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第2章 侵食
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昼食もそこそこに、周と琉依はこれからのことを考えている。丁度昼食時、賑わう学食を気にする余裕は、今の二人にはない。
「待ちなさい。」
何とか、秀人宅の場所を調べようとする二人を、携帯越しの切迫した声が制止する。
「うお、急に喋るの止めてよ!」
周は思わず、携帯に向かって叫ぶ。この系統の話をしている時、急に携帯電話越しに話し掛けられるのは、流石に怖い。
「……どうしたんですか?」
琉依は、泣き腫らした目を携帯電話に向ける。何件も問い合わせたのだろう手持ちのスマホでは、メッセージアプリの通知音が引っ切り無しに鳴り響く。
「いいから、あいつに会うのはもう止めなさい。」
無慈悲な通告に、琉依の瞳が揺れる。
「どういうことだよ」
自然と、周の声は低くなる。流石に、頭ごなしに否定されたとなっては、到底納得できないのだ。
「ダメなものはダメ。」
携帯電話越しの声、そこから感情は読み取れない。ただ、その言葉は、重い。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
琉依の言葉には不信感も怒りも感じない。ただ、そこには不安と焦燥が滲んでいる。まだ、その瞳は潤んでいた。
「……あんたらにはもう、どうしようもない。」
そこにあるのは、無力感、諦観、悲哀ーー電話越しの声にも、感情の乱れを感じとれる。
「……秀人のことだから……」
現実から目を背けるように、周は目を泳がせる。けれど、その後に続くはずの『大丈夫だよ』ーーこの、気休めの言葉が、どうしても喉の奥に詰まってしまう。
「……メリーさん、心配してくれてるんですか?」
「……」
琉依の問い掛けに、電話越しの相手は沈黙を返す。
「きっと、心配してくれてるんですよね……」
相変わらず潤んでいる琉依の目は、真っ直ぐ携帯電話の画面を見つめる。周は、その間ずっと俯く。きっと、自分には何もできないーーえも言えぬ恐怖に、思わず身震いする。
「でも、ごめんなさい。」
琉依は目を伏せる。周は、この先の言葉を、ただ聞きたくなかった。けれど、
「私、わがままだから。」
予想外の琉依の言葉に、思わず周はその主を見る。真っ赤に腫らした目で、彼女は微笑んでいる。
「……お友達のこと、何も知らなくて」
周は、その『お友達』の顔を、思い出す。仏頂面で、堅物で、
「……正直、どう思われてるのかは分かんないけど……」
頭が良すぎて、何を考えているのか分からない、けれど
「じゃあ、あんな奴放っておけば良いじゃ……」
携帯電話の向こう側で、イラつくメリーさんの声が大きくなる。それでも、琉依の言葉は止まらない。
「多分、秀人くん、私たちが困ったら、全力で助けてくれるんじゃないかなって。」
多分、人一倍優しくて、情に厚い、アイツのことを。いつも一歩引いた場所で、答えを導こうと思案している秀人の影を、そこに見る。
「だから、ごめんなさい。」
琉依は、携帯電話に向かって深々と頭を下げる。端から見たら、何て滑稽な姿だろう。
「それでも、私は行きます。」
ぽつりと言い残した彼女に、メリーさんはそれ以上、何も言わなかった。
それからしばらくして、琉依はふと、自分のスマホを見る。
「……ねえ、周くんはどうする?」
すっかり涙が乾いた琉依の顔は、必死に平静を装っているように見えた。
「……」
ここで即答できない自分が情けない。本当は行かなきゃいけないのは分かっている。けれど、心がそれに、追い付かない。
「……岡さんは、おばけ、怖くないの?」
大きくなった不安が、口をついて出る。案外、間抜けなものだ。どこか他人事のように、そう思った。
「……今回は怖くないって言ったら嘘になるけど、」
少し考えてから、琉依は静かに語りだす。
「秀人君がいなくなっちゃう方が、怖いかな?」
困ったような笑顔に、周は腹を決める。最初から、天秤にかかる訳の無い物を量っていたことに、改めて気づかされる。
「……俺も行く。」
意を決したその言葉は、情けなく震えている。しかし、琉依は安心したように微笑み返した。
「お家の場所、分かったよ。」
そうして琉依が見せてきたスマホの画面には、地図アプリが表示されている。
「……ここだな。」
赤いピンを見て、周は拳を固く握った。
「待ちなさい。」
何とか、秀人宅の場所を調べようとする二人を、携帯越しの切迫した声が制止する。
「うお、急に喋るの止めてよ!」
周は思わず、携帯に向かって叫ぶ。この系統の話をしている時、急に携帯電話越しに話し掛けられるのは、流石に怖い。
「……どうしたんですか?」
琉依は、泣き腫らした目を携帯電話に向ける。何件も問い合わせたのだろう手持ちのスマホでは、メッセージアプリの通知音が引っ切り無しに鳴り響く。
「いいから、あいつに会うのはもう止めなさい。」
無慈悲な通告に、琉依の瞳が揺れる。
「どういうことだよ」
自然と、周の声は低くなる。流石に、頭ごなしに否定されたとなっては、到底納得できないのだ。
「ダメなものはダメ。」
携帯電話越しの声、そこから感情は読み取れない。ただ、その言葉は、重い。
「どうしてそんなことを言うんですか?」
琉依の言葉には不信感も怒りも感じない。ただ、そこには不安と焦燥が滲んでいる。まだ、その瞳は潤んでいた。
「……あんたらにはもう、どうしようもない。」
そこにあるのは、無力感、諦観、悲哀ーー電話越しの声にも、感情の乱れを感じとれる。
「……秀人のことだから……」
現実から目を背けるように、周は目を泳がせる。けれど、その後に続くはずの『大丈夫だよ』ーーこの、気休めの言葉が、どうしても喉の奥に詰まってしまう。
「……メリーさん、心配してくれてるんですか?」
「……」
琉依の問い掛けに、電話越しの相手は沈黙を返す。
「きっと、心配してくれてるんですよね……」
相変わらず潤んでいる琉依の目は、真っ直ぐ携帯電話の画面を見つめる。周は、その間ずっと俯く。きっと、自分には何もできないーーえも言えぬ恐怖に、思わず身震いする。
「でも、ごめんなさい。」
琉依は目を伏せる。周は、この先の言葉を、ただ聞きたくなかった。けれど、
「私、わがままだから。」
予想外の琉依の言葉に、思わず周はその主を見る。真っ赤に腫らした目で、彼女は微笑んでいる。
「……お友達のこと、何も知らなくて」
周は、その『お友達』の顔を、思い出す。仏頂面で、堅物で、
「……正直、どう思われてるのかは分かんないけど……」
頭が良すぎて、何を考えているのか分からない、けれど
「じゃあ、あんな奴放っておけば良いじゃ……」
携帯電話の向こう側で、イラつくメリーさんの声が大きくなる。それでも、琉依の言葉は止まらない。
「多分、秀人くん、私たちが困ったら、全力で助けてくれるんじゃないかなって。」
多分、人一倍優しくて、情に厚い、アイツのことを。いつも一歩引いた場所で、答えを導こうと思案している秀人の影を、そこに見る。
「だから、ごめんなさい。」
琉依は、携帯電話に向かって深々と頭を下げる。端から見たら、何て滑稽な姿だろう。
「それでも、私は行きます。」
ぽつりと言い残した彼女に、メリーさんはそれ以上、何も言わなかった。
それからしばらくして、琉依はふと、自分のスマホを見る。
「……ねえ、周くんはどうする?」
すっかり涙が乾いた琉依の顔は、必死に平静を装っているように見えた。
「……」
ここで即答できない自分が情けない。本当は行かなきゃいけないのは分かっている。けれど、心がそれに、追い付かない。
「……岡さんは、おばけ、怖くないの?」
大きくなった不安が、口をついて出る。案外、間抜けなものだ。どこか他人事のように、そう思った。
「……今回は怖くないって言ったら嘘になるけど、」
少し考えてから、琉依は静かに語りだす。
「秀人君がいなくなっちゃう方が、怖いかな?」
困ったような笑顔に、周は腹を決める。最初から、天秤にかかる訳の無い物を量っていたことに、改めて気づかされる。
「……俺も行く。」
意を決したその言葉は、情けなく震えている。しかし、琉依は安心したように微笑み返した。
「お家の場所、分かったよ。」
そうして琉依が見せてきたスマホの画面には、地図アプリが表示されている。
「……ここだな。」
赤いピンを見て、周は拳を固く握った。
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