、秀人も二人に着いて行く。どうか、何も起こらないようにーー
無駄な祈りを抱きながら。
目の前に現れたのは、古びた和風建築。庭は荒れ果て、窓ガラスはところどころ割れている。
「うっひゃー、これは酷いな!」
言葉尻とは裏腹に、広中の声は弾んでいる。
「人住めねえって!」
佐藤もそれを煽り立てる。非日常的なこの瞬間を楽しんでいるようだ。
「あははっ! お前何言ってんだよ……元々廃墟だっつってんじゃん!」
箸が転げるだけで笑いだしそうな広中は、佐藤に肩を寄せる。
「ははっ……そうだな!」
佐藤もそれに釣られる。ただの酔っぱらいの戯れ言、馬鹿な大学生のお遊びだ。
「……」
半袖から露出した二の腕を抱く秀人の腕に、うっすらと血が滲む。
「あはは……」
ここは何かが違う。流石の酔っ払い二人組も、酔いが醒めただろうか……秀人はちらりと二人の様子を窺う。心なしか、青ざめている気がしなくもなかった。
「……廃墟は何が落ちてくるか分からないとも言うし……止めておかないか……?」
秀人は二人に投げ掛ける。脂汗が止まらない。
「あ……」
酔いが少し醒めたらしく、広中が言葉を発するのを遮って、
「え、何言ってんだよ……ここまで来たら入るだろ、な、広中」
佐藤は広中の肩を抱く。
「……そ……」
一瞬だけ、広中の表情に迷いが出る。
「ははっ……そうだよな……」
秀人の希望も空しく、広中は強がってしまう。
「横溝は……帰っててもいいぜ? 無理に付き合わせるのも悪いし。」
ーーそうだな、そうさせてもらう。
喉の奥につっかえて、その言葉が出てこない。
『送り届けておきます。』
呪縛のように、自分の声が脳内で反響する。
「……俺も行くよ。」
震える秀人の声に、
「そうこなくっちゃな!」
佐藤はニカッと清々しい笑顔を向けた。
「お前なあ、酒飲みすぎよ!」
「いやあ、悪い悪い。」
少しずつ酔いが醒めているのか、でたらめだった広中と佐藤の会話に、ようやく脈絡が生まれ始める。
「いやあ、横溝、悪かったな。」
広中は、振り向いて顔の前で両手を合わせる。
「どうせ同じ方向だ。気にするな。」
事務的に返す秀人に前を歩く二人組は頭を掻く。
ふいに、歩みを進めていた佐藤の足が、ぴたりと止まる。
「そういえばさあ、お前……」
「何だよ……」
心なしか鼻の下が伸びている。秀人は眉を寄せる。
「理学部の岡琉依ちゃんとよく一緒にいるよな?」
佐藤の語気に、下心が混ざる。
「オカルト研究会だっけ? 部活、入ったんだよなあ……ふへへっ部活」
やはり酔いの醒めていない広中は、やはりどこかおかしい。
「あのコ、可愛いよなあ……」
「……」
思いもしない佐藤の投げ掛けに、秀人は固まる。全く考えたこともなかったのだ。佐藤の顔はだらしなく緩む。
「……ひっ……オカルトといえばさあ……」
呂律が回るか回らないか……そんな具合で、広中はふと、考える。
「この辺にある廃墟の話、知らねえ? ふへへ」
「ああ、知ってる知ってる!」
いまいち締まらない広中の様子に、佐藤は楽しそうに相槌を打つ。青ざめた秀人の顔に、酔いの醒めない二人は気付かない。
「確かあれだろ……? 一家心中とか……」
佐藤は締まりのない顔で記憶を辿っているようだ。
「その後さあ、立入検査しようとか、取り壊そうとか、色々あったらしいのよ……」
広中が、無駄に大きい声で続ける。秀人は、粟立つ肌を抱くことしかできない。
「行方不明とか、死んじゃったりとか……」
大袈裟に低い声を出す広中に、
「……なんか面白そうじゃねえ?」
興味を持ってしまった佐藤。
「……それは……」
酒のせいではない、回らない頭で、懸命に言葉を探す。二人を止めるためのーー
「だよな! へへっ……行ってみようぜ!」
「絶対にダメだ。」
調子づく広中を、秀人は牽制する。しかし、
「ははっ大丈夫大丈夫、三人いれば怖くないってね!」
「ダメ……」
酔っぱらいの勢いに、どうしても圧されてしまう。
「お前……何か知ってんの?」
顔色の優れない秀人を、佐藤は訝しげに覗き込む。
「それは……」
言い淀む秀人の脳裏に、昔の記憶が蘇る。
『今まで構ってあげられなくてごめんね……』
思い出すのは、母の泣き顔ーー
「……いや……」
口を噤む秀人の表情は、闇に紛れてしまい窺い知ることができない。
「おっしゃ決まり! 男は度胸ってな!」
広中は大口を開けて笑う。
「おう!」
それに、意気揚々と佐藤も続く。二人とも、やはり酒臭い。
「……」
逃げ出したい気持ちを押さえ、秀人も二人に着いて行く。どうか、何も起こらないようにーー
無駄な祈りを抱きながら。
目の前に現れたのは、古びた和風建築。庭は荒れ果て、窓ガラスはところどころ割れている。
「うっひゃー、これは酷いな!」
言葉尻とは裏腹に、広中の声は弾んでいる。
「人住めねえって!」
佐藤もそれを煽り立てる。非日常的なこの瞬間を楽しんでいるようだ。
「あははっ! お前何言ってんだよ……元々廃墟だっつってんじゃん!」
箸が転げるだけで笑いだしそうな広中は、佐藤に肩を寄せる。
「ははっ……そうだな!」
佐藤もそれに釣られる。ただの酔っぱらいの戯れ言、馬鹿な大学生のお遊びだ。
「……」
半袖から露出した二の腕を抱く秀人の腕に、うっすらと血が滲む。
「あはは……」
ここは何かが違う。流石の酔っ払い二人組も、酔いが醒めただろうか……秀人はちらりと二人の様子を窺う。心なしか、青ざめている気がしなくもなかった。
「……廃墟は何が落ちてくるか分からないとも言うし……止めておかないか……?」
秀人は二人に投げ掛ける。脂汗が止まらない。
「あ……」
酔いが少し醒めたらしく、広中が言葉を発するのを遮って、
「え、何言ってんだよ……ここまで来たら入るだろ、な、広中」
佐藤は広中の肩を抱く。
「……そ……」
一瞬だけ、広中の表情に迷いが出る。
「ははっ……そうだよな……」
秀人の希望も空しく、広中は強がってしまう。
「横溝は……帰っててもいいぜ? 無理に付き合わせるのも悪いし。」
ーーそうだな、そうさせてもらう。
喉の奥につっかえて、その言葉が出てこない。
『送り届けておきます。』
呪縛のように、自分の声が脳内で反響する。
「……俺も行くよ。」
震える秀人の声に、
「そうこなくっちゃな!」
佐藤はニカッと清々しい笑顔を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
ワケあり公子は諦めない
豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。
この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。
大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!?
妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。
そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!!
※なろう、カクヨムでも掲載しております。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる