上 下
37 / 84
3章:捕まっちゃいました~呪われたオメガの王さまmeetsカエルの王さま~

最後のご奉公

しおりを挟む
 トッス、ザックザック、トッス、ザックザック…
 トッス、ザックザック、トッス、ザックザック…

 山麓に畑に朝靄あさもやが立ちこめる中、振り上げた鍬が地面を軽快に掻き上げている。
 朝日が昇るにつれて靄は徐々に徐々にと薄れていき、村の一日が本格的に始まるのだ。
 だが自分の心はこの靄のようには晴れることは決してない。
 なぜなら、これが最後の農作業になるのだから。

(やってしまった…)

 逃げる気はなかったのだ、逃げる気は。
 だが水の中に顔をつけた途端に、習慣的に掻いてしまったのだ、この足で。
 わざとではない、わざとでは。
 それは本能に近い動きだったのだ。
 落ち度があったとしたら、このカエル属性に内蔵されている本能を舐めてかかっていた点だろう。
 とにもかくにも水を掻いたら、最後。
 必然的に大砲の弾のようになって。
 バビューンッと。
 そして進むがままに進み、ようやく速度が落ちて止まった時に、しまったと顔面蒼白になったのだ。
 まずい、戻らなくてはと咄嗟に思った。
 けれども聞こえてしまったのだ、頭上から。

『カァーーッ!!』

 というその声に。
 すぐさま顔を横に向けて片目で空を見上げれば、そこには黒い奴がいる。
 まさか、追いかけてきたというのか。
 まさか、この速度に追いつけたというのか。
 とわかるや否や、カッチーンときた。

(烏ごときが!!)

 あんな奴に負けてたまるもんかと。
 こちとら厳しい農作業で鍛えているんだ。
 カエルもどきだと思って舐めるなよ。
 そうだ、日頃から畑を好き放題に荒らしやがって、このヤローと。
 農民の日常と逃走の今を混同した結果、クルリと身体を回転させた。
 そして、そのまま足で水を掻く。
 バビューンッと大砲仕様となってまた進んだ。

 ところが、減速して水の中でまた反省しながら浮いているとしばらくして『カァーーッ!!』と上で鳴き声がする。

(なんだとぉ!!)

 再び、猛烈にカッチーンときて。
 その結果、どのくらい繰り返しただろうか。

 バビューンッ……カァーーッ!!
 バビューンッ……カァーーッ!!
 バビューンッ……カァーーッ!!

 との壮絶な激戦が繰り広げられた後、勢い余って地上に上ってピョーンッ、ピョーンッ、ピョーンッと。
 無我夢中で跳ねて移動し、気が付けば本土の最北端、島が見える海峡の前に立っていた。

(あぁ…)

 なにやってんだ、自分と冷静になったものの、もうどうしようもなくて。
 たまたま本土から島へと帰る知り合いの舟も目の前にあったものだから、そのまま乗って帰ってきてしまったのだ。
 そして家に入ると倒れるようにして眠りこけ、丸二日が経ち、逃走から三日目の朝となっていた。
 さすがに決心はもう付いている。

(これが終わったら…出頭する)

 村に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
 収穫したにんじんを世話になっている村人に配ってお別れを告げ、隣のモロコーシムーラ州から王都に通達してもらうつもりだ。
 これ以上は逃げはしない。
 いや逃げてはならない。

 トッス、ザックザック、トッス、ザックザック…
 トッス、ザックザック、トッス、ザックザック…

 今やっていることは土起こしだ。
 せめて次に誰かがこの畑で農作物を育てても大丈夫のようにできる限りの準備をしてやりたい。
 それはつまり、今まで実りをもたらしてくれた我が土地への最後のご奉公だ。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

冷淡騎士と悪役令嬢のお兄ちゃんの小話

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:99

勇者のこども

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

異世界でおまけの兄さん自立を目指す

BL / 連載中 24h.ポイント:4,409pt お気に入り:12,522

俺はモブなので。

BL / 連載中 24h.ポイント:2,465pt お気に入り:6,558

大魔法師様は運命の恋人を溺愛中。〜魔法学院編〜

BL / 連載中 24h.ポイント:575pt お気に入り:4,453

【完結】偽りの宿命~運命の番~

BL / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:988

処理中です...