40 / 40
第二章:つながりの芽
40、野菜を届ける手と心(後半)
しおりを挟む自転車を押しながら帰る道すがら、私はさっきのおばあさんの言葉を思い出していた。
「ぷちって音がして、孫が喜んどったわ」
そのぷちという音が、やけに心に残っていた。
あの音は、私も知っている。
茹でたての枝豆のさやを指でつまんだとき、中から弾けるように現れる、つやつやの実。
口に入れたときの、ほんのりとした塩味と、ほっくりした甘さ。
何度も食べたはずなのに、自分が育てたとなると、それはまったく違うものになる。
届けるって、こういうことだったんだ――
私はそのことを、ようやく体で感じていた。
家に戻ると、玄関に晴翔の靴が散らかっていた。
いつものことだ。思わず小さくため息をつきながら、台所に向かうと、母が炒め物をしている最中だった。
「おかえり。今日は早かったね」
「うん。納品、午前中だったから」
「ありがとうね。助かるよ、ほんと。おばあちゃん、梅ジュース作って冷やしてあるよ」
冷蔵庫を開けると、透明なガラス瓶の中に、赤紫蘇の色がやわらかくにじんだ梅ジュースが並んでいた。
氷を入れたグラスに注ぐと、しゅわっと小さな泡が立ち上がる。
冷たさが喉を通ると、一気に身体の熱が引いていく気がした。
台所の窓の外では、蝉の声がまだしぶとく鳴いていた。
夕方の気配がゆっくりとしのび寄り、空の端に淡い朱がにじみはじめていた。
「陽菜ちゃん、ナスも入れてみたよ。油との相性、やっぱいいねぇ」
おばあちゃんが、フライパンの中身をのぞきこみながら言った。
「そうなんだ。実は、直売所でも今日売ったの。ナスも」
「それはすごいことになったねぇ」
おばあちゃんが、にやりと笑う。
「すごいことって、なに?」
「それは、自分が作った野菜が、誰かの台所に届くってことよ。それをすごいと言わないで、なんて言うのよ?」
私は少し照れたように笑った。
食卓に湯気の立つ野菜炒めが並ぶ。枝豆、ナス、ピーマン、そしておばあちゃんが作ったじゃがいもと人参の味噌汁。
晴翔が走ってきて、椅子に飛び乗った。
「うまそー! この枝豆って、お姉のやつ?」
「そうだよ。ちゃんと味わって食べて」
「うん! ……ぷちっ、あ、これだ、この音」
私は思わず笑ってしまった。
「なにそれ」
「今日、理科の先生が言ってた。植物ってすげえって。水吸って、太陽浴びて、自分でごはん作るんだって」
「うん、光合成ね」
「でも、それだけじゃなくて、育てた人もすごいって。枝豆とかも、植えて終わりじゃないでしょ? おれ、お姉ちょっとすごいと思った」
私は言葉に詰まって、グラスの梅ジュースをひと口飲んだ。
晴翔の無邪気なその言葉は、どこかじんわりと胸に染みてきた。
「おれ、大人になったら畑やるかな」
「そんな簡単なもんじゃないけどね」
「じゃあ、お姉教えてよ。水のやり方とか、間引きってやつとか」
私は、もう一度笑った。
「いいよ。じゃあまずは、枝豆のぷちって音を大事にして」
「わかったー!」
家族の笑い声が、窓の外の夕焼けに溶けていく。
空が、すこしだけ赤く、優しく染まっていた。
今日、私は野菜を届けた。
誰かの手に、誰かの食卓に、確かに届いた。
そのことが、こんなにも胸をあたたかくするなんて――。
私はスマホを取り出し、こっそりと今日の売り場の写真と、枝豆を見つめる弟の笑顔を並べて、カメラロールに保存した。
まだSNSには載せないけれど、いつか載せたくなる日が来るかもしれない。
そのときは、きっと、もっと言葉が見つかる。
だけど今はただ、この味とこの時間を、心に刻んでおきたい。
ぷちという音とともに、私の中に何かが、確かにふくらんでいた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる