恋や友情が、なくても

武内れい

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第一章:日常のさざ波

20、この気持ち、名前はまだない(後半)

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 道ばたの花壇に、小さなすみれが咲いているのが目に入った。
 昨日まで、こんな花が咲いていたこと、気づかなかった。
 でも今日は、なぜかまっすぐ目に飛び込んできた。
 紫色のちいさな花びらが、夕日を受けてすこしだけ光っている。

(あれも、誰かに気づかれたらうれしいのかな)

 そんなことを考えながら、ほのかは立ち止まってすみれを見つめた。

 もしかしたら、ほのかも、そんなふうに思ってるのかもしれない。

 ただ、そこにいるだけじゃなくて、
 誰かに気づいてほしい、見つけてほしいって。

 でも、そんなこと、今まで考えたことなかった。
 だって、そう思うのって、なんだか恥ずかしいし、わがままな気がしてたから。

 でも、思い返すと、いろんなやさしさをもらった気がする。
 春日さんのことば。
 湊の行動。
 颯太の、メモかもしれないあの一言。

 ひとつひとつは小さなことだけど、ほのかの心に、そっとふれてくれた。

 そのたびに、自分の中にある何かが反応してるのがわかった。

(人のやさしさって、こんなふうに伝わるんだ……)

 ほのかはもう一度空を見上げた。

 空の色は、さっきよりもずっと濃くなっていて、オレンジからすこし赤みがかった色に変わっていた。
 まるで、誰かがゆっくりと筆で塗ったみたいに、空が静かに染まっていく。

 ほのかはその空を見ながら、心の中で、言葉にならない何かを感じていた。

 たとえば──

 朝、誰かと顔を合わせたときの、ふとした表情。

 掃除の時間に、ちょっと手がふれただけなのに感じた緊張。

 遠くで名前を呼ばれたときに、ほんの少しだけうれしくなる気持ち。

 今まで、それがなんなのか、よくわからなかったけど。
 最近、それが特別ってことなのかもしれない、って思うようになった。

 そして、その特別のなかに、たしかに湊と颯太がいる。
 まだ全然、何かがはじまってるわけじゃないし、ほのかは何も伝えていないけれど。
 それでも、今日のほのかは、確かにどこかで変わった気がする。

(きっと、少しずつでいいんだ)

 何かを焦って決めたりしなくても。
 この気持ちにちゃんと名前がつく日が、いつか来るかもしれない。

 そして、そのときには、ちゃんと向き合える自分でいたい。

 ほのかはすみれにもう一度、心の中で(ありがとう)と伝えてから歩き出した。

 前より少しだけ、大きな歩幅で。

 気がつくと、家の近くの公園の前に来ていた。
 すべり台の上には、小さな子どもがふたり、笑いながらおしゃべりしている。
 ベンチでは、お母さんたちが談笑していた。

 ああ、いつもの光景だ、と思った。

 でも、今日のほのかは、それをいつもと感じない。
 どこかすべてが、あたたかくて、やさしくて、
 自分の目にうつる世界がすこし違って見える。

 まるで、心のなかに新しいレンズができたみたいに。

 家の前までくると、ふわりと晩ごはんの匂いがしてきた。

「おかえりー」

 玄関を開けると、リビングからお母さんの声がした。

「今日もピアノの練習、がんばってね」

 その言葉に、ほのかは「うん」と返事をした。

 でも心の中で、もうひとつ言葉が生まれた。

(……がんばるだけじゃなくて、楽しみたい)

 それはきっと、春日さんが教えてくれたこと。
 がんばらなくちゃだけじゃない。
 遊びたい、好きなことを楽しみたい
 そんな気持ちも、大事にしていいんだって。

 ほのかはランドセルをおろして、少し深呼吸した。

 明日、またいろんなことがあるかもしれない。
 失敗することも、いやな思いをすることも。

 でも、それでもいい。
 今日のこの気持ちを忘れなければ、きっと私はだいじょうぶ。

 この気持ちに名前はまだないけど、
 それでもちゃんと、私のなかにある。

 ──それだけで、今は十分だと思えた。

 ほのかはキッチンのほうへ向かいながら、そっとつぶやいた。

「ただいま」

 その声は、小さくても、ちゃんと自分の気持ちをのせた声だった。
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