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第3章 過去
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いつの間にか、日は沈んでいた。もう薄暗い窓の外に、運動部の活動が見える。
「……あれはね、招くの。」
メリーさんは、静かに一言。
「招かれた客人に、あの家を見せるの。」
昼間よりも幾分か和らいだ暑さは、それでもじっとりとした粘度でそこに在る全てのものに纏わりつく。
「……アイツに目を付けられたら終わりなんですよ。……死ぬか病むまで、ずっと……」
いつの間にかしゃがみこんでいたよっしんは、両手で顔を覆っていた。その声はまだ、震えている。
「……何で言ってくれなかったんだよ……秀人……」
思わず、周から言葉が零れる。後悔、無力感、自分への怒り……様々な感情が、腹の中をぐるぐる回る。琉依はただ呆然と、口を押さえながら、何もない空間を見つめている。その頬には、涙の痕が張り付いていた。
「……言えなかったんでしょ。」
溜め息混じりのメリーさん。ただ、つらつらと事実を述べる。
「あいつ、霊感あるわよ。しかも相当強い。」
朧気だった輪郭が、徐々にくっきりと浮かび上がっていく。そこに嘘はないのだろう。今までの反応を思い返す。何故か自分以外にも見えていたみいちゃん、旧校舎での異様な反応、メリーさんを見ても大して慌てず、よっしんのピアノを聞いて『楽しそう』だと言ったのも、全部ーー
「見えてたんだ。」
ぽつりと、見ようとしなかった事実を見る。
「じゃあなおさら……」
「言えなかったんじゃない?」
言って欲しかった。相談して欲しかった。友達だから、余計に。周の言葉に、メリーさんは杭を打つ。
「病院での話、忘れてないわよね?」
代わりにメリーさんは、道標を渡す。
「……」
周ははっとする。『心療内科』の四文字が、脳裏を過る。それと共に、周はみいちゃんと出会って、誰かに相談しようとした時の事を思い出す。自分だって怖かったじゃないか。人に信じてもらえない事が。精神病院を紹介されたらどうしようーーそう考えたことを、鮮明に思い出す。
「……」
周は静かに拳を握る。
『……お前達と俺では、根本的に見えてる世界が違いすぎるんだよ……』
昼間の、秀人の力ない声を思い出す。
「俺、バカだ。」
今なら、あの言葉の意味が分かる。それは、安堵にも似た後悔の念。投げつけた言葉は、取り返しがつかないし、きっと、これからも同じ世界を見ることは出来ないけれど、せめて、
「……岡さん、ごめん。」
急に話を振られた琉依が、ゆっくりとこちらを見る。今まで見たことが無いくらい、目が腫れてしまっている。
「どうしたの……?」
ふわりと、優しく笑う彼女が、自分と同じことを考えてくれたら良いと、そう願う。
「また、一緒に来てもらえないかな。……アイツと、秀人と話をしよう。」
周は、初めて何かを見据える。琉依は、小さく頷いた。
ーーせめて、寄り添うことくらいは出来るんじゃないか……
二人の背中は、暗がりの中に消えて行く。
そんな後ろ姿を見送る怪異が二人。
「どうするの?」
メリーさんは、そこに蹲るモヒカン頭に問い掛ける。
「……」
よっしんは答えない。その身体は、まだ震えている。
「……アニキ……」
「……あんた、もうちょっと覚悟、できる?」
メリーさんの声に、温度はない。
「……」
よっしんは、沈黙を返す。失ったものは、何一つ帰ってこない。零れ落ちた水は、もう二度と、元の盆には還らない。
「アイツ、まだ生きてるわよ?」
当たり前のことを当たり前のように言うメリーさん。
「……!」
けれど、その水が零れる前なのならば、その覚悟も無駄ではないのかもしれない。
「アレに憑かれて、あそこまでもった人間はいない。……なら……」
メリーさんは思い巡らす。見てきた限り、今回は全てが異例。
「……どうするっスか?」
必死な顔で食らいつくよっしんに、メリーさんは、そこに一言、
「本来の姿を思い出しなさい。」
残酷な言葉を、そっと置いた。
「……あれはね、招くの。」
メリーさんは、静かに一言。
「招かれた客人に、あの家を見せるの。」
昼間よりも幾分か和らいだ暑さは、それでもじっとりとした粘度でそこに在る全てのものに纏わりつく。
「……アイツに目を付けられたら終わりなんですよ。……死ぬか病むまで、ずっと……」
いつの間にかしゃがみこんでいたよっしんは、両手で顔を覆っていた。その声はまだ、震えている。
「……何で言ってくれなかったんだよ……秀人……」
思わず、周から言葉が零れる。後悔、無力感、自分への怒り……様々な感情が、腹の中をぐるぐる回る。琉依はただ呆然と、口を押さえながら、何もない空間を見つめている。その頬には、涙の痕が張り付いていた。
「……言えなかったんでしょ。」
溜め息混じりのメリーさん。ただ、つらつらと事実を述べる。
「あいつ、霊感あるわよ。しかも相当強い。」
朧気だった輪郭が、徐々にくっきりと浮かび上がっていく。そこに嘘はないのだろう。今までの反応を思い返す。何故か自分以外にも見えていたみいちゃん、旧校舎での異様な反応、メリーさんを見ても大して慌てず、よっしんのピアノを聞いて『楽しそう』だと言ったのも、全部ーー
「見えてたんだ。」
ぽつりと、見ようとしなかった事実を見る。
「じゃあなおさら……」
「言えなかったんじゃない?」
言って欲しかった。相談して欲しかった。友達だから、余計に。周の言葉に、メリーさんは杭を打つ。
「病院での話、忘れてないわよね?」
代わりにメリーさんは、道標を渡す。
「……」
周ははっとする。『心療内科』の四文字が、脳裏を過る。それと共に、周はみいちゃんと出会って、誰かに相談しようとした時の事を思い出す。自分だって怖かったじゃないか。人に信じてもらえない事が。精神病院を紹介されたらどうしようーーそう考えたことを、鮮明に思い出す。
「……」
周は静かに拳を握る。
『……お前達と俺では、根本的に見えてる世界が違いすぎるんだよ……』
昼間の、秀人の力ない声を思い出す。
「俺、バカだ。」
今なら、あの言葉の意味が分かる。それは、安堵にも似た後悔の念。投げつけた言葉は、取り返しがつかないし、きっと、これからも同じ世界を見ることは出来ないけれど、せめて、
「……岡さん、ごめん。」
急に話を振られた琉依が、ゆっくりとこちらを見る。今まで見たことが無いくらい、目が腫れてしまっている。
「どうしたの……?」
ふわりと、優しく笑う彼女が、自分と同じことを考えてくれたら良いと、そう願う。
「また、一緒に来てもらえないかな。……アイツと、秀人と話をしよう。」
周は、初めて何かを見据える。琉依は、小さく頷いた。
ーーせめて、寄り添うことくらいは出来るんじゃないか……
二人の背中は、暗がりの中に消えて行く。
そんな後ろ姿を見送る怪異が二人。
「どうするの?」
メリーさんは、そこに蹲るモヒカン頭に問い掛ける。
「……」
よっしんは答えない。その身体は、まだ震えている。
「……アニキ……」
「……あんた、もうちょっと覚悟、できる?」
メリーさんの声に、温度はない。
「……」
よっしんは、沈黙を返す。失ったものは、何一つ帰ってこない。零れ落ちた水は、もう二度と、元の盆には還らない。
「アイツ、まだ生きてるわよ?」
当たり前のことを当たり前のように言うメリーさん。
「……!」
けれど、その水が零れる前なのならば、その覚悟も無駄ではないのかもしれない。
「アレに憑かれて、あそこまでもった人間はいない。……なら……」
メリーさんは思い巡らす。見てきた限り、今回は全てが異例。
「……どうするっスか?」
必死な顔で食らいつくよっしんに、メリーさんは、そこに一言、
「本来の姿を思い出しなさい。」
残酷な言葉を、そっと置いた。
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