土から育てるぼくらの青春

武内れい

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第二章:つながりの芽

40、野菜を届ける手と心(後半)

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 自転車を押しながら帰る道すがら、私はさっきのおばあさんの言葉を思い出していた。

「ぷちって音がして、孫が喜んどったわ」

 そのぷちという音が、やけに心に残っていた。
 あの音は、私も知っている。
 茹でたての枝豆のさやを指でつまんだとき、中から弾けるように現れる、つやつやの実。
 口に入れたときの、ほんのりとした塩味と、ほっくりした甘さ。
 何度も食べたはずなのに、自分が育てたとなると、それはまったく違うものになる。

 届けるって、こういうことだったんだ――
 私はそのことを、ようやく体で感じていた。

 家に戻ると、玄関に晴翔の靴が散らかっていた。
 いつものことだ。思わず小さくため息をつきながら、台所に向かうと、母が炒め物をしている最中だった。

「おかえり。今日は早かったね」

「うん。納品、午前中だったから」
「ありがとうね。助かるよ、ほんと。おばあちゃん、梅ジュース作って冷やしてあるよ」

 冷蔵庫を開けると、透明なガラス瓶の中に、赤紫蘇の色がやわらかくにじんだ梅ジュースが並んでいた。
 氷を入れたグラスに注ぐと、しゅわっと小さな泡が立ち上がる。
 冷たさが喉を通ると、一気に身体の熱が引いていく気がした。

 台所の窓の外では、蝉の声がまだしぶとく鳴いていた。
 夕方の気配がゆっくりとしのび寄り、空の端に淡い朱がにじみはじめていた。

「陽菜ちゃん、ナスも入れてみたよ。油との相性、やっぱいいねぇ」
 おばあちゃんが、フライパンの中身をのぞきこみながら言った。

「そうなんだ。実は、直売所でも今日売ったの。ナスも」

「それはすごいことになったねぇ」
 おばあちゃんが、にやりと笑う。

「すごいことって、なに?」

「それは、自分が作った野菜が、誰かの台所に届くってことよ。それをすごいと言わないで、なんて言うのよ?」

 私は少し照れたように笑った。
 食卓に湯気の立つ野菜炒めが並ぶ。枝豆、ナス、ピーマン、そしておばあちゃんが作ったじゃがいもと人参の味噌汁。

 晴翔が走ってきて、椅子に飛び乗った。

「うまそー! この枝豆って、お姉のやつ?」

「そうだよ。ちゃんと味わって食べて」

「うん! ……ぷちっ、あ、これだ、この音」

 私は思わず笑ってしまった。
「なにそれ」

「今日、理科の先生が言ってた。植物ってすげえって。水吸って、太陽浴びて、自分でごはん作るんだって」

「うん、光合成ね」
「でも、それだけじゃなくて、育てた人もすごいって。枝豆とかも、植えて終わりじゃないでしょ? おれ、お姉ちょっとすごいと思った」

 私は言葉に詰まって、グラスの梅ジュースをひと口飲んだ。
 晴翔の無邪気なその言葉は、どこかじんわりと胸に染みてきた。

「おれ、大人になったら畑やるかな」
「そんな簡単なもんじゃないけどね」
「じゃあ、お姉教えてよ。水のやり方とか、間引きってやつとか」

 私は、もう一度笑った。
「いいよ。じゃあまずは、枝豆のぷちって音を大事にして」

「わかったー!」

 家族の笑い声が、窓の外の夕焼けに溶けていく。
 空が、すこしだけ赤く、優しく染まっていた。

 今日、私は野菜を届けた。
 誰かの手に、誰かの食卓に、確かに届いた。
 そのことが、こんなにも胸をあたたかくするなんて――。

 私はスマホを取り出し、こっそりと今日の売り場の写真と、枝豆を見つめる弟の笑顔を並べて、カメラロールに保存した。
 まだSNSには載せないけれど、いつか載せたくなる日が来るかもしれない。
 そのときは、きっと、もっと言葉が見つかる。

 だけど今はただ、この味とこの時間を、心に刻んでおきたい。

 ぷちという音とともに、私の中に何かが、確かにふくらんでいた。
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