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第2章 美貌の案内人オルフェウス
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それこそ猛烈な勢いを付けて、水面下を蛇行しながら泳いで去って行く。
その姿を、ザザザ、ザザザザーーッと砂地から河へと戻っていく水流の中で見送った。
(お仕事が終わりました…か…)
残していった言葉から、逃げられた囚人への異例な対応でさぞかし荷が重たかったんだろうなぁと察する。
小さな獣人たちにもそれなりの立場があるのだろうと思い遣ってから、ゆっくりと立ち上がった。
説明が不十分だとぼやく必要などない。
明らかに、彼らよりも遙かに事情を知っている存在がいるのだから。
そう、あの男の方が詳しいはずだと。
振り返ると、少し離れた大木の横から灰色の外套がほんの少しだけはみ出して見える、その場所に向かって歩み始める。
ポタポタと地面に落ちていく水滴が形を成すのはほんの一時だ。
滴り落ちてはシュワンッ、シュワンッと気化していく。
あっという間に肌も衣服も乾く感覚に、やはり普通の水じゃないと認識を深めながら木の裏側へと回ると身を隠していた相手と対峙した。
「理解したか?」
「えっ…いや、そ、それは…」
腕を組んで待っていた青灰色の瞳にいきなり尋ねられて、どう応じていいのかわからずに言葉を失った。
理解はしたが十分ではない。
けれども、そもそも全てがどこか他人事のようでもあって。
心が現実についていけてない、それが実情だ。
「身体はどうだ?」
「えっ…」
「ブレるような感覚はなくなったか?」
聞かれてみて初めて自覚した。
確かに鏡から飛び出した直後の震える感じはもうしない。
「特に今は…大丈夫のようだ…」
「そうか」
努めて冷静に返事をしつつもトクトクトクトクッと早打ちし始めた心臓に静まれ、静まれと言い聞かせた。
(なんだろ…これ…)
頬が赤らんでいるのではないかと不安を覚えるほどに唐突に乱れている。
だが、この生々しくも生を実感させる鼓動の原因は言うまでもない。
目の前の男だ。
真っ正面から対面し、改めてその外見のよさに引きこまれている。
(やっぱり…ただ者じゃない…)
仮面で片側半分の顔しか見えないというのに、その状態を含めても確実に美麗だと称される容貌をしている。
けれども、これほどまでに落ち着かない気持ちにさせられるのは果たしてその見た目の良さだけだろうか。
それとも初めて会った人間だからなのか。
もしくは自然体でありながらどことなく異質さを感じさせる雰囲気だろうか。
あるいは引け目を覚えるほどの体躯の良さか――それら全てのようにも感じる。
「あの…あんた…その…」
「オルフェウスだ、オルフェとでも呼べ」
「あ、うん…オルフェ…ん、オルフェウス…」
告げられた名を心の中で繰り返しながら、いやオルフェとは呼びにくいなと秘かに反論した。
だが、あんたではなく名前で呼ばれたいんだなと理解を深める。
「あっ…」
そんな自分の様子をじっと見つめられていることに気がつき、慌てて視線を下げた。
これ以上、心拍が速まってしまっては堪えられない。
その姿を、ザザザ、ザザザザーーッと砂地から河へと戻っていく水流の中で見送った。
(お仕事が終わりました…か…)
残していった言葉から、逃げられた囚人への異例な対応でさぞかし荷が重たかったんだろうなぁと察する。
小さな獣人たちにもそれなりの立場があるのだろうと思い遣ってから、ゆっくりと立ち上がった。
説明が不十分だとぼやく必要などない。
明らかに、彼らよりも遙かに事情を知っている存在がいるのだから。
そう、あの男の方が詳しいはずだと。
振り返ると、少し離れた大木の横から灰色の外套がほんの少しだけはみ出して見える、その場所に向かって歩み始める。
ポタポタと地面に落ちていく水滴が形を成すのはほんの一時だ。
滴り落ちてはシュワンッ、シュワンッと気化していく。
あっという間に肌も衣服も乾く感覚に、やはり普通の水じゃないと認識を深めながら木の裏側へと回ると身を隠していた相手と対峙した。
「理解したか?」
「えっ…いや、そ、それは…」
腕を組んで待っていた青灰色の瞳にいきなり尋ねられて、どう応じていいのかわからずに言葉を失った。
理解はしたが十分ではない。
けれども、そもそも全てがどこか他人事のようでもあって。
心が現実についていけてない、それが実情だ。
「身体はどうだ?」
「えっ…」
「ブレるような感覚はなくなったか?」
聞かれてみて初めて自覚した。
確かに鏡から飛び出した直後の震える感じはもうしない。
「特に今は…大丈夫のようだ…」
「そうか」
努めて冷静に返事をしつつもトクトクトクトクッと早打ちし始めた心臓に静まれ、静まれと言い聞かせた。
(なんだろ…これ…)
頬が赤らんでいるのではないかと不安を覚えるほどに唐突に乱れている。
だが、この生々しくも生を実感させる鼓動の原因は言うまでもない。
目の前の男だ。
真っ正面から対面し、改めてその外見のよさに引きこまれている。
(やっぱり…ただ者じゃない…)
仮面で片側半分の顔しか見えないというのに、その状態を含めても確実に美麗だと称される容貌をしている。
けれども、これほどまでに落ち着かない気持ちにさせられるのは果たしてその見た目の良さだけだろうか。
それとも初めて会った人間だからなのか。
もしくは自然体でありながらどことなく異質さを感じさせる雰囲気だろうか。
あるいは引け目を覚えるほどの体躯の良さか――それら全てのようにも感じる。
「あの…あんた…その…」
「オルフェウスだ、オルフェとでも呼べ」
「あ、うん…オルフェ…ん、オルフェウス…」
告げられた名を心の中で繰り返しながら、いやオルフェとは呼びにくいなと秘かに反論した。
だが、あんたではなく名前で呼ばれたいんだなと理解を深める。
「あっ…」
そんな自分の様子をじっと見つめられていることに気がつき、慌てて視線を下げた。
これ以上、心拍が速まってしまっては堪えられない。
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