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第三章:チーズの町、ミルクの風
56、重なる味、広がる想い(後半)
しおりを挟む「緊張してる?」
登校前、玄関で靴を履いていると、奏汰がぽつりと聞いてきた。
「ちょっとだけ」と私は小さくうなずいた。
今日の4時間目、私たちはクラスのみんなの前で、酪農体験とお菓子作りの発表をすることになっていた。
パソコンのスライドには、チーズ工房の写真、餌やりの様子、そして試作したお菓子の写真まで詰めこんだ。
「もっと伝えたいことがあるのに、時間が足りないよ~」って、昨日の夜まで奏汰とふたりでまとめた発表だった。
チャイムが鳴り、4時間目が始まると、担任の和田先生が黒板の前に立った。
「さて今日は、夏休み中の体験を発表してくれるペアがいます。ことりさんと奏汰くん、よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします!」
教室の前に立った瞬間、足の裏にじんわり汗がにじんだ。
でも、教室の後ろで、いぶきやなつめが小さく手を振ってくれているのが見えて、少しだけ肩の力が抜けた。
スライドの1枚目は、牧場の朝の写真。
青い空と、草を食べている牛たち。
その写真を映しただけで、何人かの子が「おー!」と声をあげた。
「私たちは、チーズ工房に行って、牛の世話や、牛乳がどうやってチーズになるかを学びました」
奏汰が、落ち着いた声で話す。
「朝5時に起きて、最初にやったのが搾乳体験。牛のおなかはあったかくて、びっくりしました」
「牛の目って、なんかやさしいんだよね」とつぶやくと、クラスの後ろで男子たちがくすっと笑っていた。
次のスライドには、作業小屋で田島さんから話を聞いている写真。
「牛は、言葉より毎日を見てる。顔を見せて、同じ時間に声をかけて、そしたら少しずつ向こうもこっちを信じてくれる」
「これは、酪農家の田島さんが言っていた言葉です」
「最初、よくわからなかったんです。でも、毎日お菓子の試作をくりかえして、ちょっとだけ、似てるかもって思いました。何回も向き合って、失敗して、またやり直して……」
ことばに詰まったとき、奏汰が静かに次のスライドに切り替えてくれた。
そこには、ふたりで作ったレモンチーズケーキの写真が映っていた。
「これは、私たちが試作したケーキです。レアチーズとスフレチーズの二層にして、上はふわっと、下はなめらかにしました」
「何回も失敗して、甘すぎたり、すっぱすぎたり。でも、友達に食べてもらって、いろんな意見がもらえて、また改良して……」
「お菓子は、材料だけじゃなくて、作る人の気持ちで変わるんだなって思いました」
私はノートを開いて、最後のページに書いてある言葉を見た。
「おいしいって言ってもらえるように、ちゃんと届けたい。だから、もっと学びたい。つくりたい。私は、将来……誰かを笑顔にするお菓子を作る人になりたいです」
言い終わると、教室がしんと静まっていた。
……でも、すぐにパチパチと拍手が起こって、その音がどんどん広がっていった。
発表が終わったあと、先生がにっこりと笑って言った。
「いい体験だったね。つくるって、手だけじゃなくて心も動かすことなんだなって、感じたよ」
「質問ありますか?」
すると、後ろの席のだいごが手をあげた。
「ケーキって、どうやってふわふわにするの?」
奏汰が答える。
「卵白をしっかり泡立てて、気泡をつぶさないように混ぜるんだ。あと、オーブンの温度も大事」
「そうなんだ、すげえな」
次に、なつめが手をあげた。
「材料の気持ちを聞くって、どういうこと?」
私はちょっと考えてから、答えた。
「うーん……チーズとか、バターとか、触ったときのかたさとか、においとかで、今日は元気あるとかちょっとおやすみしてるとか、そういうのを感じ取ること……かな。まだ私も、勉強中だけど」
「へぇ……なんか、詩みたい」となつめがにっこりした。
昼休みになって席に戻ると、いぶきが小声で言った。
「ねぇ、発表、すごくよかったよ。……なんか、ことりちゃんがちょっと遠くに行っちゃう気がした」
「えっ……?」
「でも、ちょっとだけだよ。ぜんぶ話してくれてうれしかった」
私は、その言葉に胸があたたかくなった。
「また、食べに来てね。次はふみちゃんが泣いたショコラって名前のお菓子作る予定だから」
「なにそれ、めっちゃ気になる~!」
私は笑って、ポケットの中のノートをぎゅっと握った。
あの台所の小さな冒険が、誰かに伝わって、つながっていく。
そんなふうに、また一歩、夢がかたちになった気がした。
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