聖騎士と眠りの魔女 ―ダブルワーク女子は抱き枕の身代わり―

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安眠枕〈碧杖印〉六十三番

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 エステルの母方の一族は古くからこの地に住んでいる。そういう家系にはたいてい魔人の血が混じっているものだ。母方の祖母ミルヤ・キヴァリは先祖返りと評されるほど魔人気質が強く現れている。つまりそのおかげで魔力が高く魔法に通じ、呪具師としてよい仕事ができた。
 何ごとにもよい面とよろしくない面とがあるものだ。
 ミルヤとエステルに強く現れた魔人気質は、口にするのがはばかられるタイミングでくだらない冗談を思いついてしまう悪癖をもたらした。祖母ミルヤはまだいい。小柄で髪もふわふわ、顔立ちもなごやかで勘所かんどころを外した冗談を飛ばしてもかわいらしく見えたものだったけれど、エステルは違う。きりりとしているといえば聞こえはよいが堅苦しい見た目と雰囲気に場違いな空回りジョークはふさわしくない。
 それだけではない。
 エステルには子どものころ、思いついた魔人風ジョークを教えてあげようと意気込んで祖母のもとに向かい、折悪おりあしく居合わせた客の青年を泣かせてしまった苦い思い出がある。繊細そうでまだ年若いとはいえ男性を泣かせたほどのそのジョークがどれだけひどかったのか、まるで覚えていない。が、以来エステルは極力仏頂面を維持し、祖母や事情を知るサーラおばさん以外の人の前でふざけないよう細心の注意を払うようになった。特に真剣みに欠ける印象を与えかねない垂れ目と下睫毛まつげをごまかすために、目も悪くないのに眼鏡をかけている。

――わたしはその垂れ目とくっきりした下睫毛が好きだけどねえ。

 祖母は生前残念そうにしていたが、魔人気質の悪ふざけにへらへらした垂れ目、下睫毛は真面目で堅物の自分に似つかわしくない。エステルはそう考えている。
 しかし、何かと面倒なこの先祖返りの魔人気質が莫迦ばかにできない。
 まず、暗号として有効なんである。
 祖母の生前に〈碧杖印〉シリーズの製作ノートを見せてもらったことがあるというサーラおばさんが

――駄目。まるで分からなかったわ。

 呆れたように首を振っていた。エステルやミルヤほど強く先祖返りしていなくても呪具師として一流の腕を持つ彼女をしてそういわせるのだからよほどである。ノートのところどころに暗号の鍵が書き込まれているのでエステルは何とか解読できるがそれにしてもひどい。どのノートにもくだらない笑い話だのどうしようもないジョークだのがびっしり書き込まれている上に、枕と関係のない、単にそのとき思いついただけの冗談まで載っている。所有者の身体特徴、家族構成や布地の好みといった情報もエステルでなければ読み解けない。濃い魔人気質と呪具師としての腕、双方をあわせ持たなければならないからだ。

 魔人気質で思い浮かぶ空回りジョークはその場の雰囲気を台無しにするだけではない。不眠の呪いを打破するヒントになることがある。
 顧客との面会時にむずっと、むらっとぼろっと心に浮かぶイメージは実にくだらなくどうしようもない冗談のネタなのであるが、どういうわけか相手の心を占める関心事にかかわりがあることが多い。安眠枕を求める客の関心事、つまり不眠に関する何かだ。
 ヴェーメル団長と向き合っていたときむずっと思い浮かんだのは、自分の姿だった。具体的にはお花畑でヴェーメル団長と「待てえ」「つかまえてごらんなさーい」などときゃっきゃうふふするあほっぽい姿だった。
 どういうことだ。
 ただのくだらない冗談なのか。はたまた安眠枕製作のヒントになるイメージだったのか。
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