恋の実、たべた?

午後野つばな

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 ふっと足下から力が抜ける。その場に崩れ落ちそうな日下の身体を、背後から支える腕があった。
「しっかりしろ。お前がそんなんでどうする」
「……すみません、もう大丈夫です」
 日下は日高の腕に手を当てると、彼から離れた。くらりと目眩がした。全身びっしょりと冷や汗をかき、吐きそうだ。それでもなんとか平静を装い、心配そうな表情を浮かべる門倉たちに向き合う。
「それで甥ごさんは無事なのですか?」
「本人からは大丈夫だとメッセージが入っていたのですが、折り返しても留守電になっていて繋がらなくて……」
 平静を装い話をしていても、徹は無事なのだろうか、怪我はひどいのだろうかという不安でいっぱいになってしまう。門倉は安堵と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
「そうですか、それは心配ですね……」
「俺、病院までこいつを送っていくから」
 日高の思いつきの言葉に、日下はこの場の状況も忘れてぎょっとなった。日高は企画展の目玉のひとりだ。自分が理由で席を外させるわけにはいかない。 
「ああ、そのほうがいいですね」
 日下は無理矢理気持ちを奮い立たせると、いえ、と門倉たちの会話に口を挟んだ。
「私事でお騒がせしました。申し訳ないのですが、この場で失礼させていただいてもよろしいでしょうか」
「それはもちろんですが……」
 躊躇いを見せる門倉に、日下は「申し訳ありませんが、これで失礼いたします」と断りを入れた。冷静な態度を取っているつもりが、内心は恐怖と不安で心臓が潰れそうだった。一刻も早く徹の元へと向かいたい。
「日下!」
 振り返ると、日高がまっすぐに日下を見ていた。
「大丈夫か。何かあったら連絡してこいよ」
「気をつけて。甥ごさんの怪我が大したことないことを願っていますよ」
 自分を気遣う言葉に、一瞬だけ泣きそうになった。日下は深く頭を下げると、踵を返した。
 筧に連絡を入れて事情を説明した後、大通りでタクシーを拾う。
「どこまで?」
「西方病院までお願いします」
 乗り込んだタクシーの運転手に行き先を告げると、日下は流れゆく車窓の景色に視線をやった。
 さっきから徹の姿が頭から離れない。怪我の具合はひどいのだろうか? もし後遺症が出たら? 徹に何かあればどうすればいいのか。
 今朝、最後に徹に会ったとき、自分は彼に出ていけと言った。お前とのキスなんて何でもない。うぬぼれるな。いい加減子どものお守りはうんざりだと。あのとき、徹はどんな顔で自分の話を聞いていた?
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