上 下
116 / 384
3 武道大会編

1-4

しおりを挟む
 第一塔の塔長室前に来たはいいものの。

 私を自分のファン扱いする自信過剰な金髪男が、私の目の前に立ちふさがっていた。

 こういうとき、ラウなら物理で退かすんだろうけど。
 さすがに、真似するわけにはいかない。ラウと違って、私、非力だし。

 ここはひとつ、穏便に声をかけよう。

「あのー、そこ、退いてください。中に入るんで」

 さっさと入って、さっさと仕事して、さっさと帰らないと。

 ひょいと避けて通ろうとすると、金髪男は手を広げて邪魔をする。

「ダメだよ。関係者以外、立ち入り禁止だから」

 そして、申し訳なさそうな顔をするだけで、入り口から動こうとしない。

 なんだ、こいつ。

「ごめんね。いくら僕のファンだからって規則は規則なんだよ」

 しまいには、やんわりと私を追い返そうとする。帰っていいなら、帰るけど。

「ぐだぐだ言ってないで、入るぞ」

 そうこうしているうちに、痺れを切らしたラウが正面突破してしまった。

 私だと退かなかったのに、ラウが一睨みするだけで退くって、どういうことよ。

 ラウに連れられ、ちょっとムッとしながら入室すると、元上司の人が声をかけてくる。
 元上司の人っていうのも長いから、塔長と呼ぶことにするか。

「ラウゼルトに、クロエル補佐官」

「これ、壊していいですか?」

 私は後ろからついてきた金髪男を指差した。

 あ、塔長も金髪だったな。
 後ろはザッパリ短くしているから金短髪男? 前髪だけちょっと長くしているから、前長男?

「ダメだから! やっとできた僕の副官だから!」

 慌てたように、早口で言葉を返す塔長。
 私の提案は即、却下された。

 塔長の副官?
 つまり、グリモ補佐官の後任か。

 私はまじまじと金短髪男を視る。

「えーっと、それでだな」

「視れば分かります」

 お返しとばかりに、塔長の言葉をピシャリと遮った。
 塔長に言われるまでもなく、《鑑定眼》は発動済みだ。

 最近は、意識しなくても、鑑定眼でいろいろ視るようになってきた。

 ナルフェブル補佐官たちに、鑑定眼、鑑定眼、言われていた時代が懐かしいな。

 て、懐かしがっている場合じゃないわ。

「デリヴァン・グリモ上級補佐官ですね」

 私は、ムカつく気分を抑え込んで、なるべく冷静に聞こえるよう、低くゆっくりとした声で告げた。

「クロスフィア・クロエル・ドラグニールです。階級は特級補佐官。三月一日付けで第六師団長専属補佐官となりました」

 とりあえず、自己紹介しておく。

「規則のため、第一塔塔長室と双方に所属します。こちらへの出勤は上司同士の話し合いにより、週一日ペースですので。どうぞ、よろしく」

 とりあえず、規則も強調しておく。
 文句あるなら、塔長と規則に言え。

「君が噂の特級補佐官ってことか」

 金短髪男が、それまでの柔和な表情からら、探るような表情へと切り替わった。
 いや、表情こそ柔和さを保ったままだが、眼光が鋭い。
 塔長がたまに見せる目つきによく似ている。

「デリヴァン・グリモだ。グリモ補佐官の後任として、第一塔長付き副官を勤める。こちらこそよろしく」

 差し出してくる手をじっと見つめた。

 これは握手でもするつもりなんだろうか。ラウの目の前で。

 案の定、ラウがグリモ補佐官の手をはたき落とす。

「おい、レクス。なんだ、こいつは」

「グリモの息子だよ。出張から呼び戻したんだ。けっこうデキるし」

「今、俺のフィアに触ろうとしたぞ」

 握手だよ、握手。ただの握手だよ。
 触ろうとした訳ではないのに、ラウの反応の過敏さは相変わらずだ。

 完全に警戒しているし、威嚇もし始めている。

 あ、そうだ。握手といえば。

 この夫は、初対面の私と握手したときに、伴侶の仮契約を勝手にやったんだっけな。
 すべてはあそこから始まったんだ。

 なんだか、言葉では表しきれない気持ちのまま、ラウを落ち着かせるため声をかけた。

「ラウ、大丈夫だから。帰りもよろしくね」

「あぁ、フィア。昼は会議があるからいっしょにいられないのが残念だ」

「また、帰りにね」

 しぶしぶ帰るラウを見送って、自分の机にカバンを置く。
 久しぶりの塔長室、久しぶりの自分の机。

 とはいっても、私物はぜんぶ、ラウの執務室に移動済みなので、ここには何も残っていない。

 ガランとした机に向かいながら、仕事の準備を始めると、グリモ補佐官がまた声をかけてきた。

「へー。君、上位竜種を完全に手懐けてるんだね」

 こいつ、ほんとにイラッとするんだけど。

「手懐けるって。ラウはペットじゃなくて、夫だから」

 うん、夫の前は熊だったけどね。今も熊みたいでかわいいところはあるけどね。

「似たようなものでしょ」

 はぁあ?!

 ぜんぜん似てないし!

「塔長。これ、壊していいですよね?」

「おー、クロエル補佐官が僕を塔長呼び!」

 相変わらず、部屋の奥でイスにふんぞり返って机に向かっている塔長。

 ふんぞり返りながら、塔長呼びに感動して喜ぶ姿は、ちょっとおもしろいものがある。

「塔長、喜んでいる場合ではありません。グリモ補佐官が壊されますよ」

 フィールズ補佐官に指摘され、ようやく我に返る塔長。

「あー、クロエル補佐官。人も物もやたらと壊すな。性格はあれだけど、グリモ補佐官は優秀な人材なんだ」

「えー。この人、なんか、イラッとするんだけど」

「まぁまぁ、クロエルさん。これでも、優秀なんだからぁ」

 フィールズ補佐官にマル姉さんまでもが、グリモ補佐官を庇い始めた。

 ようやく決まった副官なのは分かるけど、ムカつく性格は直した方が世のため人のためになると思う。

「大丈夫ですよ。壊れても、私、直せるんで」

 ふっ。

「ひぃぃぃ」

 ナルフェブル補佐官を壊そうとしているわけじゃないから。そこで悲鳴をあげないでもらいたい。

「いやいやいや、それでだな、クロエル補佐官が来てくれたところでだ、あれがあるんだよ、あれが!」

「あれ?」

「そうでしたね、あれがありましたね、あれ」

「そうだったわぁ、あれよあれ!」

「あれがあったな! あれ!」

「だから、あれって?」

「「護符の鑑定!」」

 皆の声がひとつになった。

 皆の心もひとつになっているような気がするけど。私の気を逸らそうとしている訳ではないと思いたい。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺、悪役騎士団長に転生する。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:12,454pt お気に入り:2,506

女装転移者と巻き込まれバツイチの日記。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:24

私と運命の番との物語 改稿版

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:196

忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

ミステリー / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:1

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:2,272pt お気に入り:40

役目を終えて現代に戻ってきた聖女の同窓会

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,458pt お気に入り:78

完結 師匠の魔法使いを孕ませたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:117

処理中です...