彼と彼女の365日

如月ゆう

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September

9月7日(土) 体育祭

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 特に見せ場も山場もないままに午前の部は終わり、昼食を挟んだ午後の部。

 その最初のプログラムは、『部活動紹介』なる部員全員で行うグラウンドの行進と、その後の『部活動生リレー』という余興だ。

 この体育祭における競技史上最多の八レーンを使って実施される走りは、まさにエンターテインメント。
 特に、運動系の部活動は本気ガチ中の本気ガチであるため、生徒の中でも飲み物一本などを賭け合うほどの盛り上がりを見せている。

 そうでなくとも、リレー走者の全員がそれぞれの部活でのユニフォームを着用しているため、お祭り騒ぎ。
 チア部の衣装に興奮する者もいれば、剣道部の防具一式に笑う者もおり、観衆のボルテージも最高潮であった。

 いやぁー……しかし、本当にウチに水泳部がなくて良かったな……。
 あったら、せっかくのテレビの取材も放送中止になってただろ……マジで。

 そう思いながら様子を見ている俺が今いる場所は、自分の所属ブロックのスタンド席。
 行進を終え、着替えもそこそこに解散した俺は、同じく出番を終えて戻って来ていたマネージャーら二人と一緒にその余興を眺める。

 本命は最後……ということらしく、始めは文化部のみ。
 そこにプラスアルファの要員として、女性の先生らが参加をしていた。

「――けど、すっかりかなたもマネージャーが板についてきたな。ついには部活動紹介にまで出やがって……。もういっそのこと、入部しろよ」

 パーン、と響くピストルの音。
 同時に、一切に走り出す出場者たち。
 沸く歓声。

 それらを脇目に隣に話しかければ、何故か菊池さんとかなたの両名から首を傾けられる。

「えっ、と…………あれ?」
「言って、なかったっけ……?」

「…………何をだよ」

 その中でも先頭を走るのは、料理研究部。次点で女性教師軍団であり、続けて百人一首部となっていた。
 以上、途中経過報告終わり。

「……私、夏休み明けから正式に入ったよ」

「……………………マジで?」

 そして、同じようなタイミングで、パパンとリレーの合図も鳴る。
 どうやら、一位は最後で逆転した先生チームらしく、アンカーであるウチの担任は何やらしたり顔でこちらにピースを向けていた。

 …………きっとアレは、クラス全体に対してアピールしてるんだよな。そうだよな?
 うん、違いない。だから、無視!

 ……しかし、意外も意外だ。
 その結果も、言われた内容も。全部が全部に驚いている。

「そうか……入部したのか……」

 だからなのだろうか。
 こうして、少し感慨深い気持ちになるのは。

 俺の呟きを聞き取った彼女もまた、一つ頷く。
 もしかしたら、同じ想いなのかもしれない。

「…………そう。だから、そらの出てないこの競技でもバド部を応援しないといけなくなった……」

 訂正。
 全く関係なかった。

 ていうか、この子は何を言ってんの?

「いや……そりゃ、そうだろ。マネージャー――というか、同じ部活のメンバーになったんだし」

 じゃなきゃ、何の為に入部しに来たんだよ。
 そう突っ込むと、マネージャーリーダーの菊池さんもまた憤慨してみせる。

「そうだよ、かなちゃん! ちゃんと応援しなきゃ駄目だよ!」

 いえ……貴方も特定の人翔真が目当てで応援していますよね?

 汗ふき用に持参したタオルの端を掴んで、まるでライブコンサートのようにブンブンと回している彼女であるが、そのキャラの壊れっぷりを見る限りでは、明らかに原因はウチの部の番が回ってきた――というよりは、アンカーが彼であるためだろう。

 他のブロックのスタンド席からも、走り終えた先程の女子部員の皆様も、果ては来場していたマダムたちからも黄色い声援が飛んでいた。

 …………すごい人気だなぁ、おい。

 そうして始まる、リレー。
 野球部、サッカー部、テニス部、バレー部、バスケ部、陸上部、ラグビー部などが軒を連ねる中、弾ける火薬の音とともに走者は一斉に走り出した。

 走る選手六名のうち、最初の五名はグラウンド半周の百メートルを、最後のアンカーのみ二百メートルを駆け抜けるというこの競技。

 序盤から中盤にかけては、スムーズなバントの受け渡しから陸上部が常に一位をキープし、そこに追随する形で他の部活が二位争いに興じる。

 しかし、そんな彼らはスパイクではなく運動靴。それも滑りやすい校庭での走りということもあって、なかなか差は広げられていない。

 そんな中、残るはアンカー戦というタイミングで、託された希望の星――我らが畔上翔真。

 誰よりも、どこよりも綺麗なバトンパスから見せた走りは、二位争いという泥沼から脱出し、それどころか猛烈な速さでその背中に食らいついていく。

 二百メートルは長い。
 僅かに生まれていた差も、最終コーナー――百五十メートル付近で埋まってしまい、勝負は最後の直線だ。

 陸上部としての誇りもあるのだろう。
 イケメンには負けたくない、とプライドが叫んだのかもしれない。

 だけど、それがいけなかった。
 横を見て、翔真との距離を測った――それが敗因だった。

 焦った青年は少しでも前に進もうと足掻くあまりに、自身の持つ最大の武器――フォームを崩してしまったのだから。

 そのために拮抗した勝負はついに綻びを見せ、均衡は破られる。

 そうして最後にテープを切った者。
 その部活動名が名乗られる前に、見ていた一同は沸いた。

 ウチの恋する乙女もまた、その親友――いわゆる俺の幼馴染に抱きついて喜び、抱かれた方は少し困り顔。
 俺もまた、熱い試合だったと手を叩いてその勇姿を称賛していると、何が起きたのか、インタビュアーとカメラが横から乱入する。

 どうやら、俺も過去に経験したことのある予定にない取材のようだ。

 まぁ、あの顔なら画面に映えるし、陸上部を後ろから抜き去るというカッコイイ逆転劇を見せてくれたのだから何もおかしいことではないか。

 全国、どこへ行っても必ず活躍する人間というのは存在する。
 それが今回は彼だった、とそんな話。

 本当は、彼の出場した騎馬戦やらブロック対抗リレーにおいても一波乱あるのだけど、割愛させていただこう。

 …………だって、結果は聞かなくても分かるだろ?

 にこやかに、爽やかに質問に答えている彼を見ていると思う。
 あぁ……放送日が待ち遠しい、と。
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