アルファの戦士はオメガにされて愛される~オメガバース・ギリシャ神話~

壱度木里乃(イッチー☆ドッキリーノ)

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第3章 異常なまでに求愛されて

10 君が欲しい

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 迷いなく囁かれて。
 要するに、今の不十分な状態とも言える相互理解を増やすためにも触れ合いたいのだなとうっすらと察した。

(どうしよう…)

 加減はわからないが明らかに性的な接触を望まれているのだ。
 目を左右に泳がせながら逡巡する。
 移動中に立ち寄った村、町、街道、宿場、市場、酒場で目にしてきた経験などを踏まえても。
 おぼろげに記憶の層に底流している知識を踏まえても。
 この地上では割と多数の人間が性にはおおらかだ。
 気に入った相手は配偶者がいようがいまいが気楽に誘い、誘われた方もその気になれば一晩の相手として情事を楽しむ。

(だけど、オレは…)

 どうやらそういった性愛を楽しむ類いではないらしい。
 道中、幾度となく目にした光景――それは上質なアルファであるオルフェウスを物欲しそうに陰から眺めながらヒソヒソと話す姿だ。
 乱倫したいだの不倫でもかまわないなどと、そんな一方的な欲望が聞こえてきた時にとても不愉快だったのだ。
 乱交はもちろんのこと、番いを裏切るような不貞など許しがたいと明白に嫌悪する自分がいた。

「ディケ、どうした? なにを考えている?」
「あっ…」

 ぴったりと密着されて耳元で口説くように囁かれて、ハァアと悩ましげな吐息が漏れそうになる。
 グッと唇を噛みしめて堪えた。

(まずい…この流れは…まずい…)

 刺激に弱い体質なのだろうか。
 それとも本当は人肌を欲していたのか。
 さざ波が立つようにぞわぞわと身の内を荒立て、浸食してくるのは性交への誘いだ。
 これがその気になったアルファの威力なのだろか。
 抱かれたいと無性に情欲が湧いてくる。
 そう、この男を、このアルファの男を相手にした場合、自分は間違いなく抱かれる側なのだ。
 その紛れもない性的力関係を、布越しに感じる相手の熱がどうしようもなく知らしめてくるのだ。
 覆ることのない圧倒的な雄性の違いを。

「こ、困る…まだ…」

 言葉にしながら相手を押しのけて背中を向けて、まだってなんだと自らの心に投げかけた。
 それでは、いつかはいいと言っているようなものだ。
 恥ずかしさに顔が熱くなる。
 ドクドクと乱れる胸の動悸を押さえこもうと瞳を閉じれば、フッと背後で笑う気配がした。

「好意を持ってくれている…もう少し時間がたてば受け入れてくれる…そう理解していいんだな?」

 嬉しさを隠しきれないような声で告げられ、後ろの髪を優しく何度かかれる。
 身を縮ませていると持ち上げられて、そっと口づけられた。

「よく寝られるように今日も香を焚こう…少しずつ…少しずつわからせていく」

 言い聞かせるような声音にどこか違和感を覚えて、わずかに首を傾げた。
 手を伸ばすような気配がしてパサリと毛布クヴェルタを掛けられた。
 間を明かずに甘ったるい匂いが鼻孔に入り、ふわぁと意識が遠ざかる。

「君が欲しい…」

 灯りが消された暗闇の中でボソリと低く呟く声がした。

「君の全てが……×××…」

 なんだろうと。
 そのよく聞こえなかった独白を最後に深い眠りへと落ちていった。
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