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第1章 遭遇
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立ち入った家の中には、カビの臭いが充満している。
「いやあ、流石に雰囲気あるなあ……」
広中は頬を掻く。見渡す限り、闇、闇、闇ーー
各々がスマホのライトを駆使して、何とか視界が拓ける。
「うわっ……なんだよ、人形じゃん……」
佐藤は足元を見ると、軽く蹴るような動きを見せる。埃を被った生活感が、生々しく鼻腔に貼り付く。
「な……なんかさ、涼しいな!」
先程までの酔いはどこへやら、はぐらかすような広中の声は、少し震えている。
「……なんか、ヤバくね?」
威勢の良かった佐藤も、今やその勢いを失っている。
「……」
秀人の思考は完全に停止している。犇めく気配の中で、身動きが取れなくなっていた。
「……今からでも……」
ようやく絞り出した震える声も、先を行く二人に届かない。
ーー今からでも引き返さないか?
言い出しっぺの広中も、強引に進んできた佐藤も、ここまで来るとその一言が言い出せない。
「あ、待てよ!」
目の前を歩いていた佐藤の背中が、少し小さくなっていた。広中の背中は更に小さい。段々と、二人は小走りになってゆく。
「おい、いい加減に……!」
止めどない脂汗を流しながら、秀人は声を張り上げる。しかし、気付いた時にはもう、二人は階段に足を掛けてしまっていた。
ーー早く止めないと……
後戻りが、出来なくなる。
「おい、出ていくぞ!」
憔悴しきった秀人の声も空しく、前の二人は吸い込まれるように二階の廊下を進んで行く。
「……っ!」
二人の背中を探すと、何か暖かいものが足に触れた。
「あ……ああ……」
ライトに、見開く目から涙を流す広中の姿が浮かび上がる。どうやら、腰を抜かしてしまったらしい。
「……ひ……」
隣には、小刻みに震え続ける佐藤。声にならない悲鳴が、悲痛に響く。
「なっ……来るなくるなクルナ……」
譫言のように唱える広中の目が映すのは、虚ろな暗闇の色だけ。
「……っお前ら!」
怒鳴るように呼び掛ける秀人に目もくれず、二人組は立ち上がると、すぐさま玄関を目指して走る。激しく軋む床は、今にも落ちてしまいそう。
「おい!」
異様なほどに俊敏な二人の向かった方向に、秀人も振り向く。この先に、
ーー何か、いる。
感じる気配。心臓が、早鐘を打つ。
ーー知らない知らない知らない知らないーー
自分に暗示をかける様に、必死に頭の中で何度も唱える。見てはいけない姿、聞いてはいけない声、感じてはいけない気配ーーその全てを振り切るように、全力で、秀人も走る。
廃墟から出ると、他の二人は地面にへたり込んでいた。その身体は、未だに震え続けている。
「……」
誰も、そこから動けないし、喋れない。闇夜の下の、不気味な沈黙。
「……」
秀人の鼓動は、跳ね上がっている。間違いなく、そこにナニかが『い』る。
「……今日はもう、帰ろうぜ……」
完全に、酔いどころではなくなってしまったらしい広中の言葉に、佐藤と秀人は無言で頷く。
「……振り向かずに帰ろう。」
秀人の言葉は力ない。今度は、広中と佐藤が頷いた。
生温い風が、三人の身体を舐め回す。そこに月の光は無い。各々が同じ方角にある自宅を目指し、やがて広中が、佐藤が、それぞれの場所に向かう。それでも絶えぬ気配に苛まれながら、秀人は一歩、また一歩と、進まぬ足を必死に動かすことだけを考える。
ーー風の音、壁のシミ、あれはただの木目……
そして、家に帰り着いた時、
「おにいちゃん、こんばんは」
これは、きっと風の音だ
終わりの気配が、じっとりと汗ばんだ秀人の身体を包み込む。
とある金曜日の夜のことだった。
「いやあ、流石に雰囲気あるなあ……」
広中は頬を掻く。見渡す限り、闇、闇、闇ーー
各々がスマホのライトを駆使して、何とか視界が拓ける。
「うわっ……なんだよ、人形じゃん……」
佐藤は足元を見ると、軽く蹴るような動きを見せる。埃を被った生活感が、生々しく鼻腔に貼り付く。
「な……なんかさ、涼しいな!」
先程までの酔いはどこへやら、はぐらかすような広中の声は、少し震えている。
「……なんか、ヤバくね?」
威勢の良かった佐藤も、今やその勢いを失っている。
「……」
秀人の思考は完全に停止している。犇めく気配の中で、身動きが取れなくなっていた。
「……今からでも……」
ようやく絞り出した震える声も、先を行く二人に届かない。
ーー今からでも引き返さないか?
言い出しっぺの広中も、強引に進んできた佐藤も、ここまで来るとその一言が言い出せない。
「あ、待てよ!」
目の前を歩いていた佐藤の背中が、少し小さくなっていた。広中の背中は更に小さい。段々と、二人は小走りになってゆく。
「おい、いい加減に……!」
止めどない脂汗を流しながら、秀人は声を張り上げる。しかし、気付いた時にはもう、二人は階段に足を掛けてしまっていた。
ーー早く止めないと……
後戻りが、出来なくなる。
「おい、出ていくぞ!」
憔悴しきった秀人の声も空しく、前の二人は吸い込まれるように二階の廊下を進んで行く。
「……っ!」
二人の背中を探すと、何か暖かいものが足に触れた。
「あ……ああ……」
ライトに、見開く目から涙を流す広中の姿が浮かび上がる。どうやら、腰を抜かしてしまったらしい。
「……ひ……」
隣には、小刻みに震え続ける佐藤。声にならない悲鳴が、悲痛に響く。
「なっ……来るなくるなクルナ……」
譫言のように唱える広中の目が映すのは、虚ろな暗闇の色だけ。
「……っお前ら!」
怒鳴るように呼び掛ける秀人に目もくれず、二人組は立ち上がると、すぐさま玄関を目指して走る。激しく軋む床は、今にも落ちてしまいそう。
「おい!」
異様なほどに俊敏な二人の向かった方向に、秀人も振り向く。この先に、
ーー何か、いる。
感じる気配。心臓が、早鐘を打つ。
ーー知らない知らない知らない知らないーー
自分に暗示をかける様に、必死に頭の中で何度も唱える。見てはいけない姿、聞いてはいけない声、感じてはいけない気配ーーその全てを振り切るように、全力で、秀人も走る。
廃墟から出ると、他の二人は地面にへたり込んでいた。その身体は、未だに震え続けている。
「……」
誰も、そこから動けないし、喋れない。闇夜の下の、不気味な沈黙。
「……」
秀人の鼓動は、跳ね上がっている。間違いなく、そこにナニかが『い』る。
「……今日はもう、帰ろうぜ……」
完全に、酔いどころではなくなってしまったらしい広中の言葉に、佐藤と秀人は無言で頷く。
「……振り向かずに帰ろう。」
秀人の言葉は力ない。今度は、広中と佐藤が頷いた。
生温い風が、三人の身体を舐め回す。そこに月の光は無い。各々が同じ方角にある自宅を目指し、やがて広中が、佐藤が、それぞれの場所に向かう。それでも絶えぬ気配に苛まれながら、秀人は一歩、また一歩と、進まぬ足を必死に動かすことだけを考える。
ーー風の音、壁のシミ、あれはただの木目……
そして、家に帰り着いた時、
「おにいちゃん、こんばんは」
これは、きっと風の音だ
終わりの気配が、じっとりと汗ばんだ秀人の身体を包み込む。
とある金曜日の夜のことだった。
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