体に悪くて、心に沁みるひとりご飯

武内れい

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第1章:暮れ色の帰路

10、静かな昼食、孤独の味(後半)

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 スマホの通知が、小さく震えた。
 バッグのポケットからそっと取り出して画面を見る。画面上には、SNSの小さな吹き出しがひとつ。

 #ひとりご飯部に新しい投稿があった。

 お昼休みにしか見ないと決めているアカウント。
 いわゆる映える料理じゃない。凝ったレシピも、意識高い系の栄養管理もない。ただ、誰かのつつましい食卓が、ぽつりぽつりと写真で並んでいる。
 焦げた卵焼き。冷凍うどん。鍋の残り。そういうもの。

 ──そして、どこか、やさしい。

 新着の投稿には、こんな一文が添えられていた。

「冷蔵庫に残ってた白菜と卵で雑炊。味は薄かったけど、ちゃんとあたたかかったから、今日はもうそれでよし。」

 私は、思わず息を吐いた。
 まるで自分に言われたような気がして。

 誰かの、ごく普通の肯定が、どうしてこんなに沁みるんだろう。
 会ったこともない人の言葉なのに、どうしてここまで胸に響くんだろう。
 もしかしたら、私はずっと、誰かに「それでいい」と言ってほしかったのかもしれない。

 自分で自分に言うのは、限界がある。
「これでいい」「十分だよ」──そう思おうとするたび、心のどこかで、かすかにひび割れた声が囁く。本当に?って。

 投稿にいいねを一つつけた。
 それだけで、指先にぬくもりが戻ってきたような気がした。誰かのことを、ほんの一瞬でも肯定できると、自分のことも少しだけ許せる。

 画面をスクロールすると、昨日の自分の投稿も出てきた。

「コンビニおにぎりとカップ味噌汁。味は普通。でも、今日を越えるにはちょうどいい。」

 コメントが一つ、ついていた。

「わかります。わたしも似たようなお昼です。でも、今日を越えられたなら、それが最高のごちそうですね。」

 読み終えた瞬間、胸の奥がぐっと詰まった。
 言葉にならないものが、のど元までせり上がってくる。
 目を伏せて、カップ味噌汁をもう一口、すすった。

 さっきと同じ味。でも、ちょっとだけ違って感じた。
 誰かがこの味を最高のごちそうと言ってくれたからかもしれない。

 ふと、学生時代のことを思い出した。
 お昼ごはんを一緒に食べる相手がいなくて、教室の隅でそっとパンをかじったこと。周りの笑い声の中、自分だけが誰とも交わらずにいたこと。
 あのころの孤独は、今よりもっと刺さる形をしていた。

 でも、今は。
 こうして#ひとりご飯部を通じて、誰かがどこかで同じようにひとりでご飯を食べていて、そして「それでいい」と思えているのなら。
 ──私は、それをうれしいと思えるようになっていた。

「なんだろうね、こういうのって」

 小さく呟いてから、スマホの画面を閉じた。
 空になった味噌汁のカップを見つめると、そこにほんの少しだけ、湯気が残っていた。まるで、誰かの言葉の余熱みたいに、優しくゆれている。

「食べた。……ちゃんと、生きてるね、私」

 声に出して、はっとした。
 でも、誰もこちらを見ていなかった。

 そうだ、誰も見ていない。
 だからこそ、自由に言える。小さな生きてるの確認を。
 ひとりでいることは、決してひとりぼっちではないのかもしれない。

 私は、空の容器をビニール袋に戻しながら、静かに席を立った。
 ゴミ箱の前で一度、深く息を吸い込む。味噌とわかめの匂いが、まだ喉の奥に残っていた。

 ふと、窓の向こうに目をやる。
 さっきまで曇っていた空が、ほんの少しだけ明るくなっていた。
 雨がやんだのかもしれない。──それとも、やんでなくても、もう気にならないだけか。

 午後の仕事がまた始まる。
 書類の山と、無言のやりとりと、淡々とした時間。
 でも私は、いま少しだけ、ちゃんと自分を取り戻したような気がした。

「よし、がんばろ」

 誰に言うでもなくつぶやいて、背筋を伸ばした。
 たとえ誰の目にも映らなくても、私は、私自身の小さな証人になれる。たとえば、昼ごはんを食べたという、それだけのことでも。

 今日を越えるための、ごくささやかな証拠。
 それを、私はポケットの中のスマホにそっとしまい込んだ。
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