恋や友情が、なくても

武内れい

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第一章:日常のさざ波

10、放課後の一言(後半)

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 高森颯太が去った後、朝見ほのかはしばらくその場に立ち尽くしていた。手の中の鍵はいつの間にか見つかっていて、ポケットにしまったはずなのに、なんとなく気持ちはまだざわついている。

 ふと周りを見ると、ほかの子どもたちもそれぞれの家に帰る準備をしていた。誰かの笑い声が遠くから聞こえ、時折校庭のサッカーのボールが壁に当たる音が響く。夕方の少し冷たい風がほのかの頬を撫でていった。

「今日もよくがんばったな」

 心の中でそうつぶやく。ピアノの練習は好きだけど、朝も早くて、塾の宿題もたくさんあって、泳ぐのも疲れることがある。全部自分で選んだことだけど、時々、もう少し楽に過ごしたいと思うこともあった。

 でも、そんな時に颯太の一言が思い出される。彼は特に大げさに褒めたりはしないけど、さりげなく、自然に励ましてくれた。あの言葉は、まるでほのかの背中を押してくれたようだった。

「頑張れって、言ってもらえるのって、こんなに嬉しいんだ」

 ほのかの胸にぽっと小さな火が灯るのを感じた。いつもは誰にも言わずに隠していた弱さも、ちょっとだけ許されそうな気がした。

 家へ向かう道は、いつもと同じなのに、少しだけ軽やかに感じた。歩くたびに、風がほのかの髪を揺らし、夕暮れの空は淡いオレンジ色に染まっていく。

「もっと、がんばってみようかな」

 そう思いながら、家のドアの前に立つ。鍵を取り出して、ゆっくりと鍵穴に差し込んだ。

 部屋の中に入ると、少し冷えた空気が包み込むけれど、心の中はなぜか温かかった。

 その日の夜、ベッドに入ってからも、颯太の言葉が何度も頭の中で繰り返された。

「頑張れ」

 ただ一言だけど、ほのかには大切な魔法の言葉になった。

 明日もまた、少しだけ強くなれそうな気がした。
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