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シェルバーグ
雑用は人生相談
しおりを挟む買い物中の人や、近くの屋台のおっさんに聞いたりして依頼人の家まで辿り着いた。朝昼晩の3回、6時間おきに鳴らされる鐘の塔がある中央広場を過ぎ、屋台が立ち並ぶ屋台エリアを過ぎ、城壁が見え始める二階建ての閑静な住宅街を過ぎ、城壁に近いスラムとは言えないが似たような平屋の家屋が建ち並ぶ集合団地のような所が依頼人の住む家があるらしい。庭の草が伸びてる家に声をかけては探して四軒目。依頼人を知ってる人がいたので教えてもらい、ようやく着いたはいいけれど、玄関脇の庭は草が生え放題。雨樋はズレてるし、屋根に草が生えている。
扉をノックして声をかけてみる。
「すみませーん。ジョセフさんのお宅ですかー?依頼を受けてきた者でーす」
「はいはーい」
「………。」
「………?」
男性の声で返事はあったがなかなか出て来ない。床がギシギシしているみたいな物音が聞こえる。
「開けてみる?」
「いや、勝手に開けるのはまずいだろ…」
「でも返事あったしいいでしょ」
「ちょっ!」
ユニがドアノブに手をかけようとすると、中からドンッ、と倒れる音と呻き声が聞こえてきたので、急いで中を確認する。
「ユニ!」
「っ!」
返事をする間も惜しんでユニが扉を開くと、中肉中背で頬のコケた白髪混じりの茶髪の男性が壁に手を付きながら立ち上がろうとしていた。
「お父さん、どうしたの?」
奥の部屋から小柄で細い女の子がこちらを覗くと、驚いた表情を浮かべて辿々しくそう言った。女の子がお父さんと呼んだ男性に駆け寄って立ち上がらせようとする。
その男性はゆっくり身体を起こすと女の子に振り返って、身振り手振りを交えながら「心配要らないよ、ほら、どこも痛くない」と言った。女の子の頭を撫でてからこちらを振り向く。
「お見苦しいところをお見せしました。私がジョセフです。この子は私の娘のリーサです」
「……だれ?」
ジョセフさんがオレ達にペコリと頭を下げると、リーサちゃんも頭を下げた。
「オレ達は庭の草むしりの依頼を受けた冒険者だよ」
屈んで目線を合わせながら答えるも、リーサちゃんはきょとんとした顔をして頷いた。ジョセフさんは苦しそうな表情でリーサちゃんを見つめていた。
ひょっとすると…
「ジョセフさん。リーサちゃんは耳が聞こえないんですか?」
「あぁ、そうなんだよ」
オレはジョセフさんから草刈り鎌を借りて庭に出て、一掴み草を刈ってリーサちゃんに見せる。リーサちゃんはニパッと笑った。
「お兄さん、ありがとう」
ジョセフさんは申し訳無さそうな、嬉しそうな顔をして「よろしくお願いします」と言った。
「ジョセフさん、庭の草むしりもなんですけど屋根の修理も依頼されてましたか?」
「はい、実はそうなんです。ご覧の通り、歩くのも大変な始末でして…」
「そうですよね。安心して下さい!そちらも依頼受けてますからやりますよ」
庭の草むしりと屋根の修理の受注票をポーチから取り出して見せる。ジョセフさんは「ありがとうございます」と言ってまた頭を下げた。
屋根の修理の道具は共有して使っているそうで、団地の管理組合の事務所の物置から借りていいとの事。資材も物置の横に積み上げられてる板を使っていいようだ。
道具と板を適当にポーチに入れてジョセフさん宅に戻る。ユニに大きめの馬になってもらうよう頼む。
「ユニが白馬モードになって、オレがそれに跨って屋根に登れば一石二鳥だし、ユニが草食べてくれれば一石三鳥になるだろ?」
「はぁ、聖獣を踏み台にする人なんてアナタが初めてよ」
ユニは呆れながらも拒否はせず、オレを乗せてくれた。雑草食べるのは気にしてないようで、オレが玄関の屋根の修理をしている間に玄関横の草を食んでいた。
「なぁ、修理必要な所の他にも草生えてる所あるから上がりたいんだよね。ちょっと背中踏んで上がってもいいか?」
「ヒヒン、美人を踏み付けるなんて悪い男ね」
「そこはジョセフさん達の為を思って偲んでくれよー」
「そもそも梯子借りたら良かったじゃないの」
「そーなんだけど、あの梯子、足掛けるとこ割れてたし、他のだと縄梯子じゃん。そもそも登ってからじゃないと掛けれないし掛ける所もないし」
「プフーン。ジャンプで屋根まで跳べばいいじゃない」
「いや、出来るわけ無いでしょ!」
「一階の屋根からジャンプ出来るなら一階の屋根にジャンプする事くらい余裕でしょうが。ブルルン」
仲睦まじい二人を、家の中でソワソワしながら覗いてるジョセフとリーサは驚愕していた。そもそも聖女様みたいにキレイで美人なお姉さんのユニがいきなりサラブレッドより大きい白馬になったし、それに鐙も手綱も無しで飛び乗ったイクトの身体能力にもビックリしてしまった。
「ど、ど、どうなってるんだ……」
「お父さん、夢見てるのかな?」
二人して自分の頬をつまんで引っ張るが夢じゃないので痛いだけだ。
お腹が空き始めるより先に屋根の修理が終わり、荒れ放題伸び放題の庭の草もキレイに食べ終わって整えられた。
「ジョセフさん、一通り修理と庭の手入れ終わりましたよ」
「うん、あぁ、そうだね、うん」
白馬がユニに戻ったので、また驚愕して顎が痛くなる程ぽかんとしてしまった。
「受注票にサイン頂けますか?」
「あぁ、そうだね」
ジョセフは慣れた手付きでサインするとイクトに渡す。
そこへリーサちゃんが来て、お腹を手で押さえる。
「お父さん、お腹、空いた」
まだ昼の鐘が鳴るには早いようで、ジョセフさんは困ったように頬を右の人差し指でポリポリかく。しゃがんでリーサちゃんに視線を合わせると、「ご飯を貰ってくるから待ってて欲しい」と身振り手振りで伝えていた。
何回か同じような動きをして、リーサちゃんが頷いたのを確認するとこっちへ振り返った。
「すみません。申し訳無いのですが昼食を貰ってくるのでリーサを見ていてくれませんか?」
本当に申し訳無さそうな表情で、重苦しいオーラを出しながらそうお願いしてくる。
「ジョセフさん、良かったらオレ達の手持ち分けますよ?な、ユニ」
「ブルルッ。今はお腹いっぱいだからいいわよ」
そういえばずっと草食ってたから腹空かないよな。
「そういう訳でお邪魔しますねー」
困惑顔のジョセフさんがゆっくりと家の中を案内してくれて、リビングのイスに座った。
リビングは花瓶とか玩具とか置き物とか全然無くて、テーブルとイス、洋服ダンス、小さな棚といった、生活に必要な最低限暮らす為だけの家具しかなかった。
「キッチンとかトイレとか風呂とか無いんですか?」
質問してから、(野暮だったな)と後悔した。
「ここは貸家だからね。家賃も半年に一度だし、トイレは四つ隣の建物に公衆トイレと言う物があるからね。お風呂なんてとんでもない。雨水を溜めて身体を拭くくらいだよ」
人として最低限どころか飼育された動物よりも最低かもしれない。
ジョセフさんは今は痩せ始めてるけど元々はふくよかだっただろう身体付きをしているし、着ている白のワイシャツと黒のパンツはお店で接客していそうな服だ。リーサちゃんも縒れてはいるけどレースやリボンの付いた薄ピンクのワンピースを着てる。
少し前まで普通に暮らしていた人が、事情があってこんな所に暮らしてるとしか思えない。
元の世界で一人アパート暮らししていた時の方がはるかに快適だったろう。深く踏み込むつもりは無かったけど、二人を見てると、もう知らん顔出来なかった。
「ジョセフさん、いったいお二人に何があったんですか?」
「元は中央寄りの、閑静な住宅街で暮らしていたんだよ。妻とリーサと私の三人で。けど半年前に妻が倒れて、その1ヶ月後には亡くなってしまってね」
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