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しおりを挟む目が覚めると、あの人の顔があった。いや、そうじゃない。もうあの人と呼ばなくていい、――そう崇嗣さんの顔があった。もっと正確に言えば、その腕の中に抱きしめられていた。
マルは瞬きした。少しでも身動きをしたら崇嗣さんを起こしてしまいそうで、息を詰めて彼の寝顔をじっと見る。
窓から朝日が差し込み、崇嗣さんの上にやさしく降り注いでいた。艶やかな黒髪が横に流れ、シャープに整った顔をはっきりと見せていた。これまで隙がなく思えた印象は、目を閉じていると少しだけやわらいで見えて、見つめていると胸がどきどきした。
どうしよう、と思いながら、マルは心の中でこの状況を喜んでいる自分に気づいていた。自分はどこか壊れてしまったのだろうか。
日差しが陰り、室内が暗くなった。寝ている崇嗣さんが無意識にマルを抱き寄せた。
「……っ!」
悲しくないのに、胸の奥が締め付けられるような切ない気持ちになった。そのくせ、もうこのまま消えても構わないと思うほど幸せだった。
どうしよう、少しだけ……。少しだけならいいだろうか。
どくどくと鼓動が早鐘を打つ。緊張に汗をかきながら、崇嗣さんのほうへ身を寄せようとしたときだった。マルの目にすらりとした美しい腕が映った。一瞬自分が目にしたものが理解できずに、それがいつもの見慣れたアームでないことに気づいた瞬間、マルは冷や水を浴びせられたように凍り付いた。――違う。崇嗣さんが助けたのはヴィオラで、自分なんかじゃない。
やさしくされて、うれしかった。お前は悪くないと言ってもらえたとき、まるで自分が許された気がした。ここにいていいのだと。でもそれは違うのだ。
「あ……」
身体が震える。大きく見開いた瞳から、涙が伝い落ちた。自分は何を勘違いしていたのだろう。もし、助けたのが最新型のアンドロイド――美しいヴィオラではなく、いつ壊れてもおかしくない廃棄寸前の使役ロボットだと知ったら、崇嗣さんはどう思うだろうか。
使役ロボットとして生を受けて以来、マルは一度もそのことについて疑問を持ったことはなかった。この世界は人間のためにあり、彼らが暮らしやすいようにある。だからどんなにひどい扱いを受けても、廃棄寸前のオンボロだと嗤われても、それを理不尽だと感じたことはなかった。道具が壊れたら新しいものと交換するのと同じように、いつかその日が訪れるまで、マルは自分の責務を果たすことに誇りを持っていた。そんなマルにとって、モールでコーヒーを飲んでいる崇嗣さんを眺めることは、唯一の例外だった。
言葉を交わすことはない。ただの掃除ロボットである自分のことなど、崇嗣さんは知るよしもない。それなのになぜだろう、崇嗣さんを見つめていると、胸の奥が温かくなった。ほんの一時でも、姿を見られた日はうれしかった。遠い昔、崇嗣さんと出会い、会話をした。そのときの記憶はマルにとって、かけがえのない宝物だった。日常生活に紛れ込んだ美しい蝶のように、崇嗣さんの存在はそれまで何の変化もなかったマルの世界を変えた。
できることならば、もう一度あの人に会いたい。あの日のように会話をしてみたい。
崇嗣さんと同じ場所にいるヴィオラを見たとき、マルは初めて彼の目に映るであろう自分を恥じた。美しく自信に満ちあふれたアンドロイドの少年を眺めながら、もし自分が彼のようだったらとあり得ない望みを抱いた。
蔑むように自分を見ていた人間の目を思い出し、心が凍り付きそうになる。自分は何も価値がないのだと思い知らされる。誰に何を言われてもいい。けれど崇嗣さんだけには自分の正体を知られたくなかった。もし知られたら、その目に軽蔑の色を見つけたら、自分はどうすればいいのだろう。
怖い……!
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