理解されないモノたちへ~オカルト研究会④

釜借 イサキ

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第4章 同化

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 時は戻り、どんよりと厚い雲が空を覆う昼下がり。一悶着の後、病室はやけに静かだった。秀人は、一人、目を瞑る。初めて、母から叩かれた頬が痛む。息をすると、そこにはまだ、生がある。
「……」
目を開けると、目の前にいるのは、子供のような。不思議と、恐ろしさは消え失せていた。一切光を灯さない目で、秀人はソレを、じっと見つめる。
 気を失ってから、久方ぶりにみた夢を思い出す。誰かの記憶か、はたまた幻か。自分の記憶とは、少しだけズレたそれを、秀人は静かに反芻する。
 怯える少年、それを心配する両親、『幻覚』だと否定されたその子供は、包丁を手に取った。記憶の残像は、いとも簡単に組み合わさった。
「どうしてわかってくれないの?」
ソレが、何かを発する度に、恐怖の前に何かを感じる。
「ねえ、なんで、しらないふりをするの?」
悲痛な声に、不思議と同情は感じない。もしかしたらあり得たかも知れない過去の話を、空っぽの心に何度も刻み込む。
「……お前、どうしたいんだ。」
薄れてゆく感情に身を委ねることにする。全てが無に還っていく、そんな感覚を恐れる気力さえ、もうない。
「……え?」
初めて誰かの視界に入り、ソレは、一瞬躊躇う。真っ直ぐ射るような目に、一切の光はない。
「……だれか、いっしょにきてほしい。」
今まで、色んな人に憑いていった、怪異はぽつりと呟く。
「だれも、ぼくをわかってくれない。」
目のない瞳が、泣いている。やはり、あの夢は、
「みえるのに、だれもしんじてくれない。」
この怪異の、今際の記憶。秀人は静かに息を呑む。今、こうして見えているモノは、きっと誰にも認識されない。
「みんな、ぼくのこと、おかしいっていう。」
『今まで構ってあげられなくてごめんね……』
怪異の言葉と、いつか泣いていた母の顔が、重なる。もう、何も感じることができない。泣き方さえ、きっと忘れた。
「だから、ころしたんだ。」
あの日感じた生活の痕が、脳裏に浮かぶ。
「みんな、わかってくれるかなって」
秀人は、虚ろな目を閉じる。息を吸う。
「でも、」
きっと、それは自分も知っている感覚だ。ソレに感じるこの感情は、同情でも、畏怖でもない。
「誰も分かってくれなかった。」
怪異と秀人の声が、静かに重なった。
「もういい。」
そう言いながら、秀人は、ベッドから立ち上がる。
「分かったよ。俺も一緒に逝ってやる。」
そのまま、点滴と共に病室の出口に向かう。
「……え?」
驚くような声に、隠しきれない喜びが滲む。
「……だから、もう」
少しだけ、もう懐かしくなってゆく二人の友人の顔を思い出す。きっともう、会うことも無いだろう、友人の顔。
『おはよう!』
『……早い?』
『もう昼過ぎだぞ……』
それは、他愛ない束の間の平穏だった。
「俺で、最後にするんだぞ。」
瞳に何も映さぬまま、振り向いた秀人は静かに微笑んだ。
 その後は流れるように事が進んだ。元々の診断は、栄養失調と睡眠不足。医学の世界ではある程度名の上がっているらしい父の名を出せば、退院も簡単だった。一つ一つ、丁寧に片付けを進めていく。感傷に浸ることもない。これは、ただの後始末。
「逝くか。」
夜が近づいた頃、再び廃墟へ歩みを進めた。隣にいつもの二人はいない。代わりに、
「うん。」
さぞ嬉しそうな怪異を一つ、引き連れて。
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