理解されないモノたちへ~オカルト研究会④

釜借 イサキ

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第2章 侵食

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 公園からの道のりは、やけに長い。雨は弱まっているが、相変わらず琉依と周に止めどなく打ち付ける。二人の間に、言葉はない。
「ねえ、周くん」
前を歩く琉依が、不意に立ち止まる。
「あのね、私、思うんだ……」
澄んだ瞳が、遠い、空を見る。
「もしも、もしもだよ……? 今学食に行ったらさ、」
周は目を伏せる。ああ、そうか
「秀人くん、いつもの調子で本を読んでるんじゃないかな……って」
琉依は泣き出しそうな顔で、儚げに笑う。
ーー岡さんも、きっと逃げ出したかったんだ……
ならば、自分も腹を括らないと。どんなに拒絶されても、あいつが、自分が思ってたような奴じゃなかったとしても、きっと逃げちゃいけない。
「うん。俺も。」
二人は、前を向いて歩き出す。
 たどり着いたさっきのアパートの一室で、二人は、先程の役割分担を変えていた。周は徐に呼び鈴を鳴らす。確かに響く、呼び鈴の音だが、それにも応える声は聞こえない。
「……留守、じゃないよね……」
神妙な面持ちの琉依に、周は小さく頷く。もう一度鳴らすが、結果は変わらない。代わりに、
ーーがちゃり
重い鍵が開く音が聞こえる。その瞬間、
「……!?」
周の身体中に、汗が吹き出る。動悸がする。喉が乾く。ナニかが、そこに、いる。
 周を一瞥し、琉依はもう一度ドアの方に向き直る。震える手で、ドアノブを、捻る。ドアが、重い。
「……!?」
恐る恐る開けたドアに、誰かが凭れかかっている。
「秀人くん!?」
開いたドアから、青白い秀人の顔が、覗く。目を閉じて、その場に倒れ込む。
「……しゅう……」
気配が、背中に、貼り付く。全身の肌が、粟立つ。周は、秀人の名前を、呼べない。
「しっかりして! 秀人くん!」
縋るような琉依の声に、返事はない。ふと我にかえり、生気の無い秀人を見る。硬直したように、体が動かない。
「……息はある。」
目の前で、琉依は秀人の生存確認を始めている。何故だか、現実味が無い。背中には、まだあの気配がこびり付いている。
「周くん! 救急車! 急いで!」
琉依の声が、周を現実に引き戻す。
 厭な気配は依然消えないものの、救急車は、無事に三人を病院に運び込む。ひとまず、周は安堵した。
「栄養失調と睡眠不足……」
いつの間にか、厭な気配は周から離れていた。秀人は、病室で静かに眠っている。幸い、命に別状はなかったらしい。秀人の処置があるからと、病室の外で待機するよう言われた二人は、静謐な廊下のソファの一角を陣取っている。
「本当かなあ……」
呟く周に、琉依は小首を傾げる。
「……」
周は宙を仰ぐ。
『医食同源。死ぬぞ。』
かつて、秀人に言われた言葉を思い返す。おおよそ、食生活に関わらず、普段の生活もきっちりしている印象しかない。まず、無縁な言葉のように思えたし、きっとこれは間違いない。
「やっぱり、廃墟の件……」
ぽつりと発した周の言葉を、琉依は自信なさげに首肯した。
『……もう手遅れなのよ……』
メリーさんの言葉が、錘のように周の心に沈み込む。その意味を理解することを拒めば拒む程、嫌な想像ばかりが膨らむ。
「とりあえず、助かったんだよね……?」
琉依の瞳は、不安そうに揺れる。周はそれに、肯定も否定もできない。
「周くん、さっきまで何かに怯えてたんだよね……?」
周は動揺を隠せない。が何だったのか、気のせいだったのかーー何も、分からない。思い出すだけで、鳥肌が立つ。太刀打ちできないモノだと、直感が告げてくる。
「……変な……」
言葉に出しては、いけない。本能が警告する。周は、答える代わりに、そっと首を振る。
「……そっか……」
隣の琉依は、目を伏せる。その答えを、予測していたかのように。
 周も琉依も、思い思いの感情を胸に、静寂に包まれたソファに座っている。この空間だけ、切り離されたように時の流れが遅い。処置はとうに終わり、病室に入ることもできる。けれど、二人にはその勇気がなかった。
「……なんだか、騒がしいね……」
普段のような元気はない琉依の声が、少しだけ時を進める。言われてみれば、確かに空気が浮わついている。
「……本当だ……」
それにつられて、周も周囲を見渡す。すると、こちらに向かってくる二人の人影が目を引いた。
「あれって……」
「……!」
二人は、息を呑む。
「君たちが息子を発見してくれたのか。ありがとう。」
躊躇うことなくこちらに向かって来た人物は、周と琉依に深々と頭を下げる。それは、今度講演を行う予定の、横溝誠也医師、その人だった。
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