ことばの繋ぎ手

武内れい

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第三章:ことばの裏側

44、結界の守り手たち(後半)

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 大山先生が結界の重要性を説き終え、静かな空気が書斎に満ちた。子どもたちの瞳はそれぞれに何かを受け取り、心の奥深くに響いていた。やがて、先生は和綴じの帳面をそっと閉じ、机の上に置くと、ゆったりと息を吐いた。

「さあ、実際に結界の言葉を紡ぐことを体験してみようか」
 先生の声は柔らかくも力強く、子どもたちの緊張を少し和らげた。

 こころは手をそっと挙げ、少し震える指先で結界図の隅にある文字を指した。
「この言葉が……結界を支えているんですね?」

 先生は微笑みながら頷いた。
「そうだ。この言葉には古より伝わる霊力が宿り、世界の秩序を繋ぎ止める役割を果たしている。君たちが唱えることで、結界は生き生きと力を取り戻す」

 蒼も息を呑みながら、先生の指示に従ってゆっくりと口を動かし始めた。最初は声が震え、途切れがちだったが、次第にリズムが整い、言葉の重なりが空気を震わせる。

 部屋の中に、かすかにだが確かな振動が伝わり始め、蝋燭の灯りが揺らめいた。みなみが身を乗り出して声を合わせ、春も続いた。叶多の顔には決意が満ちていた。

「結界は言葉の響きから成る。音の波動が目に見えぬ守りの輪郭を描くのだ」

 大山先生の言葉が耳に残る。こころは祖父が祝詞を唱える姿を思い出し、その厳かな調べを心に刻む。今、自分たちもその力の一端を担っていると感じた。

 外の風が窓をそっと撫で、木の葉がかすかに触れ合う音が静かに響いた。街のざわめきが遠ざかり、ここだけが時の流れから切り離されたような静寂に包まれている。

 だが、その静けさの中に、かすかな異変の気配が漂っていた。言葉が結界の命であると同時に、言葉が乱れることで世界の歪みが深まる。大山先生の眉がひそめられた。

「結界は完全ではない。言葉が乱れれば、裂け目は広がり、異界の影が侵入を試みる。君たちがその歪みを正し、守りを固めなければならない」

 子どもたちは互いに視線を交わし、胸の奥で芽生えた使命感が確かに手ごたえとなって伝わった。彼らはまだ幼いが、日常の裏で繰り広げられる見えぬ戦いに巻き込まれ、知らぬ間に守るべき世界の一部となったのだ。

「覚えておくことだ。言葉は力であると同時に責任でもある。軽々しく扱えば、世界を壊す刃にもなり得る」

 先生は静かにそう言い残すと、和ろうそくの火を一つ消した。部屋はさらに薄暗くなり、影がゆらめく。だがその中に、子どもたちの瞳の輝きは確かに映えていた。

「これから先、君たちは多くの困難に直面するだろう。しかし共に歩み、言葉を紡ぎ続ければ、必ず道は開ける」

 こころは小さく頷き、手にした和綴じの帳面を胸に抱いた。蒼は無言でその背中を見つめ、みなみは静かにメモを閉じた。春は決意の表情で拳を握り、叶多はそっと空を見上げた。

 その夜、書斎を包む静寂は、言葉の結界が紡がれた新たな始まりの予感を宿していた。
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