35 / 42
ダンジョン都市 アビスブルク
瀕死
しおりを挟むダンジョンの中は音も光も無い、真っ暗闇の静寂に支配されていた。昨夜、魔石や鉱石を収集していた時はまだダンジョン内は通路全体に黄色っぽく光が点いていたのだが。
「どうなってんだ…」
ここに来た事があるグウェンダルは意味が分からなかった。肩に乗せていたフクロウも置物に戻ってしまう。それはオフィーリアが得意な精霊魔法が消えた事を意味していた。
「ワッサン、スタンピードの起こったダンジョンってこうなるの?」
「いや、そんなはずは無い。ある日突然魔物が元に戻るらしいが、それまでは魔物のいないダンジョンになるだけだ」
「そうなのか…。ユニは何か分かる?」
「ちょっと待って、ライト!」
ユニは光属性魔法で灯りを出す。しかし、灯ったが直ぐに消えてしまった。ユニは初めての経験にゴリラ顔をしてしまった。暗いので見られていないが。
「こんな事は初めてよ。ここには魔素が無いのかも」
魔素は酸素や二酸化炭素のように空気中にも大地にも含まれる魔力の元になる元素らしい。
ユニの魔法が無ければ松明を準備しなければならない。ダンジョン内は明るいものだと言う前提で来ていたので、グウェンダルは一旦外に出ようと提案するが、ここにはファイヤースターターを持っているイクトがいる。
「あ、それなら火を起こせますよ。それにこんな事もあろうかとオーク帝国で取り壊した廃材貰ってるんですよね」
「オーク帝国!?良く生き残れたな。あれはオークの総数が軽く三千を超えると言うしな」
グウェンダルが言っているのは通常のオーク帝国だが、呪詛の紋様により発生したオーク帝国は規模が小さかった。
長い時間を掛けて進化したオークは仲間を集めて規模を拡大させる。その前に発見されて討伐されるので、オーク帝国に至る事は稀だ。しかし、今回は呪詛の力により急速に勢力を伸ばしていたので、新たにオークが生まれて仲間を増やす前に発見されて討伐されるに至った。死者は出てしまったが、運が良かったと言えるだろう。
「いえ、オレ達が遭遇したのは意図的では無いけど不運が重なって発生したものだったので、五百匹くらいでしたよ」
「そうか、それなら納得だ」
「ええ、強い人達が集まってましたし、ギルドマスターも出撃してくれたのでスムーズに事が運びました」
シェルバーグ冒険者ギルドのギルドマスターは確か、有能なくせに楽をしたがるので有名だったな、と脇にフクロウの置物を抱えて、反対の手でザラつく顎髭をジョリジョリ撫でながら思い出す。
「よくあいつが動いたな」
「え?あぁ、ギルドマスターならご存知ですもんね」
「まあな」
話しながら木材に着火して、ワッサン以外の三人が松明を持つ。フクロウがお荷物だろうとワッサンのポーチにしまった。
しゅっぱーつ!と元気良く掛け声を上げるイクトが先に行こうとしたのをワッサンが引き止め、ダンジョンの入り口に必ずある、階層を移動する為の魔法陣を確認する。
地面に書かれた魔法陣はダンジョンに潜った事がある者の到達階層を読み取り、五階層毎に転移が可能な仕組みだが、全員で魔法陣に乗っても反応しなかった。
「反応無し、か」
「ギルドマスターは何処まで降りたんだ」
「最下層まで行ってるさ。ボスまで攻略済みだ」
「それなら反応しないのは変だな」
腕を組んで黙り込むワッサンとギルドマスターに、焦れったくなったユニが先に歩きだした。
「魔法陣が動かないなら普通に下りればいいでしょ」
ユニの正論に頷いて、恐ろしい程静まり返ったダンジョンを進んで行った。
その静寂を平気で破るのがイクトである。弱い魔力で神眼を発動して、灯りでキラリと光る何かが見えたら魔力を強めて場所や大きさ、種類を把握して採掘をする。状況とか魔法で光が出せなかったなど気にもせず、溢れる魔力を惜しみなく使用して鉱石を採掘していく。地面に松明をぶっ刺して、ガツガツとツルハシを振るう。進み始めてまだ二階層だ。
「んっふっふーん。ふんふんふふん」
イクトが大学生時代に何度も聞いていた曲を鼻歌で歌う。イクト以外は聞いた事も無いリズムと音程なので、ワッサンとギルドマスターは珍妙な曲だなと心で呟き、ユニは言葉にして伝えた。
「聞いた事のない変な曲ね。それもアナタの故郷の曲なの?」
ストーレトに質問してくるユニに、イクトは手を止めて困ったような顔で笑った。
「うん、オレの故郷だと色んなジャンルの曲が流れててさ、誰でも音楽が身近に合ったんだよ」
「そう、陽気な人達だったのね」
この世界での音楽は楽団の生演奏だけ。インターネットやCDと言う記録媒体なんて便利な物は無いから、ファンタジーギャップを感じた。
「それよか早くダンジョンの異変の原因を突き止めようぜ。じゃねえとせっかく入れる様になったのにのんびり進んでたんじゃオフィーリアに申し訳ねぇ」
「イクト、採掘は後でも良いでしょう?先に進みましょう」
「あぁ、ごめん。やってみたかったから、つい」
やってみたいで簡単にツルハシを振るって正確に鉱石を採掘している。百人の炭鉱夫よりもこの男が一人居れば採掘が捗りそうだとグウェンダルは考えていた。領主に進言して依頼でも出させようか。
「ブルルン。依頼を出しても良いけど、ダンジョンの問題が片付いてからにしてね」
「あ、ああ。もちろんだ」
考えを読まれてドキッとしたが、否定されないならそれで良い。
採掘を止めたイクト達は、ワッサンの感覚とジャッジで、真っ直ぐ最下層に降りて行った。
「このダンジョンは何階層まであるの?」
「あー、あんまし大きくねえ。20階層だったかな」
適度な緊張状態を維持しながら坑道型ダンジョンを進んで、懐中時計で確認すると入ってから3時間で最下層のボス部屋の前に着いた。ここまで魔物は一体も現れず、拍子抜けした気分になったが、ここからが本番かもと気合を入れ直す。
グウェンダルが唾を飲んで扉に手を当てる。
「開けるぞ」
ゴゴゴゴゴッ
重そうな摩擦音を立てて、豪華な地獄の門に似た扉を押し開ける。中も暗闇が広がるが、真正面に白くぼんやり光る物がある。
オレは松明を握る手をそっと力ませて奥の光に向かって行った。
「何も居ないわね」
「ここも真っ暗か」
「ボス部屋くらい何かあると思ったんだがな」
真っ暗?何も無い?みんなにはこれが見えないの?
自分だけが見える白い球体に、スッと血の気が引く感じがした。
「え?あれは、何?」
オレの目には部屋の奥の壁に、白っぽくて丸い球体が嵌め込まれているのが見える。
「あれとは何だ?」
「イクトには何か見えているの?」
三人は本当に見えていないようだ。白い球体を指差して伝えるが、三人とも頭に疑問符を浮かべている。
「ほら、奥の壁に、白くて丸い球体が嵌ってるよ。それが光ってて…」
「何だ、それは…?」
ワッサンとグウェンダルは二人揃って顎を撫でて考え込む。そしてユニは、まさか、と退屈そうな表情を驚愕に染めた。
「それは、ダンジョンの核。ダンジョンコアじゃないかしら」
「ダンジョンコア?それって迷信だろ?」
グウェンダルはそんな噂があるのは知っているが、実際に確認された事が無い代物なので、半信半疑どころか九割九分信じていなかった。
ユニは頭を振って、真剣な顔で話し始める。
「いいえ、ダンジョンは魔力の高い地に、最初にダンジョンコアが出来て、それが長い年月を掛けて魔力を吸収して大きくなっていくのよ」
ユニ以外は初耳だったらしい。二人ともまじかと呟いている。もちろんオレも初耳だ。
「大抵は地中深くで発生して、その土地の魔力を吸収して拡大。ある程度階層が作られると入り口が現れるのよ」
「もし、ダンジョンが消えたらどうなるの?」
「内部に人が居る時に消えた話は聞かないけど、生き埋めになるんじゃない?人が訪れないダンジョンや未発見のダンジョンは人知れず消えて行くらしいわ。その時の蓄えてる魔力量でスタンピードの有無が決まるのよ」
「実際に消える所を見た事が無いけど」と付け加える。グウェンダルは話を聞きながらイクトを追い越して、目に見えないが有るのだろうとダンジョンコアに手を伸ばす。
「!!待って!」
「ギルドマスター!」
イクトに後ろから腹に腕を回されて、触れる手前で手を止めたグウェンダルは、好奇心を抑えられなかった自分の心境に戸惑いながらその場から離れた。
「す、すまない……」
「このダンジョンでスタンピードが起きて、ダンジョンコアの蓄えていた魔力が無くなったのなら、今ダンジョンコアは魔力を求めているはずよ」
「魔法が消えたのはダンジョンに吸収されたのか!」
「さ、触ったら…?」
「魔力を奪われて一瞬で死ぬでしょうね」
オレ達は迂闊に近付けなくなった。このままダンジョンが死を迎えて消えれば、オレ達は生き埋めになるかもしれないし、この都市の収益が大幅に落ち込むだろう。既に支障が出ていたが、今後も利益を得られなくなれば冒険者の武器に関しても問題が起きてくる。
ダンジョンを生き長らせるには魔力をダンジョンコアに吸わせれば良い。しかし、死ぬかもしれない。
「それでも、オレなら出来るだろ!」
オレの溢れる魔力。魔力増殖炉ならダンジョンを生き延びさせられるはずだ。
「アナタ!まさか!」
「おい!イクトっ!」
「お前!」
さっき引き止めて助けてくれたイクトを、今度はグウェンダルが止めようとしたが、正確に目に見えているイクトはそれよりも先にダンジョンコアに触れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
218
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる