ことばの繋ぎ手

武内れい

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第四章:さけめの中へ

80、夜明けの結界(後半)

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 夜明けが近づき、空はゆるやかに薄
 青から橙色へと色を変え始めた。街の静けさはまだ壊れず、しかし確かに新しい息吹が訪れているのを感じさせた。子どもたちの一人ひとりが、それぞれの場所で結界の最後の仕上げに集中していた。

 神社の境内では、こころが慎重に巻物を巻き直しながら、鈴を軽く振る。鈴の音は澄み渡り、静寂の中で凛と響き渡った。その音は空気を清め、結界の紐を伝わって力を増幅していく。
 こころの頬には薄く汗がにじみ、白い息が冷たい空気に溶けていった。祖父の言葉が胸に蘇る。

「言葉は魂の橋。心を込めて紡げば、世界を繋ぐ力になるのだよ。」

 彼女は小さくうなずき、深呼吸をして目を閉じた。祈りの言葉が口から零れ落ちる。周囲の草木のざわめきが遠のき、鳥居の向こうに見える夜明けの光が徐々に強くなっていく。

 一方、駅のプラットフォームでは蒼が最後の結び目をきつく締め直す。彼の指先は冷たく、だが動きは正確で確かだった。線路の鉄の冷たさが足裏から伝わり、遠くの線路脇に小さな野花が風に揺れているのが見えた。
 夜明けの空に染まり始めた雲の色を見上げると、胸の中に熱いものが込み上げた。

「これで、きっと……大丈夫だ」

 呟いた声はわずかに震えたが、決意は揺るがなかった。彼の周囲に漂う結界の紐は、言葉とともに輝きを増し、裂け目の闇を確実に閉じていく。

 カフェの中、みなみは静かに呪文を唱えながら、テーブルの上の呪文の書かれた紙を見つめる。焙煎されたコーヒーの香りとキャンドルのほのかな炎が室内を暖かく照らしている。
 彼女の指は緊張で少し震えたが、何度も練習した言葉を繰り返し唱え、巻物の紐を結び直す。

「言葉の力は、わたしたちの心が作るもの……」

 呟くたびに、彼女の内面に生まれた責任感と希望が強くなる。外の夜空には星がまだ煌めき、朝の光が徐々に空を染めていく。

 花屋の裏庭では、春が花言葉カードを手に、丁寧に花々を紐で結びつける。夜露が花びらに光を映し、風にのって甘い花の香りが漂う。彼の母親がそっと背中を撫で、励ますような微笑みを見せる。
 その温もりに励まされながら、春は力強く呪文を唱えた。

「花は言葉を超え、命を繋ぐ。どうかこの結界に力を」

 花の色彩が微かに輝き、結界の紐を通じて空間に魔力の波紋が広がっていく。彼の手から伝わる感触は、花の生命そのものを包み込むようであった。

 テーマパークの薄暗い片隅で、叶多は呪文の声を高め、パンフレットをしっかりと握りしめた。夜風に揺れる飾りは微かに音を立て、遠くから機械の静かな稼働音が響く。
 彼は周囲の空気を引き締め、最後の紐を封じるべく結び上げる。

「この街を守るために、言葉の力を繋げ」

 その声は凛とし、深い決意が感じられた。彼の周囲に微かな光の輪が広がり、裂け目の黒い影を追い払うように消え入っていく。

 五つの場所で、五人の子どもたちの声と祈りは見事に一つとなり、結界の紐が夜空を繋いでいった。裂け目はゆっくりと閉ざされ、闇が消え失せると同時に、街には柔らかな朝の光が満ち始めた。

 彼らはお互いのことを遠く感じながらも、同じ使命を果たした仲間としての強い連帯感を胸に秘めていた。疲労はあったが、それ以上に達成感と未来への希望が彼らを包み込んでいた。

 こころは神社の境内で静かに目を開けると、夜明けの光が鈴を揺らし、澄んだ音色を奏でていた。蒼はプラットフォームで深呼吸し、みなみはカフェの窓越しに朝の空を見上げる。
 春は花屋の裏庭で花を見つめ、叶多はパレードルートの暗がりから朝陽を感じていた。

「これが、私たちの始まり……守るという約束の第一歩」

 みなみの声が夜明けの空に溶け、優しく街に広がる。彼らの瞳には、これから訪れる困難を乗り越える強い光が宿っていた。

 そして、まだ静かに眠る街は、穏やかな朝の光に包まれて、新たな一日を迎えたのだった。
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