【完結】Spice up my life〜元カレが今カレに一目惚れしたら目の前で薔薇が舞い散るようになってしまったんですが

ていくみー

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Episode1:Welcome to the new world

1-10 累くんの推し活宣言

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「僕の両親、毒親だったんだよね。流行りの言葉で言えば、親ガチャに外れたってやつかな」
「……へぇ」

 累くんの視線は噴水の方を向いているけど、それよりももっと遠くの方を見ているように思えた。それでも柔和な微笑みを浮かべたまま、穏やかな声で続けた。

「父はよそに女がいてまったく家に寄り付かなくて、ほとんど顔も覚えてないくらい。お金だけは入れてくれていたから、経済的な苦労がなかったのがせめてもの救いだけど。その父と上手く行かない分、母は僕に依存してた。僕が子供の頃から母は躁鬱そううつを繰り返して――束縛が強かった。何をするにも干渉されて、僕に自由はなかった」

 その後の話を要約するとこうだった。

 親元を離れて進学することにもずっと母親が猛反対していたけれど、高校を出る少し前に風向きが変わったという。
 両親の離婚が成立して、母親が累くんの親権を持ったが、その後すぐ母親にも新しい男ができ、依存の対象が一時期そちらに移った。これ幸いと累くんは、高校卒業と同時に半分逃げるようにしてこの街に進学した。

「――そこで莉子ちゃんに出会って。あの半年間は本当に楽しかった。これは嘘じゃない」

 そんな話を聞かされて、あたしは複雑な気分になった。当時はそんなことを全く知らなかったから。

「でも、母と新しい男の関係はやっぱり長く続かなかったみたいで――結局すぐ別れて、鬱症状が酷くなったんだ。また僕への依存と支配が始まって、帰ってきてくれなきゃ死ぬ、とまで言われてね」

 ひょっとして――あの悪夢にうなされていたのは、ちょうどその頃だったんだろうかと思った。

 そしてあたしと別れた後、累くんはやむを得ず東京へ戻り、そちらの大学に入り直したらしい。
 母親の干渉が前以上に厳しくなり、言動も支離滅裂しりめつれつで――そんな母親とどう接したらいいのか、累くん自身も息の仕方が分からないくらい苦しかったという。
 カウンセリングや精神科の受診を勧めたけれど、本人が断固として拒否。累くん自身も逃げ出したかったけれど、罪悪感からどうしても母親を見捨てることができなかった。

「そうしているうちに、母がついに心身のバランスを崩して――どうにもならなくなって入院したけれど、そのまま衰弱して死んでしまったんだ。去年の秋にね」
「えっ……」
「ごめんね。急にこんな話、重いよね」

 そう言って、彼はあたしの方へ顔を向けて穏やかにフフッと笑った。答えに詰まっていると、累くんは噴水で遊ぶ子供たち、そしてそれを温かい眼差しで見守る親たちの方へ視線を戻した。

「母が亡くなった時、僕の中に相反する二つの感情が生まれたんだ。あぁ、これでやっと自由に生きられるんだっていう開放感と――母を救ってやれなかった罪悪感と」

 あたしは何も言えなくなってしまった。想像していたよりも遥かに壮絶な話だった。

「カウンセラーだとか、ケアワーカーだとか、母を診た医者だとか……そういう大人たちは、僕に『君が責任を感じることはない。君はできることを最大限やった』って言ってくれた。自分でも、頭ではそうなんだと分かってる。僕は被害者の立場でもあると思うよ。でも――僕はいい息子だったって、自信を持ってそう言えるようになる日は、きっと一生来ないと思うんだ」

 彼のその表情は、作り話をしているとはとても思えない。あたしはただ黙って耳を傾けることに専念した。

「父も母も……本当に身勝手だよ。勝手に生んで、勝手にこんな十字架を背負わせて逃げるなんてね。こんな仕打ちを受けるくらいなら、いっそ生んでくれなければ……なんて思ったこともある」
「そんな……」

 彼はまたあたしの方を向き、ニコッと笑った。

「でも大丈夫。今はね、ちゃんと前を向いて生きて行こうって思ってるから」
「そうなの?」

 コクンと累くんが頷く。

「だからこそ心機一転、またこの街に来ようって思ったんだよ。母が亡くなる前の一番辛かった時期――ここで君と過ごした思い出が僕の心の支えになってたから。あの日々は本当に楽しくて幸せで……僕の宝物だった。きっと、君はもう新しい人生を歩んでるんだろうって分かってはいたけど――それでもいい、せめて君のいる街で君と同じ空気を吸って、新しく人生を始められたらって。一から出直すとしたら、ここ以外に考えられなかった」

 そう言われて、決して悪い気はしない。同情もある。あたしなんぞが少しでも役に立てたのなら良かったとは思う――けど。

「それは……そう言われても困っちゃうよ。だいたい、あたしと再会する前にさいぞーに惚れちゃったんじゃん」
「そうなんだよねぇ。僕、案外現金だよね」

 悪びれもせず、彼はあっけらかんと言ってのけた。アハハと笑ってすらいる。なんか掴みどころがない。いっそ清々しいな。

「でもね、僕は君と草田さんの仲を引き裂こうとか、そんなつもりは毛頭ないんだ」
「え、そうなの?」

 その発言は少し意外だった。才造をかっさらう気満々なのだと思っていたから。

「こんな環境で育ったからね、誰かと真剣に交際しようとか、結婚して自分の家庭を持とうとか、そういうことに夢を持てない。こんな倫理観のおかしい人間が家族なんか持ったって、きっとどう接していいか分からないから。僕のような不憫な子供を増やすことになってしまう」
「それは……どうかなぁ……」
「君とお別れする時、あんなことを言ってしまった理由もそこにある。僕は莉子ちゃんを一方的に傷つけてしまった立場だし――そんな君から今の大切な人を奪ってまた同じ思いをさせるなんてことはできない。むしろ、応援したいと思ってる。だからね――君と草田さんのことは、推しカプと思うことにしたんだ」
「へっ?」

 なんか話が思わぬ方向に進んできた。何? 推しカプ?

「二人とも僕の大好きな人で、どこからどう見てもお似合いで……だから、これからは推し活を僕の生きがいにして行けばいいじゃないかと思い至ったんだ……!!」

 ドドーーーーーンと、ドヤ顔で力強く宣言した累くん。割と本気で言っているように見えるんだが。だって、なんかやたらと目がキラキラしてるんだもん。
 あたしの頭が足りないのか? 言ってること理解できるような、できないような――
 ていうかそんな壮絶な経験をして、よくそんなポジティブになれるな。と、半分感心して半分呆然とした。やっぱネジがぶっ飛んでるのかな。

 そんな累くんは、両手であたしの手をガシッと掴んで訴えかけてきた。

「だからね、莉子ちゃん。推しカプの幸せのために力になりたいんだ。君が草田さんとのことで悩んでるのなら、僕に何かできることはないかな?」
「べっ、別に悩んでなんか……」
「そうかな。そうは見えないけど」
「超順調ですから! ご心配なく!!」

 力いっぱい遠慮した。だって、なんかロクなことにならなさそうだから。あたしの全細胞がそう言っている。

「そういえば僕ね、この間合コンに行ってみたんだ」
「はい?」

 三度みたびの急な話題転換。また何を言い出すのか。

「そこでね、君の友達っていう人と偶然知り合ったんだ。桃ちゃん……って言ったっけ」
「ファッッッ!!!!???」

 驚きのあまり、変な声が出てしまった。
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