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攻略レベル1「幼馴染」V
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「つまり、お前は脅されて奴の女になっていたと?」
ハデスは地上に降りる立つと、桜坂綾乃と対峙していた。
「は、はい」
突如として現れた謎のキザ男に動揺するも、近くに山崎がいるからか落ち着いて俺と対面している。
「真也君がインフルエンザで学校を休んだ時の日のです。いつも一緒の真也君がいなかったのでその日は私1人で放課後に下校したんです」
山崎に目をやると、一度頷いて彼女の言葉の信憑性を証明した。
「その時帰りの通学路で出会ったの‥‥あの人に」
「それが伊藤弘樹、だな?」
「彼だけじゃじゃないんです。名前は知らないけど、同じ学校の生徒を数十人引き連れて私を取り囲んできました」
「それは同じ学校の生徒ということか?」
「間違い、ない、と思います」
「なるほど。つまりこれは単独での犯行ではない、ということか‥‥」
なにこれ?なんか刑事ドラマっぽい!!
「あの‥‥話続けても大丈夫ですか?」
顎を撫で、ニヤニヤと表情を浮かべていた俺は彼女の一声ですぐさま表情の綻びを引き締めた。
ただこの時ハデスには、言葉に変え難い違和感を胸に抱く。
「いや、これ以上の話は無用だ。今ので大体今回の事件の素性は理解できた」
「えっ?」
「い、今のでですか?まだ僕は綾乃が狙われた理由も、どんなことをされたのかも聞いてないのでわからないんですけど‥‥‥」
「私はこの世界全てを知る存在ハデス。これしきの理など容易いものよ」
高らかに俺はそう告げると、指を鳴らして闇の力を行使した。
「聞こえるか死神」
————そろそろだと思っていたぞ京太。いや、混沌の破壊者ハデスよ。
「建前はいい。さっさと始めろ」
————ならば選べ。今の貴様が我に捧げられる生贄を。
「5年だ。5年分の寿命を与えてやる。」
————ほぅ?よかろう。これより貴様に与えるのはdpでは交換できない。人間の叡智《えいち》を超えた能力。名を”透写”、この世に蔓延《はびこ》る悪魔の中でもその力を使えるのは貴様だけだ。仕組みや効果は行使してから自身で理解するといい。
全身に電気が走ったような激痛が走ると、ハデスは現実に意識を覚醒させた。
「———あ、あのハデスさん?大丈夫ですか?やっぱり一から彼女に話して貰ったほうが‥‥」
頭に響く頭痛を抑えながら俺は片手で制して、山﨑の口を抑えた。
「桜坂綾乃—————お前という存在。透写させて貰うぞ」
透き通った黒瞳を捉えると、彼女の全てを理解する。
たった今、俺の脳内は桜坂綾乃と完全にリンクした。
「山崎真也、お前が学校を休んだあの日。桜坂綾乃は伊藤弘樹と出会い、強く腕を掴み上げると近くの公園に移動した。目に見えたのは黄色いベンチ、そこに座ると伊藤はお前に囁いた。”俺の女になれ、もし断るのならお前の彼氏、山崎真也を社会的に殺してやる”とな」
人が変わったようにスラスラと事件の本末を語り始めたハデスを、2人は目を見開きながらその話を聞いていた。
「ど、どうして?どうして貴方がそれを‥‥?」
「綾乃!ハデスさんが言ってたのは本当なのか!?」
桜坂は苦汁を舐めたように表情を歪めていた。
「貴様が言っていた数十人の男などどこにも居なかった。つまり貴様は虚言を吐いたと言うことになる」
えーなんだよー!?ドラマとか一回でも浮かれた俺が馬鹿みたいじゃねぇか!
「どうして綾乃?どうして僕に嘘を————ハデスさん!!」
「それは彼女が、桜坂綾乃が————」
「もういいです」
意を決して彼女はその場に立ち上がると、先ほど見せた虚な瞳を彼氏に見せた。
「言われてたのよアイツに。もし私たちの関係を断った時、第三者に伊藤弘樹との関係を疑われたらこう言えばいいって」
「それは‥‥‥どうして?」
山崎はフツフツと滾る怒りを抑えながら桜坂に尋ねた。
「恐らく伊藤弘樹はそうやってやり過ごしてきたのだろう。寝取られた女と付き合っていた男の矛先が奴だけに向かないように。己の力だけではその大きすぎる勢力に報復できないと絶望させることで、アイツは同じ手口を何度も繰り返しているのだろう」
「驚いた。本当に何もかもお見通しなのね。その通りよ、私はアイツが何十人も女を抱えていたことは知ってた。だからこそその話をされた時も対して驚かなかったし、抵抗もしなかった」
淡々と推理を述べるハデスに向かってフフッと含み笑うと、苦笑いしながら彼女は答えた。
「いやいやおかしいって!綾乃お前‥‥‥伊藤が他の女抱いてんのにどうしてそんな冷静で居られるんだよ!それに社会的に殺すって、何で僕に一度も相談してくれなかったんだよ!!」
張り詰めていた思いの丈が怒りの感情となって解き放たれる。対して彼女は瞼を閉じて彼の怒りを沈黙で受けていた。
「どうせ君は伊藤君とヤるのが気持ちよくて僕に相談してくれなかったんだろ?だから今日もこうしてホテル街に————————「それ以上口を開くな」
まさかハデスに口を挟まれるとは思わず、山崎はその場に尻込みしてしまった。
「己の想像を一人歩きさせ、自己完結しようとする男ほど惨たらしいものはない。それよりも、今俺が止めずに台本にないセリフを読み上げていたら貴様の向かうエンディングの先はBAD ENDになっていた」
「ど、どういうことですか?」
「彼女は、桜坂綾乃はその身体を豚に貪られようとも心までは捧げることはなかったということだ。愛する人を、お前を守る為ならな」
俺はその辺にいい電柱を見つけたのでカッコよく見えるように身体を預けながら言葉を紡いだ。するとキメポーズをとる俺のことなど目もくれず、桜坂は山崎に一度頭を下げた。
「貴方に黙っていたことは本当にごめんなさい。少しでも相談した方がよかったって今は後悔してる。でももし私の想定してる最悪な事態が貴方に起きたら、それこそ私は全てを失うことになる。それだけは避けたかったの」
「だからって、それじゃまるで僕のことを信用してないみたいじゃないか!!僕は君に守られるだけの彼氏じゃ———————」
“守られる”その言葉を放った瞬間、山崎は昨日のハデスと視線が交錯した。
‥‥‥そっか。彼女にとって僕は無意識に守られる存在はなっていたんだ。
そういえば僕は今まで一度として彼女のことを助けてあげたことがあっただろうか。幼き頃まで記憶を辿るもどこにも見当たらない。
「互いに見据えていたものが違った。それだけの話だ山崎」
「え?」
「お前は彼女と幸せな高校生活を続けることを望み、ただ愛する彼女として今の桜坂綾乃を見ていた。一方彼女はお前と一生を添い遂げられる将来を見据え、今がどうなろうとも未来でお前と一緒に居られるならと未来の山崎真也を見ていた。お互いを想い合った故に引き起こされた摩擦。それが今回の事件の発端だ」
湿気た空から雨が降り注ぐ。高層建物の影に入っている山﨑はともかく、真上に何も阻害物がない桜坂は一心に雫をその身にし垂らせた。
「その通りだよ真也君。私は将来、貴方と結ばれることをだけをずっと夢見てた。学校でモテはやされるイケメンの同級生も、可愛い後輩にだけ優しくする上部だけの先輩よりも。誰も見ていない廃れた公園で雨の中、風で飛ばされないように自分の傘を差す優しい貴方が好きだった」
彼女は濡れた拳を胸に宿すと、ただ真っ直ぐに彼を見つめた。
「例えば地獄のような辱めを受けたとしても、私は貴方と結ばれたい—————山崎真也君。こんな私を、純潔を汚してしまった私でも愛してくれるなら。この手を取ってください」
辺りが暗くなり、あらゆる建物からピンク色の光が差し込み始めると妖艶な雰囲気が辺りを包み込む。
「—————綾乃、君の手を握ることはできない」
「——————っ」
当然の報いか。私は一番愛していた人を騙しその心を傷つけたのだから。隠し通そうと決意したあの日から私は彼の隣に———————
「今の僕に、君の隣にいられる権利を持っていないから」
「え?」
「ありがとうございましたハデスさん。あとは‥僕だけで大丈夫です」
短い沈黙を重ねると、山崎は俺は一礼し、踵を返した。
「ど、どこに行くの!?」
「ごめん綾乃。いつまでも君に守られる僕でいたくないんだ」
「やだよ!やめてって!貴方は私が守るから!真也君にもしものことがあったら私—————ッ!」
今まで見たことのない何かが、彼の瞳に宿っているのを感じ取ると、いつのまにか逞《たくま》しくなっていた腕を反射的に離してしまった。
「山﨑、伊藤弘樹はここから真っ直ぐ行った所にある赤い看板のレストランにいるぞ。そこでウサギと食事をしている」
「え?ウ、ウサギ!?」
桜坂は今日一番の声を上げると、手前にいた山崎は「了解です」とだけ言い残してホテル街を駆け抜けていった。
「どうして?私が守るって言ってるのに」
「それは現状の関係を続ける。そう言いたいのか?」
顔を暗くし、涙を流す桜坂にハデスが問いかける。
「私はただ近くで彼を守ってあげていたいの。それで真也君がありのままでいてくれるなら、私が苦しむだけで済むならそれが—————」
「一番だと?それは違うな」
重く心に響き渡る声が、桜坂の顔を上げさせた。
「今の関係がベストであると考えるのは自身にとってそれが苦痛になっていないからだろ?」
「どういうことですか?」
今まで温厚だった桜坂が見せたことのない鋭い眼光を向けるも、ハデスの口は塞がらない。
「伊藤弘樹に慰めを受けているうちにお前自身もその行為に快感を覚え始めてきているということだ。学校において強い後ろ盾を持つあの男の側に卒業まで居れば、約束通り山崎は誰にも傷つけられることなく学校を卒業し、さらに自身の欲も満たすことができる。違うか?」
そういう意味では、山崎が言いかけていた言葉も間違っていないといえるな。
桜坂は固唾《かたず》を喉で飲み干すと、音を立てながらハデスの顔を見上げた。それは私の瞳を捉え、まるで素っ裸にされているような錯覚を覚えるほどに。
「貴方は一体なんなの‥‥もういっそ私の頭の中を覗いている。そう言って貰った方が納得できるわ」
「否定しないということはその通りなんだろ?桜坂綾乃」
「‥‥‥えぇ、貴方の言う通りよ。最近アイツとの行為が嫌なものじゃなくなってきてる。それどころか更なる快感を私は求めてる。今日だってゴムなしでヤろうとしてた。今までそんなこと許すなんてあり得なかったのに」
それは山崎には見せなかった弱気。両手で自身を抱きしめるように身体を震わすと、眉間に皺を寄せた。
「それが人間の持つ三大欲求が一つ、性欲だ。目の前の快感を貪る為ならそこには男も女も関係ない。欲求を満たそうと本能が目覚め、人は盲目になる。時には愛する人を忘れてな」
「性欲‥‥‥」
「ただ今のお前は一歩手前に踏みとどまっている状態だ。心から奴に貪られていないなら救いようがある」
「ほんと————ッ!?私、まだどうにかなるの?正直言うと‥‥最近アイツ顔見るだけで下半身が疼《うず》くの、自分でも割り切ってるつもりなんだけどさ‥‥」
顔を熱らせ、身を捩りながら桜坂は答える。
「言っておくが救いようがあると言っただけで重症には変わりはない。それに忘れるなよ?お前はあくまで山崎を守るためにした行動なのだろうが、結果それはあいつの心を踏み躙ったことに変わりはないということをな」
「—————っ」
彼女は無言で唇を噛むと激しい自己嫌悪に襲われ、ピンク色の唇からは赤い血液を垂らした。
「それでも1人で突撃するなんて無茶にもほどがある!彼ロクに人と喧嘩なんてしたことないのに‥‥」
「訂正しろ。これは喧嘩ではなく決闘だ。それに奴が奮起する理由など造作もなく理解できる」
「それは‥‥どうしてなの?」
俺は似合わず頬を緩め、口角を上げると山崎が駆け出した方向に視線を送った。
「男はな、女の前でバカになってもカッコつけたい生き物なんだ。それが愛する人の前なら尚更のこと」
すると桜坂は頬を朱色に染め、明後日の方向を振り向く。
さてと。
聞こえるかウサギ。
————————はい、ハデス様。
これより終末に向かう。速やかに準備に移れ。お前だけの鎮魂歌、しかとこの俺に聞き届けさせよ。
—————ッ!かしこまりましたハデス様!
伊藤弘樹。女の純情を、男の覚悟を馬鹿にしたその代償は高くつくぞ?
ハデスは天に片手を掲げると、世界の全てを闇で飲み込む。
「さて、舞台の幕を引くとしようか———!!」
ハデスは地上に降りる立つと、桜坂綾乃と対峙していた。
「は、はい」
突如として現れた謎のキザ男に動揺するも、近くに山崎がいるからか落ち着いて俺と対面している。
「真也君がインフルエンザで学校を休んだ時の日のです。いつも一緒の真也君がいなかったのでその日は私1人で放課後に下校したんです」
山崎に目をやると、一度頷いて彼女の言葉の信憑性を証明した。
「その時帰りの通学路で出会ったの‥‥あの人に」
「それが伊藤弘樹、だな?」
「彼だけじゃじゃないんです。名前は知らないけど、同じ学校の生徒を数十人引き連れて私を取り囲んできました」
「それは同じ学校の生徒ということか?」
「間違い、ない、と思います」
「なるほど。つまりこれは単独での犯行ではない、ということか‥‥」
なにこれ?なんか刑事ドラマっぽい!!
「あの‥‥話続けても大丈夫ですか?」
顎を撫で、ニヤニヤと表情を浮かべていた俺は彼女の一声ですぐさま表情の綻びを引き締めた。
ただこの時ハデスには、言葉に変え難い違和感を胸に抱く。
「いや、これ以上の話は無用だ。今ので大体今回の事件の素性は理解できた」
「えっ?」
「い、今のでですか?まだ僕は綾乃が狙われた理由も、どんなことをされたのかも聞いてないのでわからないんですけど‥‥‥」
「私はこの世界全てを知る存在ハデス。これしきの理など容易いものよ」
高らかに俺はそう告げると、指を鳴らして闇の力を行使した。
「聞こえるか死神」
————そろそろだと思っていたぞ京太。いや、混沌の破壊者ハデスよ。
「建前はいい。さっさと始めろ」
————ならば選べ。今の貴様が我に捧げられる生贄を。
「5年だ。5年分の寿命を与えてやる。」
————ほぅ?よかろう。これより貴様に与えるのはdpでは交換できない。人間の叡智《えいち》を超えた能力。名を”透写”、この世に蔓延《はびこ》る悪魔の中でもその力を使えるのは貴様だけだ。仕組みや効果は行使してから自身で理解するといい。
全身に電気が走ったような激痛が走ると、ハデスは現実に意識を覚醒させた。
「———あ、あのハデスさん?大丈夫ですか?やっぱり一から彼女に話して貰ったほうが‥‥」
頭に響く頭痛を抑えながら俺は片手で制して、山﨑の口を抑えた。
「桜坂綾乃—————お前という存在。透写させて貰うぞ」
透き通った黒瞳を捉えると、彼女の全てを理解する。
たった今、俺の脳内は桜坂綾乃と完全にリンクした。
「山崎真也、お前が学校を休んだあの日。桜坂綾乃は伊藤弘樹と出会い、強く腕を掴み上げると近くの公園に移動した。目に見えたのは黄色いベンチ、そこに座ると伊藤はお前に囁いた。”俺の女になれ、もし断るのならお前の彼氏、山崎真也を社会的に殺してやる”とな」
人が変わったようにスラスラと事件の本末を語り始めたハデスを、2人は目を見開きながらその話を聞いていた。
「ど、どうして?どうして貴方がそれを‥‥?」
「綾乃!ハデスさんが言ってたのは本当なのか!?」
桜坂は苦汁を舐めたように表情を歪めていた。
「貴様が言っていた数十人の男などどこにも居なかった。つまり貴様は虚言を吐いたと言うことになる」
えーなんだよー!?ドラマとか一回でも浮かれた俺が馬鹿みたいじゃねぇか!
「どうして綾乃?どうして僕に嘘を————ハデスさん!!」
「それは彼女が、桜坂綾乃が————」
「もういいです」
意を決して彼女はその場に立ち上がると、先ほど見せた虚な瞳を彼氏に見せた。
「言われてたのよアイツに。もし私たちの関係を断った時、第三者に伊藤弘樹との関係を疑われたらこう言えばいいって」
「それは‥‥‥どうして?」
山崎はフツフツと滾る怒りを抑えながら桜坂に尋ねた。
「恐らく伊藤弘樹はそうやってやり過ごしてきたのだろう。寝取られた女と付き合っていた男の矛先が奴だけに向かないように。己の力だけではその大きすぎる勢力に報復できないと絶望させることで、アイツは同じ手口を何度も繰り返しているのだろう」
「驚いた。本当に何もかもお見通しなのね。その通りよ、私はアイツが何十人も女を抱えていたことは知ってた。だからこそその話をされた時も対して驚かなかったし、抵抗もしなかった」
淡々と推理を述べるハデスに向かってフフッと含み笑うと、苦笑いしながら彼女は答えた。
「いやいやおかしいって!綾乃お前‥‥‥伊藤が他の女抱いてんのにどうしてそんな冷静で居られるんだよ!それに社会的に殺すって、何で僕に一度も相談してくれなかったんだよ!!」
張り詰めていた思いの丈が怒りの感情となって解き放たれる。対して彼女は瞼を閉じて彼の怒りを沈黙で受けていた。
「どうせ君は伊藤君とヤるのが気持ちよくて僕に相談してくれなかったんだろ?だから今日もこうしてホテル街に————————「それ以上口を開くな」
まさかハデスに口を挟まれるとは思わず、山崎はその場に尻込みしてしまった。
「己の想像を一人歩きさせ、自己完結しようとする男ほど惨たらしいものはない。それよりも、今俺が止めずに台本にないセリフを読み上げていたら貴様の向かうエンディングの先はBAD ENDになっていた」
「ど、どういうことですか?」
「彼女は、桜坂綾乃はその身体を豚に貪られようとも心までは捧げることはなかったということだ。愛する人を、お前を守る為ならな」
俺はその辺にいい電柱を見つけたのでカッコよく見えるように身体を預けながら言葉を紡いだ。するとキメポーズをとる俺のことなど目もくれず、桜坂は山崎に一度頭を下げた。
「貴方に黙っていたことは本当にごめんなさい。少しでも相談した方がよかったって今は後悔してる。でももし私の想定してる最悪な事態が貴方に起きたら、それこそ私は全てを失うことになる。それだけは避けたかったの」
「だからって、それじゃまるで僕のことを信用してないみたいじゃないか!!僕は君に守られるだけの彼氏じゃ———————」
“守られる”その言葉を放った瞬間、山崎は昨日のハデスと視線が交錯した。
‥‥‥そっか。彼女にとって僕は無意識に守られる存在はなっていたんだ。
そういえば僕は今まで一度として彼女のことを助けてあげたことがあっただろうか。幼き頃まで記憶を辿るもどこにも見当たらない。
「互いに見据えていたものが違った。それだけの話だ山崎」
「え?」
「お前は彼女と幸せな高校生活を続けることを望み、ただ愛する彼女として今の桜坂綾乃を見ていた。一方彼女はお前と一生を添い遂げられる将来を見据え、今がどうなろうとも未来でお前と一緒に居られるならと未来の山崎真也を見ていた。お互いを想い合った故に引き起こされた摩擦。それが今回の事件の発端だ」
湿気た空から雨が降り注ぐ。高層建物の影に入っている山﨑はともかく、真上に何も阻害物がない桜坂は一心に雫をその身にし垂らせた。
「その通りだよ真也君。私は将来、貴方と結ばれることをだけをずっと夢見てた。学校でモテはやされるイケメンの同級生も、可愛い後輩にだけ優しくする上部だけの先輩よりも。誰も見ていない廃れた公園で雨の中、風で飛ばされないように自分の傘を差す優しい貴方が好きだった」
彼女は濡れた拳を胸に宿すと、ただ真っ直ぐに彼を見つめた。
「例えば地獄のような辱めを受けたとしても、私は貴方と結ばれたい—————山崎真也君。こんな私を、純潔を汚してしまった私でも愛してくれるなら。この手を取ってください」
辺りが暗くなり、あらゆる建物からピンク色の光が差し込み始めると妖艶な雰囲気が辺りを包み込む。
「—————綾乃、君の手を握ることはできない」
「——————っ」
当然の報いか。私は一番愛していた人を騙しその心を傷つけたのだから。隠し通そうと決意したあの日から私は彼の隣に———————
「今の僕に、君の隣にいられる権利を持っていないから」
「え?」
「ありがとうございましたハデスさん。あとは‥僕だけで大丈夫です」
短い沈黙を重ねると、山崎は俺は一礼し、踵を返した。
「ど、どこに行くの!?」
「ごめん綾乃。いつまでも君に守られる僕でいたくないんだ」
「やだよ!やめてって!貴方は私が守るから!真也君にもしものことがあったら私—————ッ!」
今まで見たことのない何かが、彼の瞳に宿っているのを感じ取ると、いつのまにか逞《たくま》しくなっていた腕を反射的に離してしまった。
「山﨑、伊藤弘樹はここから真っ直ぐ行った所にある赤い看板のレストランにいるぞ。そこでウサギと食事をしている」
「え?ウ、ウサギ!?」
桜坂は今日一番の声を上げると、手前にいた山崎は「了解です」とだけ言い残してホテル街を駆け抜けていった。
「どうして?私が守るって言ってるのに」
「それは現状の関係を続ける。そう言いたいのか?」
顔を暗くし、涙を流す桜坂にハデスが問いかける。
「私はただ近くで彼を守ってあげていたいの。それで真也君がありのままでいてくれるなら、私が苦しむだけで済むならそれが—————」
「一番だと?それは違うな」
重く心に響き渡る声が、桜坂の顔を上げさせた。
「今の関係がベストであると考えるのは自身にとってそれが苦痛になっていないからだろ?」
「どういうことですか?」
今まで温厚だった桜坂が見せたことのない鋭い眼光を向けるも、ハデスの口は塞がらない。
「伊藤弘樹に慰めを受けているうちにお前自身もその行為に快感を覚え始めてきているということだ。学校において強い後ろ盾を持つあの男の側に卒業まで居れば、約束通り山崎は誰にも傷つけられることなく学校を卒業し、さらに自身の欲も満たすことができる。違うか?」
そういう意味では、山崎が言いかけていた言葉も間違っていないといえるな。
桜坂は固唾《かたず》を喉で飲み干すと、音を立てながらハデスの顔を見上げた。それは私の瞳を捉え、まるで素っ裸にされているような錯覚を覚えるほどに。
「貴方は一体なんなの‥‥もういっそ私の頭の中を覗いている。そう言って貰った方が納得できるわ」
「否定しないということはその通りなんだろ?桜坂綾乃」
「‥‥‥えぇ、貴方の言う通りよ。最近アイツとの行為が嫌なものじゃなくなってきてる。それどころか更なる快感を私は求めてる。今日だってゴムなしでヤろうとしてた。今までそんなこと許すなんてあり得なかったのに」
それは山崎には見せなかった弱気。両手で自身を抱きしめるように身体を震わすと、眉間に皺を寄せた。
「それが人間の持つ三大欲求が一つ、性欲だ。目の前の快感を貪る為ならそこには男も女も関係ない。欲求を満たそうと本能が目覚め、人は盲目になる。時には愛する人を忘れてな」
「性欲‥‥‥」
「ただ今のお前は一歩手前に踏みとどまっている状態だ。心から奴に貪られていないなら救いようがある」
「ほんと————ッ!?私、まだどうにかなるの?正直言うと‥‥最近アイツ顔見るだけで下半身が疼《うず》くの、自分でも割り切ってるつもりなんだけどさ‥‥」
顔を熱らせ、身を捩りながら桜坂は答える。
「言っておくが救いようがあると言っただけで重症には変わりはない。それに忘れるなよ?お前はあくまで山崎を守るためにした行動なのだろうが、結果それはあいつの心を踏み躙ったことに変わりはないということをな」
「—————っ」
彼女は無言で唇を噛むと激しい自己嫌悪に襲われ、ピンク色の唇からは赤い血液を垂らした。
「それでも1人で突撃するなんて無茶にもほどがある!彼ロクに人と喧嘩なんてしたことないのに‥‥」
「訂正しろ。これは喧嘩ではなく決闘だ。それに奴が奮起する理由など造作もなく理解できる」
「それは‥‥どうしてなの?」
俺は似合わず頬を緩め、口角を上げると山崎が駆け出した方向に視線を送った。
「男はな、女の前でバカになってもカッコつけたい生き物なんだ。それが愛する人の前なら尚更のこと」
すると桜坂は頬を朱色に染め、明後日の方向を振り向く。
さてと。
聞こえるかウサギ。
————————はい、ハデス様。
これより終末に向かう。速やかに準備に移れ。お前だけの鎮魂歌、しかとこの俺に聞き届けさせよ。
—————ッ!かしこまりましたハデス様!
伊藤弘樹。女の純情を、男の覚悟を馬鹿にしたその代償は高くつくぞ?
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