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第二章:つながりの芽
39、野菜を届ける手と心(前半)
しおりを挟む朝、陽が少し高くなってから、私は自転車の荷台にコンテナをくくりつけて、ゆっくりとペダルをこぎ出した。
中には、昨日収穫した枝豆と、パプリカ、それからほんの少しだけれど、しっかりとした実をつけたナス。
葉の色も、表面の張りも、美しくて、あの畑の空気を思い出させるものだった。
「しっかり届けるからね」
誰にというわけでもなく、声に出してそう言ってみる。
風が頬をなでていく。朝の空気はやさしく、畑から染み込んだ土と草の匂いが、まだ袖口に残っていた。
小さな直売所は、町のはずれの商店街の角にある。
白い木の看板に、手書きの野菜のイラスト。ガラス戸越しに並んだ色とりどりの野菜が、朝の光に照らされている。
店の奥から、「あ、陽菜ちゃん、おはよう」と声がかかった。
藤原さんの奥さん――「ひとみさん」は、今日もエプロン姿で、品出しの最中だった。
「今日は枝豆とパプリカ、それからナスも少しだけ……」
「うんうん、見て、この枝豆! 粒が揃っててきれいよ。こういうの、買う人喜ぶんだから」
手早くラベルを貼って、品名と「ひなたファーム」の名前が入ったシールを貼っていく。
「……ひなたファーム」
声に出してみると、なんだかちょっと、くすぐったい。
それでもその名前が、少しずつ現実になっているのを感じて、心の奥でじんわり嬉しさが広がった。
そのとき、カラン、と戸のベルが鳴った。
小さな白髪のおばあさんが、手押し車を押して入ってくる。
「おはようございます~」
ひとみさんが明るく声をかけると、おばあさんはにっこり笑って、
「ここの枝豆、また買いにきたんよ」と言った。
「ほんと? ちょうど、今届いたばかりなんですよ。ね、陽菜ちゃん、これ、この子が育てたの」
思わず肩がびくっとなる。
「え……い、いえ、私だけじゃなくて、みんなで……」
おばあさんは私の顔をじっと見て、それから目を細めて笑った。
「そりゃあそうねぇ。でも、ありがとうね。前に買ったやつ、茹でたらほんとに甘くてねえ。皮むくとき、ぷちって音がして、孫が喜んでたわ」
「……ほんと、ですか?」
「ほんとよ。あなたの手が育てたのね」
私は何も言えなくなって、小さくうなずいた。
その言葉は、思いがけないほど、胸の奥に染み込んでいった。
「今夜もまた茹でようかしら。冷やし茶漬けにのせてもいいね」
「……うちでもやってみます」
ようやく出たその声は、かすかに震えていたけれど、どこか、あたたかかった。
おばあさんが買い物を終えて店を出ると、私は小さく息を吐いて、ひとみさんの顔を見た。
「……誰かに届いてるって、実感すると……ちょっと変な気持ちですね」
「いい意味での変でしょ?」
ひとみさんがにこっと笑う。
「自分のしたことが、誰かのごはんになる。誰かの笑顔になる。それって、すごいことよ」
私はもう一度、うなずいた。
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