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第3章 過去
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赤く、赤く染まる部屋。そこにあるものを、悉く真っ赤に染め上げていく。そこにいる誰もが、言葉を繋げない。息の音すら聞こえない、沈黙。
「……どういう……こと?」
掠れる琉依の声。よっしんは答えない。思い返すように、拒絶するように、その身体は小刻みに震える。悪い冗談であってほしい。
「……ホント……なんだよな……」
張り付く喉をこじ開けて、ようやく出てきた言葉は空を切る。よっしんは、力なく頷く。
「……あの家は、入ったら終わりっス」
周は、自分の足場が、静かに崩れ落ちる音を聞く。
よっしんは、吸える筈のない息を大きく吸う。
「ホント、バカだったっす……」
後悔混じりの言葉を、ぽつり、ぽつりと繋ぎ合わせていく。
吉田まじめは、当時、高校二年生。ピアノが好きで上手に弾ける、それ以外の何の取り柄は何もない。
「なんか、女っぽい趣味だよな!」
初めて打ち明けた、自分の特技。高校生らしいといえば、高校生らしい、それは誰かの軽口。
「ちげえし……」
もう、顔も覚えていない友達に、不貞腐れて返す。
「吉田って実は女子?」
一度始まったら歯止めが効かなくなる。高校生の悪い癖。笑う同級生に、まじめは宣言してしまう。
「分かったよ……じゃあ、あの廃墟に入ってやるよ!」
目にもの見せてやるーーまじめの発言に、そのばがしん、と静まる。
「ぎゃはは、無理だろ」
「まじめ、チキンじゃん」
どっと沸いてしまった場に、後悔がなかったわけではない。
「……ぜってえ行ってやる!」
けれど、一度発した言葉を、引っ込める勇気はなかった。
真昼から、噂に聞く場所に行ってみる。照りつける太陽が肌を焼く。蝉の声が、妙にうるさい。深夜に近寄る勇気は、流石にない。きっと迷信だ。そもそも、廃墟の話は聞くことがあるが、実際に見た奴はいない。きっと、全部が性質の悪い噂。けれど、
「……あった」
それは、そこに、有った。
言ってしまった手前、やけにひんやりとする廃墟の中を、一歩、また一歩と進む。引き返そうとする震えの止まらない足を、
『ぜってえ行ってやる!』
昨日の自分の言葉が邪魔する。明らかに尋常ではない、『何かがいる』、気配。溜まったままの洗い物、飾られた写真立て、畳みかけの洗濯物、各所にこびりついた血痕ーーそこにいた筈の誰かの痕跡が、ぴたりと背中にひっついて離れない。
ーー大丈夫。大丈夫。
自分を鼓舞しながら進んだ先に、階段があった。行ってはいけない。頭では分かっている筈。けれど、
「……あれ……」
『戻れない』が『行かなきゃいけない』に変わってゆく。自分でも、何故かは分からない。
軋む階段を一段、一段、震える足で踏みしめる。厭な音をさせながら、二階の廊下をゆっくりと進んでいく。鳥肌に覆われて血の気の引いた身体が、やけに冷える。そして、
「……ひっ……」
叫びたい筈なのに、声がでない。逃げたい筈なのに、足に力が入らない。
「いや……」
口が渇く。見開く目に、涙が溜まる。床を這うように、後ろに下がる。
「うわあああああ」
自分でも分からない、何かを喚き散らしながら、必死に腕を振る。走れているのかいないのか、自分がどこにいるのかも、分からないまま、走る。そして、ようやくたどり着いた自宅に、
「おにいちゃん、こんにちは」
先程みた、アレがいる。ぐにゃり、と歪んだ、ナニかの笑顔に、視界が覆われた。
何時間経っても、ソレは消えない。
「ねえ、おにいちゃん、いっしょにきてよ」
「ねえ、おにいちゃん、こっちにおいでよ」
こびりついて離れない、その気配から逃れる最中、吉田まじめは、自宅マンションから転落した。
「結局、俺、自殺ってことになりました。」
自嘲でも、嫌悪でもない。そこに滲むのは、一握りの後悔だった。
『……気づいてあげられなくて、ごめんね……』
両親の慟哭を、
『……戻ってこいよお』
クラスメイトの嘆きを、『吉田まじめ』だったものは、ただ、見ていることしかできなかった。
「……どういう……こと?」
掠れる琉依の声。よっしんは答えない。思い返すように、拒絶するように、その身体は小刻みに震える。悪い冗談であってほしい。
「……ホント……なんだよな……」
張り付く喉をこじ開けて、ようやく出てきた言葉は空を切る。よっしんは、力なく頷く。
「……あの家は、入ったら終わりっス」
周は、自分の足場が、静かに崩れ落ちる音を聞く。
よっしんは、吸える筈のない息を大きく吸う。
「ホント、バカだったっす……」
後悔混じりの言葉を、ぽつり、ぽつりと繋ぎ合わせていく。
吉田まじめは、当時、高校二年生。ピアノが好きで上手に弾ける、それ以外の何の取り柄は何もない。
「なんか、女っぽい趣味だよな!」
初めて打ち明けた、自分の特技。高校生らしいといえば、高校生らしい、それは誰かの軽口。
「ちげえし……」
もう、顔も覚えていない友達に、不貞腐れて返す。
「吉田って実は女子?」
一度始まったら歯止めが効かなくなる。高校生の悪い癖。笑う同級生に、まじめは宣言してしまう。
「分かったよ……じゃあ、あの廃墟に入ってやるよ!」
目にもの見せてやるーーまじめの発言に、そのばがしん、と静まる。
「ぎゃはは、無理だろ」
「まじめ、チキンじゃん」
どっと沸いてしまった場に、後悔がなかったわけではない。
「……ぜってえ行ってやる!」
けれど、一度発した言葉を、引っ込める勇気はなかった。
真昼から、噂に聞く場所に行ってみる。照りつける太陽が肌を焼く。蝉の声が、妙にうるさい。深夜に近寄る勇気は、流石にない。きっと迷信だ。そもそも、廃墟の話は聞くことがあるが、実際に見た奴はいない。きっと、全部が性質の悪い噂。けれど、
「……あった」
それは、そこに、有った。
言ってしまった手前、やけにひんやりとする廃墟の中を、一歩、また一歩と進む。引き返そうとする震えの止まらない足を、
『ぜってえ行ってやる!』
昨日の自分の言葉が邪魔する。明らかに尋常ではない、『何かがいる』、気配。溜まったままの洗い物、飾られた写真立て、畳みかけの洗濯物、各所にこびりついた血痕ーーそこにいた筈の誰かの痕跡が、ぴたりと背中にひっついて離れない。
ーー大丈夫。大丈夫。
自分を鼓舞しながら進んだ先に、階段があった。行ってはいけない。頭では分かっている筈。けれど、
「……あれ……」
『戻れない』が『行かなきゃいけない』に変わってゆく。自分でも、何故かは分からない。
軋む階段を一段、一段、震える足で踏みしめる。厭な音をさせながら、二階の廊下をゆっくりと進んでいく。鳥肌に覆われて血の気の引いた身体が、やけに冷える。そして、
「……ひっ……」
叫びたい筈なのに、声がでない。逃げたい筈なのに、足に力が入らない。
「いや……」
口が渇く。見開く目に、涙が溜まる。床を這うように、後ろに下がる。
「うわあああああ」
自分でも分からない、何かを喚き散らしながら、必死に腕を振る。走れているのかいないのか、自分がどこにいるのかも、分からないまま、走る。そして、ようやくたどり着いた自宅に、
「おにいちゃん、こんにちは」
先程みた、アレがいる。ぐにゃり、と歪んだ、ナニかの笑顔に、視界が覆われた。
何時間経っても、ソレは消えない。
「ねえ、おにいちゃん、いっしょにきてよ」
「ねえ、おにいちゃん、こっちにおいでよ」
こびりついて離れない、その気配から逃れる最中、吉田まじめは、自宅マンションから転落した。
「結局、俺、自殺ってことになりました。」
自嘲でも、嫌悪でもない。そこに滲むのは、一握りの後悔だった。
『……気づいてあげられなくて、ごめんね……』
両親の慟哭を、
『……戻ってこいよお』
クラスメイトの嘆きを、『吉田まじめ』だったものは、ただ、見ていることしかできなかった。
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