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6 討伐大会編
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「ナールーフェーブールー」
「ひぃぃぃぃぃぃ。圧が」
連れてこられたとたんに、首元を締め上げられるナルフェブル補佐官。いつも以上に顔が青くなる。
「待って、ラウ。ナルフェブル補佐官が死んじゃう」
「魔種がこのくらいで簡単に死ぬか」
そうだった。ナルフェブル補佐官は魔種だった。下位とはいえ腐っても魔種。普通種に比べると、頑強さが桁違い。
のはずなのに、簡単にラウに振り回されてボロボロになってるよな。
「あー、なるほど?」
「そこで納得しないでくれ!」
ナルフェブル補佐官がボロボロ過ぎて、大袈裟に必死感を出しているのか、本当に必死なのかが、ちょっと分からない。
「だって、魔種の普通って知らないし」
「君には鑑定眼があるだろ!」
「お前の弟が、俺のフィアに求婚しやがったぞ! どういう教育してるんだ!」
鑑定眼では本当に必死に視えるナルフェブル補佐官を、さらに、ラウが締め上げた。あれ以上はヤバい。
ラウの両腕を掴んで宥めると、少し、締め上げがゆるくなり、ナルフェブル補佐官の顔色も徐々に良くなってきた。
それでも顔が青いのは、別のことが原因のようだ。
「お、お、お、弟?!」
「あれだ、あれ! 黒魔はお前の弟だろうが!」
ナルフェブル補佐官の目が一瞬泳ぎ、そして、ラウが指さす方を見る。
そこには、ナルフェブル補佐官に何の興味も示さない、イリニの姿があった。
「イリニ? イリニなのか?」
「なんだ、生きてたのか、ヒエロ兄さん」
ラウに締め上げられた状態で、イリニの方に手を差しのべるナルフェブル補佐官。
対してイリニの方は、そんなナルフェブル補佐官をつまらなさそうに眺めるだけだった。助けようという気はなさそう。
「イリニが黒魔って。どうしてお前が。メロエは? メロエが家長になったんじゃないのか?」
「メロエ兄さん程度じゃ、家長にもなれないさ。見る目、なさ過ぎだろ」
「だって、メロエは中位……」
「あぁ、ただの中位魔種さ」
ナルフェブル補佐官の話をイリニが遮った。
話から推測するに、ナルフェブル補佐官には、年齢順に中位魔種のメロエと上位魔種のイリニという弟がいる、ということ。
「今の俺は、上位魔種の黒魔。そしてナルフェブル家門のトップで、フェブキアの州王だよ」
「嘘だろ」
イリニに向けて伸ばした手が、がくんと落ちた。
「ヒエロ兄さんは身の程をわきまえてるから、大好きだよ。それに引き替え、メロエ兄さんときたら」
イリニの目が仄暗く光る。
ラウと同色なのに、こんなにも印象が違うのか。私は改めて、イリニの黒い瞳を不気味に感じた。
「そ、それより、イリニがクロエル補佐官に求婚したって、どういうことだ?!」
「気にいったから、連れて帰ろうと思っただけだ」
「イリニ、クロエル補佐官は既婚者だ」
「それがどうした? 強い者がすべてを得る。自然の摂理にも社会の規律にも反してないよ、ヒエロ兄さん」
そういって不敵に笑うイリニの姿は、間違いなく、強者のものだった。
「上位魔種って、皆、あんななの?」
傲岸不遜。
イリニはまさしく、この言葉がよく似合うと思う。
謙虚さの欠片もなく、横柄な態度と言動で周りを威圧する。
これができるのも、自分に絶対の自信があるからこそ。
「エルメンティアには魔種に関する資料が少ないので、正直なところ、あたくしも詳しくありませんわ!」
「ルミアーナさんもよく知らないんだ」
ルミアーナさんが知らないなら、後はテラに聞くしかないかな。と思った私の前にさっと本が差し出された。
「ええ! ルミ印に書いた程度ですわ!」
「十分、詳細だよね、この本」
ザイオン連合国についてまとめられた本のようで、魔種について書かれたページもある。今夜にでも目を通しておこう。
「あら? クロスフィアさんのお役に立ちましたでしょうか?」
「うん、ばっちりだよ。さすが、ルミアーナさん。さすが、ルミ印」
私とルミアーナさんがやり取りしている間も、ラウとイリニは険悪な雰囲気を漂わせたままだった。
ナルフェブル補佐官を挟んで、にらみ合っている。
二人に挟まれたナルフェブル補佐官の顔色は、青を通り越して、すっかり白くなっていた。
「そもそもだな。出会ったその日に求婚だなんて、おかしいだろ」
「何を言ってるんだ、お前。気にいったら即行動は基本だろうに」
珍しくまともなことを言うラウに、平気でとんでもないことを言い返すイリニ。
「俺だって、フィアに求婚したのは二度目に会ったときだったぞ!」
あー、そうだった。
会って二回目、しかも眠くて意識が朦朧とした状態のときだった。
ちょっと頭がズキズキする。
「大差ありませんよね、師団長」
「初めての日と二度目の日では、ぜんぜん違うぞ!」
いつの間にか、ドラグゼルンさんやデルストームさんといった竜種も、ラウたちの会話に加わっていた。
会って二度目の日に、伴侶の本契約をしたのは間違いない。でも確か、伴侶の仮契約は…………
「師団長は、出会ったその場で伴侶の仮契約を勝手にやったんじゃなかったか?」
「マジですか。やりますね、師団長」
「は? なんですか、その話は」
「おい、なんだその話は。俺よりお前の方がおかしいだろ!」
うん、仮契約は出会ったその日にやっちゃってた。私の知らない間に。
イリニと変わらないどころか、イリニのさらに上をいく。
概ね、ラウの行動は竜種には好評で、イリニやジンクレストには不評。評価が真っ二つとなった。
「あれは竜種の本能だ。竜種は本能で生きる存在だからな。伴侶捕獲を完璧なものにするために、本能が俺を動かしたんだ」
「格好良く言ってるだけで、言ってる内容はクズってますからね、師団長」
「竜種の存在そのものがクズだろ、それ」
ラウはラウで、周りの評価はまるっと無視して、クズなことを堂々と言い切る。
もはや収拾はつきそうもない。
「何がクズだ。社会的に囲い込んで、物理的に捕まえて、身体の距離を縮めてから、最後に心の距離を縮める。これが竜種の基本だぞ」
「何が基本だ、このクズ。その点、魔種は理性で生きる存在。伴侶だって合法的に自分のものにするのが魔種さ」
クズの連呼が止まらなくなってきた。
「フィアはすでに俺と結婚しているんだ。お前に勝ち目なんて微塵もないぞ」
「結婚なんてただの契約だろ。契約の破棄なんていくらでもできるし、書類の偽造も自由自在だしな」
「偽造のどこが合法だよ。お前の方がクズだろうが、この犯罪者」
そしてついには、犯罪まがいの言葉も飛び出す。
「クロスフィアさんも人気者ですわね!」
「あれを見て、そう思えるルミアーナさんが羨ましい」
とくにそのぶっとい神経が。
私は本気でそう思ったのだった。
「ひぃぃぃぃぃぃ。圧が」
連れてこられたとたんに、首元を締め上げられるナルフェブル補佐官。いつも以上に顔が青くなる。
「待って、ラウ。ナルフェブル補佐官が死んじゃう」
「魔種がこのくらいで簡単に死ぬか」
そうだった。ナルフェブル補佐官は魔種だった。下位とはいえ腐っても魔種。普通種に比べると、頑強さが桁違い。
のはずなのに、簡単にラウに振り回されてボロボロになってるよな。
「あー、なるほど?」
「そこで納得しないでくれ!」
ナルフェブル補佐官がボロボロ過ぎて、大袈裟に必死感を出しているのか、本当に必死なのかが、ちょっと分からない。
「だって、魔種の普通って知らないし」
「君には鑑定眼があるだろ!」
「お前の弟が、俺のフィアに求婚しやがったぞ! どういう教育してるんだ!」
鑑定眼では本当に必死に視えるナルフェブル補佐官を、さらに、ラウが締め上げた。あれ以上はヤバい。
ラウの両腕を掴んで宥めると、少し、締め上げがゆるくなり、ナルフェブル補佐官の顔色も徐々に良くなってきた。
それでも顔が青いのは、別のことが原因のようだ。
「お、お、お、弟?!」
「あれだ、あれ! 黒魔はお前の弟だろうが!」
ナルフェブル補佐官の目が一瞬泳ぎ、そして、ラウが指さす方を見る。
そこには、ナルフェブル補佐官に何の興味も示さない、イリニの姿があった。
「イリニ? イリニなのか?」
「なんだ、生きてたのか、ヒエロ兄さん」
ラウに締め上げられた状態で、イリニの方に手を差しのべるナルフェブル補佐官。
対してイリニの方は、そんなナルフェブル補佐官をつまらなさそうに眺めるだけだった。助けようという気はなさそう。
「イリニが黒魔って。どうしてお前が。メロエは? メロエが家長になったんじゃないのか?」
「メロエ兄さん程度じゃ、家長にもなれないさ。見る目、なさ過ぎだろ」
「だって、メロエは中位……」
「あぁ、ただの中位魔種さ」
ナルフェブル補佐官の話をイリニが遮った。
話から推測するに、ナルフェブル補佐官には、年齢順に中位魔種のメロエと上位魔種のイリニという弟がいる、ということ。
「今の俺は、上位魔種の黒魔。そしてナルフェブル家門のトップで、フェブキアの州王だよ」
「嘘だろ」
イリニに向けて伸ばした手が、がくんと落ちた。
「ヒエロ兄さんは身の程をわきまえてるから、大好きだよ。それに引き替え、メロエ兄さんときたら」
イリニの目が仄暗く光る。
ラウと同色なのに、こんなにも印象が違うのか。私は改めて、イリニの黒い瞳を不気味に感じた。
「そ、それより、イリニがクロエル補佐官に求婚したって、どういうことだ?!」
「気にいったから、連れて帰ろうと思っただけだ」
「イリニ、クロエル補佐官は既婚者だ」
「それがどうした? 強い者がすべてを得る。自然の摂理にも社会の規律にも反してないよ、ヒエロ兄さん」
そういって不敵に笑うイリニの姿は、間違いなく、強者のものだった。
「上位魔種って、皆、あんななの?」
傲岸不遜。
イリニはまさしく、この言葉がよく似合うと思う。
謙虚さの欠片もなく、横柄な態度と言動で周りを威圧する。
これができるのも、自分に絶対の自信があるからこそ。
「エルメンティアには魔種に関する資料が少ないので、正直なところ、あたくしも詳しくありませんわ!」
「ルミアーナさんもよく知らないんだ」
ルミアーナさんが知らないなら、後はテラに聞くしかないかな。と思った私の前にさっと本が差し出された。
「ええ! ルミ印に書いた程度ですわ!」
「十分、詳細だよね、この本」
ザイオン連合国についてまとめられた本のようで、魔種について書かれたページもある。今夜にでも目を通しておこう。
「あら? クロスフィアさんのお役に立ちましたでしょうか?」
「うん、ばっちりだよ。さすが、ルミアーナさん。さすが、ルミ印」
私とルミアーナさんがやり取りしている間も、ラウとイリニは険悪な雰囲気を漂わせたままだった。
ナルフェブル補佐官を挟んで、にらみ合っている。
二人に挟まれたナルフェブル補佐官の顔色は、青を通り越して、すっかり白くなっていた。
「そもそもだな。出会ったその日に求婚だなんて、おかしいだろ」
「何を言ってるんだ、お前。気にいったら即行動は基本だろうに」
珍しくまともなことを言うラウに、平気でとんでもないことを言い返すイリニ。
「俺だって、フィアに求婚したのは二度目に会ったときだったぞ!」
あー、そうだった。
会って二回目、しかも眠くて意識が朦朧とした状態のときだった。
ちょっと頭がズキズキする。
「大差ありませんよね、師団長」
「初めての日と二度目の日では、ぜんぜん違うぞ!」
いつの間にか、ドラグゼルンさんやデルストームさんといった竜種も、ラウたちの会話に加わっていた。
会って二度目の日に、伴侶の本契約をしたのは間違いない。でも確か、伴侶の仮契約は…………
「師団長は、出会ったその場で伴侶の仮契約を勝手にやったんじゃなかったか?」
「マジですか。やりますね、師団長」
「は? なんですか、その話は」
「おい、なんだその話は。俺よりお前の方がおかしいだろ!」
うん、仮契約は出会ったその日にやっちゃってた。私の知らない間に。
イリニと変わらないどころか、イリニのさらに上をいく。
概ね、ラウの行動は竜種には好評で、イリニやジンクレストには不評。評価が真っ二つとなった。
「あれは竜種の本能だ。竜種は本能で生きる存在だからな。伴侶捕獲を完璧なものにするために、本能が俺を動かしたんだ」
「格好良く言ってるだけで、言ってる内容はクズってますからね、師団長」
「竜種の存在そのものがクズだろ、それ」
ラウはラウで、周りの評価はまるっと無視して、クズなことを堂々と言い切る。
もはや収拾はつきそうもない。
「何がクズだ。社会的に囲い込んで、物理的に捕まえて、身体の距離を縮めてから、最後に心の距離を縮める。これが竜種の基本だぞ」
「何が基本だ、このクズ。その点、魔種は理性で生きる存在。伴侶だって合法的に自分のものにするのが魔種さ」
クズの連呼が止まらなくなってきた。
「フィアはすでに俺と結婚しているんだ。お前に勝ち目なんて微塵もないぞ」
「結婚なんてただの契約だろ。契約の破棄なんていくらでもできるし、書類の偽造も自由自在だしな」
「偽造のどこが合法だよ。お前の方がクズだろうが、この犯罪者」
そしてついには、犯罪まがいの言葉も飛び出す。
「クロスフィアさんも人気者ですわね!」
「あれを見て、そう思えるルミアーナさんが羨ましい」
とくにそのぶっとい神経が。
私は本気でそう思ったのだった。
応援ありがとうございます!
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