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第一章:画面を抜けて
3、初めてのパティスリーツチヤ(前半)
しおりを挟む放課後の空は、淡いグレーの雲がゆっくりと流れていて、太陽の光はほんのり柔らかくこぼれていた。空気は涼しくて、夏の暑さはどこかへ消えてしまったよう。
学校のチャイムが鳴り終わると、ことりはいつもより少し遠回りをして、あのストリートビューで見つけたお菓子屋さんの近くへと歩き始めた。
ランドセルの重さが背中にずっしりのしかかるけれど、胸の奥は期待でふくらんでいて、足取りは軽かった。足音が石畳に響くたびに、ことりの心もリズムを刻んでいるように感じた。
だんだんと見慣れた街並みから少しずつ離れ、知らない道へと入っていく。右手に小さな公園を見つけて、緑の葉っぱが風に揺れているのを眺める。
そこから見えるのは、やわらかいピンク色の屋根が目印の小さなお菓子屋さんだった。
「あっ……あれが、あのお店……!」
画面の中で何度も見てきたパティスリーツチヤが、目の前にある。実際に存在している。信じられない思いで胸がいっぱいになる。
お店の外観は、まるでおとぎ話に出てくるような可愛らしい家だった。
屋根は、まるでキャンディーでできたかのように薄いピンク色で、少し斜めになった屋根の先端からは、ぽってりとした白い雨どいが優しい曲線を描いている。
壁はクリーム色で、日差しに照らされて少しだけ光っている。外壁は、ざらっとした塗り壁で、表面にはほんの少しだけ小さなひび割れが見える。
まるで長い時間を経て、ここでたくさんの人たちを見守ってきたようだった。
お店のまわりには、季節の花が色鮮やかに咲いていて、小さな花壇には紫色のラベンダーや黄色いパンジーが風に揺れていた。花の香りとお菓子の甘い匂いが入り混じって、空気はふんわりと甘くて優しい香りに包まれている。
木製の小さな看板が風に揺れていて、そこには〈Pâtisserie Tsuchiya〉と優しい筆跡で書かれている。看板の下には小さなクマの置物が置かれていて、まるでお店の守り神のように見えた。
私はそっと近づいていく。足元の石畳は少し冷たくて、ざらざらとした感触がした。ゆっくりとお店の窓の前に立つと、中のショーケースに目が釘付けになった。
色とりどりの焼き菓子たちが整然と並んでいる。マドレーヌはふっくらと焼きあがっていて、黄金色に輝いている。フィナンシェは、まるで小さな宝石のようにキラキラと光を反射していて、ガレットブルトンヌは、砂糖の結晶がほんのりと表面に降りかかっていた。
見ただけでほおばりたくなる。ひとつひとつに個性があって、どれもこれも大切に作られていることが伝わってきた。
ショーケースの奥からは、バターと砂糖の甘い香りが漂ってきて、鼻の奥をくすぐった。温かいオーブンから漂ってくるその匂いは、まるで優しいお母さんが抱きしめてくれるように心を包んだ。
私の胸はどきどきして、手が少し震えた。でも、その震えは恐怖だけではなかった。期待と好奇心が入り混じった、わくわくする気持ちだった。
でも同時に、心の中には小さな不安もあった。
(ここに入ってもいいのかな……)
知らない場所に一人で入るのは、やっぱりちょっと怖い。道に迷ったらどうしよう。変なことを言ったら怒られたらどうしよう。そんな気持ちがぐるぐると渦を巻いた。
そんなことりの心を、ふいに和ませてくれたのは、お店のドアがそっと開く音だった。
白い紙袋を大事そうに抱えた小さな女の子とお母さんが、笑顔で出てきた。女の子はお菓子の入った紙袋をぎゅっと抱きしめて、まるで宝物を守るみたいに優しく微笑んでいた。
「いいな、私も……あんなふうにお菓子を買いたい」
そう思うと、胸の中の恐怖が少しずつ薄れていった。私もここでお菓子を買ってみたい。甘い香りに包まれて、きらきらしたお菓子を手にしてみたい。
深呼吸をして、ゆっくりと扉に手を伸ばす。冷たくて固いドアノブに触れた瞬間、心臓が大きく跳ねた。小さなベルがリンリンと鳴り、お店の中の明るい声や笑い声が聞こえた。
ゆっくりと扉を開けると、店内は想像以上に明るくて温かかった。木の床はほんの少しきしむけれど、それがまた居心地の良さを作り出している。
壁には昔ながらの絵皿やレースの飾りがかかっていて、まるで童話の中のお菓子屋さんのようだった。
照明は柔らかい黄色で、お菓子を優しく照らしている。カウンターの上には、焼きたてのクッキーが並び、チョコレートの甘い香りが鼻をくすぐった。
ガラスケースの中のケーキはまるで宝石箱のように輝いていて、どれもこれも食べてみたくなった。
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