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第5章 終幕
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時は、少し前。二つの異物が、廃墟に紛れ込んできたときのこと。理解者を自分から剥ぎ取ろうとする二つの異物に抗えなかったソレは、自分の棲み家から、必死に逃れる。血塗れの現実か、はたまた理解者から裏切られた事実か、何から逃げているのかは、自分でも分からない。
「……なんで?」
初めて、絶望を分かり合えた相手だった。やっと、独りぼっちに耐えなくてよくなった。けれど、滴る血をみた瞬間、純粋に、失う恐怖を覚えた。
「やくそくした! でも、おにいちゃんがしぬのはこわかった……」
嘆きながら、ひたすら走る。感情の整理がつかない。約束を破られてしまったことに対する怒りか、理解者を喪うかも知れない恐怖か、既に歪な形のそれに、判別する術は、最早、ない。
「どうしてどうしてドウシテドウシテ」
混乱する思考は、自我を瓦解させていく。矛盾した二つの感情を受け止めるだけの器が、そこには在りはしないのだ。
「あいつら、なかなかやるじゃない。」
無い目が見据える先には、不気味に微笑む人形が一つ。ガラス玉の目が二つ、こちらを見ている。
「……ひっ……」
尋常ではない空気を纏う人形の横を、素通りしようとする。しかし、
「まあ、ゆっくりしていきなさいよ。」
それを、不気味な人形は赦さない。
「急ぐ旅でも、ないでしょう?」
ぴくりと、ソレの体が跳ねる。禍々しい、歪な空気。何故か、振り向いてはいけない気がした。
「ねえ、もう自分がやったこと、分かってるんでしょう?」
人形は、こちらに向かって歩く。ソレは、思わず後退る。怪しく嗤う表情のない人形の髪が、張り付きそうな風に靡く。
「しらないシラナイシラナイ」
いやいやをするように、頭らしい部分を振るが、ある一点で立ち止まる。否、行き止まる。
「ねえ、結果をきちんと見れば?」
動く筈のない指が、ソレの背後を指差す。何故か抗うことが出来ない。ソレは、恐る恐る、後ろを振り向く。
「……ああ……」
あらゆる関節が出鱈目な方向に折れ曲がった歪な形。空洞の目が、こちらをぎろりと睨み付けてくる。吉田まじめだったモノが、そこにいた。
「……」
声にならない悲鳴。突き付けたのは、歪んだ願望の先にあるもの。
「……良かったじゃない。あんた、『仲間』だけは沢山作れたじゃない。」
嘲るような人形の声に、ソレは願望さえ粉々に打ち砕かれて、静かに絶叫する。
いつの間にかモヒカン姿に戻っていたよっしんは、メリーさんに問いかける。
「あの、あいつは……?」
やはり、声は震えている。
「強制的に未練を晴らしてやったのよ。」
悪戯っぽく微笑むメリーさん。よっしんはその先の問いを閉ざす。きっと、碌な末路は辿っていないのだろう。それはそれで仕方がないのだと、自分に言い聞かせる。無い筈の体が、軽くなるのを感じた。
「あんたがいてくれて助かったわ。ありがと。」
「……」
照れたようにこちらを見て、賛辞を述べるメリーさんに、よっしんは複雑な表情を返す。
「……あいつも、よくやった。」
少しだけ、その言葉が濁る。
「……アニキ……」
「……あいつらが何とかするでしょ。」
不安げなよっしんに、メリーさんの返事は素っ気ない。
「……戻るんでしょ?」
歩き続ける、動く筈のない人形は優しく問いかける。
「……はい!」
不安げに歪んだ笑顔で、よっしんは普段通りの明るさを返す。
「あなたも、恩を返せて良かったわね。」
そんな間抜けな怪異を従えながら、メリーさんは静かに天を仰ぐ。
「にゃあ!」
かつて、成し得ない再開を果たした黒猫は、その恩を返す。満足げに喉を鳴らすと、笑いながら体を丸める。
「……なんで?」
初めて、絶望を分かり合えた相手だった。やっと、独りぼっちに耐えなくてよくなった。けれど、滴る血をみた瞬間、純粋に、失う恐怖を覚えた。
「やくそくした! でも、おにいちゃんがしぬのはこわかった……」
嘆きながら、ひたすら走る。感情の整理がつかない。約束を破られてしまったことに対する怒りか、理解者を喪うかも知れない恐怖か、既に歪な形のそれに、判別する術は、最早、ない。
「どうしてどうしてドウシテドウシテ」
混乱する思考は、自我を瓦解させていく。矛盾した二つの感情を受け止めるだけの器が、そこには在りはしないのだ。
「あいつら、なかなかやるじゃない。」
無い目が見据える先には、不気味に微笑む人形が一つ。ガラス玉の目が二つ、こちらを見ている。
「……ひっ……」
尋常ではない空気を纏う人形の横を、素通りしようとする。しかし、
「まあ、ゆっくりしていきなさいよ。」
それを、不気味な人形は赦さない。
「急ぐ旅でも、ないでしょう?」
ぴくりと、ソレの体が跳ねる。禍々しい、歪な空気。何故か、振り向いてはいけない気がした。
「ねえ、もう自分がやったこと、分かってるんでしょう?」
人形は、こちらに向かって歩く。ソレは、思わず後退る。怪しく嗤う表情のない人形の髪が、張り付きそうな風に靡く。
「しらないシラナイシラナイ」
いやいやをするように、頭らしい部分を振るが、ある一点で立ち止まる。否、行き止まる。
「ねえ、結果をきちんと見れば?」
動く筈のない指が、ソレの背後を指差す。何故か抗うことが出来ない。ソレは、恐る恐る、後ろを振り向く。
「……ああ……」
あらゆる関節が出鱈目な方向に折れ曲がった歪な形。空洞の目が、こちらをぎろりと睨み付けてくる。吉田まじめだったモノが、そこにいた。
「……」
声にならない悲鳴。突き付けたのは、歪んだ願望の先にあるもの。
「……良かったじゃない。あんた、『仲間』だけは沢山作れたじゃない。」
嘲るような人形の声に、ソレは願望さえ粉々に打ち砕かれて、静かに絶叫する。
いつの間にかモヒカン姿に戻っていたよっしんは、メリーさんに問いかける。
「あの、あいつは……?」
やはり、声は震えている。
「強制的に未練を晴らしてやったのよ。」
悪戯っぽく微笑むメリーさん。よっしんはその先の問いを閉ざす。きっと、碌な末路は辿っていないのだろう。それはそれで仕方がないのだと、自分に言い聞かせる。無い筈の体が、軽くなるのを感じた。
「あんたがいてくれて助かったわ。ありがと。」
「……」
照れたようにこちらを見て、賛辞を述べるメリーさんに、よっしんは複雑な表情を返す。
「……あいつも、よくやった。」
少しだけ、その言葉が濁る。
「……アニキ……」
「……あいつらが何とかするでしょ。」
不安げなよっしんに、メリーさんの返事は素っ気ない。
「……戻るんでしょ?」
歩き続ける、動く筈のない人形は優しく問いかける。
「……はい!」
不安げに歪んだ笑顔で、よっしんは普段通りの明るさを返す。
「あなたも、恩を返せて良かったわね。」
そんな間抜けな怪異を従えながら、メリーさんは静かに天を仰ぐ。
「にゃあ!」
かつて、成し得ない再開を果たした黒猫は、その恩を返す。満足げに喉を鳴らすと、笑いながら体を丸める。
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