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第2章 侵食
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今にも泣き出しそうな程に暗い空の下、がらんとした公園のベンチに、周と琉依は静かに座っていた。学生街ということもあり、講義中の今時分、人出は無いに等しい。
「……ごめんね……」
琉依の、静かな謝罪。
「……」
周は答えない。
「……嫌な思い、させちゃったよね……」
先程の会話を、頭の中で反芻する。
『……お前達と俺では、根本的に見えてる世界が違いすぎるんだよ……』
友人だと信じていた男の言葉が、頭から離れない。
「……いや」
短く返す周。今までの事を思い返す。軽口を叩きあったこともある。だらしなさを指摘されたこともある。だが、そこまで見下されているとは思わなかった。けれど、それは当たり前のことなのではないか。初めから分かっていたことじゃないかーー彼が、元々自分と同じ次元にいる人間ではないことくらい。それでも、対等じゃなくても、隣に立つことくらいはできるのだと、友人だと、そう信じていたのに。嫌な思考が、頭の中をぐるぐる廻る。
気まずい沈黙が、その場を支配する。そうしているうちに、ぽつり、ぽつりと空から水滴が降ってくる。雨だと気づくのに、大層時間がかかった。
「秀人くん、本当にあんなこと思ってたのかな……?」
ぽつり、琉依が呟く。周は、今までの事をふと思い返す。恐らく、どれも彼がいないと解決できていなかっただろう。けれど、それを一度も鼻に掛けている風はなかった。みいちゃんの時ーー初めて自分が怪異に出会った時ーー理不尽に掴みかかった事を思い出す。それでも、最後まで見放さずに、一緒に歩んでくれた。あれが嘘とは、到底思えない。
「どうしたらいいんだろう……」
「だから諦めなさいって言ったでしょ。あんな奴のこと……」
ふいに、携帯電話越しにメリーさんの声が聞こえる。その言葉は、どこか歯切れが悪い。
「もう分かったでしょ。」
溜め息混じりのメリーさんの声。突き放す語気の裏に、悲哀を感じる。
本当は、家に帰りたい。風呂に入って寝て、明日の朝起きて、学食に行って……そしたらまた、
『おはよう!』
『……早い?』
『もう昼過ぎだぞ……』
いつもの会話を……
「ねえ、本当に?」
メリーさんに向けた筈の琉依の言葉が、周の胸に深く突き刺さる。
「本当に、そう思いますか?」
琉依の言葉に返ってくるのは、雨音だけ。
「どうして、秀人くんと引き離そうとするんですか?」
訴え掛ける様な、琉依の声。雨音は勢いを増す。
「秀人くんも変だよ……」
周は、返す言葉を探す。一体自分がどうしたいのか、混乱する頭の中で必死に考える。
「やっぱり、もう一回行ってみる。……今度は私が頑張ってみる!」
思い立ったように、琉依は立ち上がる。その瞬間、
「あいつはね……」
悲しそうに、震える声が電話越しに聞こえる。無意識のうちに、次の言葉を脳が拒む。
「……もう手遅れなのよ。」
重い空気が、ベンチを支配する。足元に地面があることを、周はやっとのことで認識する。
「メリーさん、心配してくれて、ありがとう。」
雨に濡れた琉依が、静かに微笑む。周はその姿から、目を離せない。
「じゃあ……」
「でもね、今回は譲れないんです。」
メリーさんの言葉に、琉依は敢えて言葉を被せる。きっと、自分の意思を揺るがせないための、最後の手段なのだろう。寒くもないのに震えている体が、それを如実に物語っている。
「多分、今逃げちゃったら、秀人くん……」
その言葉に、周の脳裏に最悪の光景が浮かぶ。
ーー高熱で魘されて……
ーーマンションから飛び下りて……
逃げられない現実。雨は、止まない。
「……」
それに反論する声は、最早携帯越しにも聞こえなくなっていた。
「やっぱり私は行きたいな。今度こそ、ちゃんとお話しないと……私、ずっと後悔しちゃうと思うんです。」
雨の中でも輝く太陽ーーきっと彼女なりの強がりなのだろう、琉依は屈託なく笑って見せる。相変わらず、その体は小刻みに震え続けている。
逃げて逃れるものと喪うもの、どちらが重いのかは分からない。けれど、きっと後悔するーー心の中で、心同士が喧嘩する。
「俺も……俺も、もう一度話してみるよ……」
認めてしまおう。自分は、何も知らない。友達だと思っている、あいつのことを。それでも、自分の友達を、自分を今まで助け続けてくれた友達を、信じたい。きっと、今の自分はとても酷い顔をしているのだろう。それにも構わず、周も笑った。
「……ごめんね……」
琉依の、静かな謝罪。
「……」
周は答えない。
「……嫌な思い、させちゃったよね……」
先程の会話を、頭の中で反芻する。
『……お前達と俺では、根本的に見えてる世界が違いすぎるんだよ……』
友人だと信じていた男の言葉が、頭から離れない。
「……いや」
短く返す周。今までの事を思い返す。軽口を叩きあったこともある。だらしなさを指摘されたこともある。だが、そこまで見下されているとは思わなかった。けれど、それは当たり前のことなのではないか。初めから分かっていたことじゃないかーー彼が、元々自分と同じ次元にいる人間ではないことくらい。それでも、対等じゃなくても、隣に立つことくらいはできるのだと、友人だと、そう信じていたのに。嫌な思考が、頭の中をぐるぐる廻る。
気まずい沈黙が、その場を支配する。そうしているうちに、ぽつり、ぽつりと空から水滴が降ってくる。雨だと気づくのに、大層時間がかかった。
「秀人くん、本当にあんなこと思ってたのかな……?」
ぽつり、琉依が呟く。周は、今までの事をふと思い返す。恐らく、どれも彼がいないと解決できていなかっただろう。けれど、それを一度も鼻に掛けている風はなかった。みいちゃんの時ーー初めて自分が怪異に出会った時ーー理不尽に掴みかかった事を思い出す。それでも、最後まで見放さずに、一緒に歩んでくれた。あれが嘘とは、到底思えない。
「どうしたらいいんだろう……」
「だから諦めなさいって言ったでしょ。あんな奴のこと……」
ふいに、携帯電話越しにメリーさんの声が聞こえる。その言葉は、どこか歯切れが悪い。
「もう分かったでしょ。」
溜め息混じりのメリーさんの声。突き放す語気の裏に、悲哀を感じる。
本当は、家に帰りたい。風呂に入って寝て、明日の朝起きて、学食に行って……そしたらまた、
『おはよう!』
『……早い?』
『もう昼過ぎだぞ……』
いつもの会話を……
「ねえ、本当に?」
メリーさんに向けた筈の琉依の言葉が、周の胸に深く突き刺さる。
「本当に、そう思いますか?」
琉依の言葉に返ってくるのは、雨音だけ。
「どうして、秀人くんと引き離そうとするんですか?」
訴え掛ける様な、琉依の声。雨音は勢いを増す。
「秀人くんも変だよ……」
周は、返す言葉を探す。一体自分がどうしたいのか、混乱する頭の中で必死に考える。
「やっぱり、もう一回行ってみる。……今度は私が頑張ってみる!」
思い立ったように、琉依は立ち上がる。その瞬間、
「あいつはね……」
悲しそうに、震える声が電話越しに聞こえる。無意識のうちに、次の言葉を脳が拒む。
「……もう手遅れなのよ。」
重い空気が、ベンチを支配する。足元に地面があることを、周はやっとのことで認識する。
「メリーさん、心配してくれて、ありがとう。」
雨に濡れた琉依が、静かに微笑む。周はその姿から、目を離せない。
「じゃあ……」
「でもね、今回は譲れないんです。」
メリーさんの言葉に、琉依は敢えて言葉を被せる。きっと、自分の意思を揺るがせないための、最後の手段なのだろう。寒くもないのに震えている体が、それを如実に物語っている。
「多分、今逃げちゃったら、秀人くん……」
その言葉に、周の脳裏に最悪の光景が浮かぶ。
ーー高熱で魘されて……
ーーマンションから飛び下りて……
逃げられない現実。雨は、止まない。
「……」
それに反論する声は、最早携帯越しにも聞こえなくなっていた。
「やっぱり私は行きたいな。今度こそ、ちゃんとお話しないと……私、ずっと後悔しちゃうと思うんです。」
雨の中でも輝く太陽ーーきっと彼女なりの強がりなのだろう、琉依は屈託なく笑って見せる。相変わらず、その体は小刻みに震え続けている。
逃げて逃れるものと喪うもの、どちらが重いのかは分からない。けれど、きっと後悔するーー心の中で、心同士が喧嘩する。
「俺も……俺も、もう一度話してみるよ……」
認めてしまおう。自分は、何も知らない。友達だと思っている、あいつのことを。それでも、自分の友達を、自分を今まで助け続けてくれた友達を、信じたい。きっと、今の自分はとても酷い顔をしているのだろう。それにも構わず、周も笑った。
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