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第四章:祭りと畑のレシピ
72、夕焼けと未来の約束(後半)
しおりを挟む午後の日差しがやわらかく差し込むパティスリーツチヤの厨房。私は奏汰と一緒に、ツチヤさんに案内されながら、並べられた新鮮な野菜や果物、そしてチーズやミルクの入った容器をじっと見つめていた。
「素材って、ただ新しいだけじゃだめなんだよ。農家の人が心を込めて育ててくれたものの声を聞くことが、まず大切なんだ」と土屋さんがゆっくり話し始める。
私はメモ帳を手に取り、土屋さんの言葉に耳を澄ませた。
「たとえば、このトマト。見た目は同じ赤でも、朝採れと昨日採れたものでは、味や水分量が全然違うんだ。焼き菓子に使うときは、水分が多すぎると生地がべちゃっとなってしまう。だから、選ぶときに軽く押してみて、弾力やかたさを確かめるんだよ。」
奏汰は手に取ったトマトをそっと押してみる。すぐに水分の違いがわかったわけではないけれど、真剣な表情で土屋さんの説明に集中していた。
「保存のしかたも大事。例えば、ブルーベリーは湿気に弱いから、冷蔵庫で密閉容器に入れて、できるだけ早く使うようにする。古くなると味も香りも落ちるからね。」
私はノートにこう書き留めた。
〈トマト:かたさを確認して選ぶ。
ブルーベリー:湿気に注意。冷蔵庫で密閉保存。使う直前に洗う。〉
そのあと、土屋さんはキッチンのシンクに移動し、私たちに実際の手順を見せてくれた。
「野菜や果物は使う直前に洗うのが基本。長時間水に浸すと栄養が逃げちゃうからね。さっと洗って、ペーパータオルで優しく水気を拭き取るんだ。」
私もそっとブルーベリーを洗い、そっと拭いた。
「クリームチーズは冷蔵庫から出したら、すぐに使わずに室温で少し柔らかくしておくこと。混ぜやすくなるし、生地が滑らかになるんだ。」
奏汰が不思議そうに尋ねた。
「どうして柔らかくするの?」
「冷たいままだと混ざりにくいし、焼きあがりの食感にも影響するからね。プロのパティシエはそうしてるよ。」
その言葉に、私は「なるほど!」と納得した。
「それにね、保存していた材料は使う前に必ず香りをかいでみるんだ。変なにおいがしないか、フレッシュかどうかを判断するためだよ。」
私もそっとチーズの香りを嗅いでみた。
「うん、ほんのりミルクの甘い香り。新鮮だ。」
土屋さんは続けた。
「素材の扱いは細かいけれど、それを怠るとおいしいお菓子はできない。たとえば、バターを溶かしすぎてしまうと、生地の膨らみが悪くなるし、温度が高すぎると焦げやすくなる。だから、計量や温度管理はとても重要なんだ。」
私はキッチンスケールで材料を計りながら、土屋さんの言葉を思い出す。
〈この間のケーキ、焼き時間が少し長かったのは温度管理がうまくいかなかったからかも。〉
奏汰も、「材料を室温に戻すことを忘れてた」と反省していた。
土屋さんはにっこり笑い、「失敗してもいいんだよ。そこから学ぶことが多いからね」と励ましてくれた。
その日の午後、私と奏汰は、教わったことをふまえて小さな試作に取りかかった。トマトのピューレを少し加えたチーズケーキを作ってみることにしたのだ。
材料は、クリームチーズ150g、砂糖70g、卵2個、生クリーム100ml、薄力粉30g、トマトピューレ50g。ピューレは、フレッシュなトマトを湯むきし、種を取ってミキサーでペースト状にしたものだ。
生地の混ぜ方や温度にも注意を払い、慎重に焼き始める。
オーブンの設定は160度、焼き時間は25分。
焼き上がりを待つ間、私はノートを広げて、今日学んだことを書き記した。
〈素材は生きている。状態を見極め、保存や扱い方に気をつける。香りを確かめて新鮮さを判断。室温でクリームチーズを柔らかくする。失敗も経験。〉
その後、学校の授業でクラスメイトのいぶきにお菓子を渡した。
「トマト入りチーズケーキ、食べてみて!」
いぶきは一口かじり、「え、トマト?甘くておいしい!野菜入りって全然感じないよ!」と笑顔になった。
私は、素材の個性を活かすことの大切さを実感し、ますますお菓子作りへの興味を深めた。
夕方、奏汰とふたりで帰り道を歩きながら、私は言った。
「素材の声を聞くって、難しいけど楽しいね。農家の人や土屋さんの思いがこもってるから、私たちも大事にしなきゃ。」
奏汰も頷いて答えた。
「うん。次は違う素材でも試してみたいな。もっとおいしいお菓子を作るために。」
私は胸の中に、小さな決意が芽生えているのを感じていた。
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