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10:ハデスの神殿と揺るがない求愛と
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すかさず膝から降りようとした動きは、大きな手によって阻まれて。幅広の豪華な長椅子の上で中途半端な形となって身体がズレる。
「あっ・・・」
脚だけを相手の身体にのせた不安定な体勢になったというのに、それでもしっかりと上半身は抱えられたままで。
「アトラス、もう、離せ・・・」
これ以上は密着はしたくないと。身じろいだものの、もう離さないとばかりに、ギュッと腕に力をこめられた。
「あっ・・・ちょっ・・・アトラス・・・」
だが、困惑を覚えながらも、有無も言わさない意思の強さにそれ以上は抗わずに。ひとまずはその腕に身を委ねたまま、スーッと鼻から外気を吸いこんだ。
(あぁ、なんて気持ちいい・・・)
アトラスの気と同時に、その場に感じるのは。奥に見える果樹園からも合わせて流れこんでくる、聖域に生える植物の香しくて清涼な気だ。
(すごく・・・癒やされる・・・)
手足の先まで行き渡るような感覚を一時の間、しっかりと噛みしめてから目を開けた。
ザザザザッ・・・ザァァーーッ・・・・・・ザァァーーッ・・・・・・
真ん中の一際高く上がる水柱と、まるで母親にでもまとわりつく子供のように、その周りを囲む小さな水流の。
星空に向かって勢いよく噴き上がっては流れ落ちる様子をじっと見つめながら。自分はこういった穏やかで優しい時間がとても好きなのだと深く感じ入る。
安らいだ時間がゆるゆると流れ、しばらくして、アトラスが口を開いた。
「テセウス、お前は移動中の獣車の中で、ペルセウスという名の者を知っているかとオレに聞いたな?」
「えっ・・・」
唐突にも思えた問いかけに、戸惑いながらも小さく頷く。ミノタウロスの迷宮に向かう道中で、グライアイの三姉妹の霊託の内容をアトラスに告げて、教えたのだ。
「オレはその時、どこのペルセウスだと尋ねた。それに対して、お前は自分の瞳と髪に似た色を持つペルセウスだとしかわからないと答えた」
告げられた言葉に今度は強く頷く。そうだ、その通りだ。老婆たちが自分の容姿を見て、ペルセウスだと言ったのだから、そう伝えたのだ。
そして、あの時。アトラスの「どこの」という言葉に、確かにと思ったのだ。ペルセウスなんて名前はどこにだっているだろうと。
「あれから、お前はそのペルセウスたる記憶をなにか思い出したか?」
「えっ・・・」
「身に覚えはあるのか? ペルセウスという男だった・・・」
「いや、それは・・・それは・・・ないけど・・・」
そうだ。その後、幾度となくその名を自問自答しても、全くと言っていいほど何も思い付かないのだ。ただ、意味のわからない夢を見ているだけで。
「記憶はないんだな? なにか他に変わったことはあるか?」
その問いかけは心配しているようにも、探っているようにも聞こえる。夢の内容については、あまりにも現実味がないように感じられて、アトラスには話していない。
(どうしよう・・・)
伝えるべきか否かと逡巡しながらも、口からは自然と「特に・・・ない」と答えていた。
「そうか・・・テセウス」
噴水を見つめていた青紫色の瞳が視線を合わせてきた。
「あっ・・・」
脚だけを相手の身体にのせた不安定な体勢になったというのに、それでもしっかりと上半身は抱えられたままで。
「アトラス、もう、離せ・・・」
これ以上は密着はしたくないと。身じろいだものの、もう離さないとばかりに、ギュッと腕に力をこめられた。
「あっ・・・ちょっ・・・アトラス・・・」
だが、困惑を覚えながらも、有無も言わさない意思の強さにそれ以上は抗わずに。ひとまずはその腕に身を委ねたまま、スーッと鼻から外気を吸いこんだ。
(あぁ、なんて気持ちいい・・・)
アトラスの気と同時に、その場に感じるのは。奥に見える果樹園からも合わせて流れこんでくる、聖域に生える植物の香しくて清涼な気だ。
(すごく・・・癒やされる・・・)
手足の先まで行き渡るような感覚を一時の間、しっかりと噛みしめてから目を開けた。
ザザザザッ・・・ザァァーーッ・・・・・・ザァァーーッ・・・・・・
真ん中の一際高く上がる水柱と、まるで母親にでもまとわりつく子供のように、その周りを囲む小さな水流の。
星空に向かって勢いよく噴き上がっては流れ落ちる様子をじっと見つめながら。自分はこういった穏やかで優しい時間がとても好きなのだと深く感じ入る。
安らいだ時間がゆるゆると流れ、しばらくして、アトラスが口を開いた。
「テセウス、お前は移動中の獣車の中で、ペルセウスという名の者を知っているかとオレに聞いたな?」
「えっ・・・」
唐突にも思えた問いかけに、戸惑いながらも小さく頷く。ミノタウロスの迷宮に向かう道中で、グライアイの三姉妹の霊託の内容をアトラスに告げて、教えたのだ。
「オレはその時、どこのペルセウスだと尋ねた。それに対して、お前は自分の瞳と髪に似た色を持つペルセウスだとしかわからないと答えた」
告げられた言葉に今度は強く頷く。そうだ、その通りだ。老婆たちが自分の容姿を見て、ペルセウスだと言ったのだから、そう伝えたのだ。
そして、あの時。アトラスの「どこの」という言葉に、確かにと思ったのだ。ペルセウスなんて名前はどこにだっているだろうと。
「あれから、お前はそのペルセウスたる記憶をなにか思い出したか?」
「えっ・・・」
「身に覚えはあるのか? ペルセウスという男だった・・・」
「いや、それは・・・それは・・・ないけど・・・」
そうだ。その後、幾度となくその名を自問自答しても、全くと言っていいほど何も思い付かないのだ。ただ、意味のわからない夢を見ているだけで。
「記憶はないんだな? なにか他に変わったことはあるか?」
その問いかけは心配しているようにも、探っているようにも聞こえる。夢の内容については、あまりにも現実味がないように感じられて、アトラスには話していない。
(どうしよう・・・)
伝えるべきか否かと逡巡しながらも、口からは自然と「特に・・・ない」と答えていた。
「そうか・・・テセウス」
噴水を見つめていた青紫色の瞳が視線を合わせてきた。
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