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第二章:つながりの芽
21、朝露の中の作業(前半)
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畑に向かう道は、朝の光にまだ少し迷っているようだった。
空気は夜の名残をかすかにまとっていて、肌に触れる風がほんの少し冷たい。けれど、歩いていくうちにだんだんと温かくなる気配がある。
空は淡い青と金のグラデーションで、向こうの山の稜線が、柔らかな光のなかに溶けていた。
舗装されていない細道の脇には、朝露を受けた草の葉が並んでいて、歩くたびにそれらが擦れる音が小さく耳に届く。しずくが光を受けて、まるで細かい宝石みたいに瞬いている。
足元の土はまだ夜のしっとりとした湿気を残していて、靴の裏にぺたぺたとやわらかく吸いついてきた。
「おはよー!」
畑の入口に着いた途端、美咲の明るい声が飛んできた。小さく手を振ってくれる彼女は、相変わらず元気そうで、今日は薄いグレーのTシャツに黒のワークパンツ。髪を結ぶゴムが黄色くて、それが朝の光に映えていた。
「おはよう、早いね」
「うん、ちょっと寝坊しかけたけど、朝のこの空気、やっぱ好き~」
そう言いながら、美咲はすでにホースを手に持っていて、水やりを始めていた。私は横目でそれを見ながら、自分のじょうろに井戸水を汲む。ひんやりとした水が金属の底を叩く音が、静かな朝の空気に心地よく響いた。
水やりは、作業のなかでも好きなほうかもしれない。土に水がしみこむ瞬間、ふっと立ちのぼる匂い――湿った土の香りは、生きている何かの匂いがした。
生ぬるくて、少しだけ青くさくて、それでもどこか懐かしい。鼻の奥に残るその香りを吸い込みながら、ひとつずつ、苗の根元に水を注いでいく。
しばらくすると、拓海が遅れてやってきた。黒いキャップを後ろ向きにかぶり、少しだけ眠たそうな目をこすっている。
「おっす……まだ涼しくて助かるな」
「ギリセーフだね。あと10分遅かったら、陽菜ちゃんに代わってもらってたよー?」
「それ言うなら俺が美咲に代わってって言うとこだったし」
拓海は言い返しながらも、笑って水やりの列に加わった。彼が手に持ったじょうろから落ちる水が、朝陽を受けてきらきらと跳ねる。私は黙って作業を続けながら、ふと、自分の口元が緩んでいるのに気づいた。
不思議だった。誰かと話すのは、たいてい気を使うし、どこか距離を測ってしまうのに、ここではその間に畝があって、道具があって、野菜があって、そのすべてが緩やかに人と人の間を繋いでくれる気がする。
「見て、このバジル、めっちゃ元気じゃない?」
美咲の声に振り返ると、彼女が両手を広げるようにして大きな葉を見せてくれた。光沢のある深緑の葉からは、指先が触れただけでふわっとスパイシーな香りが立ちのぼる。
「ほんと。先週はもっと小さかったのに」
「いいねえ、ジェノベーゼ作れるかも」
「……それ、どうやって作るの?」
思わず聞くと、美咲はえっ、知らないの!?という顔をして、ジェスチャー付きでバジルとオリーブオイルとニンニクの説明を始めた。その横で拓海は「またオシャレ路線かよ」とつぶやきながら、ミントの鉢を日陰にずらしていた。
風が、ふっと一吹きした。バジル、ミント、土、草――それらがいっぺんに混ざって、香りの層になって鼻に届いた。私は思わず目を閉じて、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
ああ、これが、朝の畑の匂いなんだ――
そう思った瞬間、体の奥のどこかがすっとほどけた気がした。
空気は夜の名残をかすかにまとっていて、肌に触れる風がほんの少し冷たい。けれど、歩いていくうちにだんだんと温かくなる気配がある。
空は淡い青と金のグラデーションで、向こうの山の稜線が、柔らかな光のなかに溶けていた。
舗装されていない細道の脇には、朝露を受けた草の葉が並んでいて、歩くたびにそれらが擦れる音が小さく耳に届く。しずくが光を受けて、まるで細かい宝石みたいに瞬いている。
足元の土はまだ夜のしっとりとした湿気を残していて、靴の裏にぺたぺたとやわらかく吸いついてきた。
「おはよー!」
畑の入口に着いた途端、美咲の明るい声が飛んできた。小さく手を振ってくれる彼女は、相変わらず元気そうで、今日は薄いグレーのTシャツに黒のワークパンツ。髪を結ぶゴムが黄色くて、それが朝の光に映えていた。
「おはよう、早いね」
「うん、ちょっと寝坊しかけたけど、朝のこの空気、やっぱ好き~」
そう言いながら、美咲はすでにホースを手に持っていて、水やりを始めていた。私は横目でそれを見ながら、自分のじょうろに井戸水を汲む。ひんやりとした水が金属の底を叩く音が、静かな朝の空気に心地よく響いた。
水やりは、作業のなかでも好きなほうかもしれない。土に水がしみこむ瞬間、ふっと立ちのぼる匂い――湿った土の香りは、生きている何かの匂いがした。
生ぬるくて、少しだけ青くさくて、それでもどこか懐かしい。鼻の奥に残るその香りを吸い込みながら、ひとつずつ、苗の根元に水を注いでいく。
しばらくすると、拓海が遅れてやってきた。黒いキャップを後ろ向きにかぶり、少しだけ眠たそうな目をこすっている。
「おっす……まだ涼しくて助かるな」
「ギリセーフだね。あと10分遅かったら、陽菜ちゃんに代わってもらってたよー?」
「それ言うなら俺が美咲に代わってって言うとこだったし」
拓海は言い返しながらも、笑って水やりの列に加わった。彼が手に持ったじょうろから落ちる水が、朝陽を受けてきらきらと跳ねる。私は黙って作業を続けながら、ふと、自分の口元が緩んでいるのに気づいた。
不思議だった。誰かと話すのは、たいてい気を使うし、どこか距離を測ってしまうのに、ここではその間に畝があって、道具があって、野菜があって、そのすべてが緩やかに人と人の間を繋いでくれる気がする。
「見て、このバジル、めっちゃ元気じゃない?」
美咲の声に振り返ると、彼女が両手を広げるようにして大きな葉を見せてくれた。光沢のある深緑の葉からは、指先が触れただけでふわっとスパイシーな香りが立ちのぼる。
「ほんと。先週はもっと小さかったのに」
「いいねえ、ジェノベーゼ作れるかも」
「……それ、どうやって作るの?」
思わず聞くと、美咲はえっ、知らないの!?という顔をして、ジェスチャー付きでバジルとオリーブオイルとニンニクの説明を始めた。その横で拓海は「またオシャレ路線かよ」とつぶやきながら、ミントの鉢を日陰にずらしていた。
風が、ふっと一吹きした。バジル、ミント、土、草――それらがいっぺんに混ざって、香りの層になって鼻に届いた。私は思わず目を閉じて、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
ああ、これが、朝の畑の匂いなんだ――
そう思った瞬間、体の奥のどこかがすっとほどけた気がした。
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